ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ

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第84話 暗闇の迷宮と音なき番人

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光の罠とサンド・ガーディアンが守る広間を抜けた僕たちは、ピラミッドのさらに深層へと続く長い下り階段に足を踏み入れた。
壁から染み出す空気は、ひんやりとしたものから次第に生暖かく、そして湿ったものへと変わっていく。まるで巨大な生き物の食道を通っているかのようだ。
「……おい、ユキナガ。この先、なんだか嫌な感じがするぜ」
バルガスが松明の光を頼りに、慎重に周囲を警戒しながら言った。
「ええ。光が全く届いていないわ。これまでの階層とは正反対ね」
リリアナも片手をレイピアの柄に置き、いつでも抜けるように備えている。
二人の言う通りだった。僕の脳内マップにもこの先の空間は、完全な『闇』として表示されていた。光はおろか、魔力の流れさえもほとんど感知できない。
やがて僕たちは階段の終点、一つの巨大な石の扉の前にたどり着いた。
扉には何の装飾も文字も刻まれていない。ただ、絶対的な闇がその向こう側で僕たちを待ち構えていることだけを、無言のうちに物語っていた。
僕がその扉に手をかけ、ゆっくりと押し開ける。
瞬間、僕たちを包み込んだのは、音もなく光もない、純粋な『無』だった。
松明の炎が、まるで空気を奪われたかのようにフッと音もなく消える。
「なっ!? 松明が!」
「真っ暗で何も見えないわ!」
二人の狼狽した声がすぐ隣から聞こえる。だが、その声すらもどこか遠く、くぐもって聞こえた。この空間は音すらも吸収しているのだ。
完全な暗闇。完全な無音。
人間の五感を根こそぎ奪い去る、絶対的な孤独の世界。
これがこの階層のギミック。
『暗闇と沈黙の迷宮』。
「落ち着け、二人とも!」
僕は声を張り上げた。「俺から離れるな! 手を繋げ!」
僕たちは互いの存在を確認するように固く手を握り合った。バルガスの岩のような手、リリアナのしなやかで少しだけ冷たい手。その感触だけが、僕たちが一人ではないことを証明してくれていた。
「……ユキナガ、あなたには何か見えているの?」
リリアナが不安げに尋ねる。
「ああ。見える」
僕は静かに答えた。「物理的な光景じゃない。この空間の『構造』そのものが、俺の頭の中にはっきりと映っている。ここは無数の壁と柱で構成された複雑な迷路だ」
僕の【地図化】スキルは視覚情報に頼らない。だからこそ、この絶対的な暗闇の中でもその真価を発揮する。
「俺がお前たちの『眼』になる。俺の指示通りに一歩ずつ進めばいい」
僕の言葉に、二人は暗闇の中で力強く頷いたのが分かった。
僕たちは手を取り合いながら一列になって、闇の迷宮を進み始めた。
「右へ三歩。よし、そのまま直進、十歩だ」
「待て、その先、床に段差がある。気をつけろ」
「次の角を左だ。壁に触れながら慎重に進め」
僕のナビゲートは彼らにとっての唯一の道標だった。
僕たちは互いの存在だけを頼りに、一歩、また一歩と闇の中を進んでいく。それはこれまでのどの戦いよりも、僕たちの『絆』そのものが試される究極の試練だった。
どれくらいの時間、歩いただろうか。
永遠にも感じられるような闇の行軍の末。
僕の脳内マップが、この迷宮の出口が近いことを告げた。
「……あと少しだ。この先の広間を抜ければ、この階層は終わりだ」
僕がそう言った、その時だった。
僕のマップに、これまで何の反応も示さなかった広間の中央で、一つの巨大なシンボルが突如として灯ったのだ。
それはモンスターシンボルではない。トラップでもない。
まるで闇そのものが凝縮して生まれたかのような、静かで、しかし圧倒的な存在感を放つ黒い影。
「……何か、いる」
僕が警告を発したのと、
『……キシャアアアアア……』
僕たちの脳内に直接、金属を引っ掻くような不快な音が響き渡ったのが、ほぼ同時だった。
音のないはずの世界で響き渡る、魂の悲鳴。
「な、なんだ、今の音は!?」
バルガスが叫ぶ。
その黒い影は、音もなく僕たちに向かって滑るように接近してきた。
それは巨大な蝙蝠のようであり、あるいは影で作られた悪魔のようでもあった。その姿は闇に溶け込み、明確な輪郭を捉えることができない。
『音なき番人』、ナイトウォーカー。
この暗闇の迷宮の守護者だ。
ヤツは物理的な攻撃をしてこない。その代わりに僕たちの精神に直接、恐怖と絶望の『音』を響かせ、心を内側から蝕んでくるのだ。
「ぐっ……! 頭が……!」
リリアナが苦しげに頭を押さえた。彼女の心にかつてのトラウマが、幻聴となって蘇っているのかもしれない。
バルガスもまた「うるせえ! 黙れ!」と叫びながら、ウォーハンマーを闇雲に振り回している。
このままでは僕たちは戦う前に精神を破壊されてしまう。
だが、僕は冷静だった。
僕のスキルは、このナイトウォーカーの唯一の『弱点』をすでに捉えていた。
ヤツは闇と沈黙の中でのみ、その存在を維持できる。
逆に言えば、強い『光』と『音』こそが、ヤツの存在そのものを消し去る唯一の武器なのだ。
「バルガス!」
僕は混乱する彼に向かって魂の底から叫んだ。「お前のウォーハンマーと大盾を、全力でぶつけ合え! この世で一番デカい音を、このクソ静かな場所に響かせてやれ!」
「なっ……! 何言ってやがる!」
「いいからやれ! 俺を信じろ!」
僕の必死の形相にバルガスは覚悟を決めた。
彼はウォーハンマーと大盾を天高く振り上げた。
そしてドワーフのありったけの魂を込めて、二つの金属塊を激突させた。
キイイイイイイイイイイイイインッッッ!!!
鼓膜が破れるかのような凄まじい金属音が、暗闇の神殿を震わせた。それは沈黙を切り裂く、破壊の音波。
『ギシャアアアアアアアアアアアアア!』
ナイトウォーカーが初めて苦悶の悲鳴を上げた。音の衝撃波が、その曖昧だった輪郭を激しく揺らがせる。
「リリアナ!」
僕は最後の引き金を引いた。「今だ! 俺が禁書庫でお前のレイピアに仕込んでおいた、最後の仕掛けを使う時だ!」
僕は王立図書館の古代文献で光の魔術に関する記述を見つけていた。そしてバルガスに頼み、リリアナのレイピアの柄に小さな魔力増幅のルーンを密かに刻み込んでもらっていたのだ。
「あなたの心の中の一番強い光をイメージして! それを剣に乗せて解き放て!」
「私の……強い、光……!」
リリアナは苦痛に耐えながら目を閉じた。
彼女の脳裏に浮かんだのは、僕とバルガスと三人で笑い合った、あの家の暖炉の前の光景だった。
温かくて、優しくて、かけがえのない希望の光。
「おおおおおおおおっ!」
彼女が叫びと共にレイピアを突き出すと、その切っ先からまるで太陽そのものが生まれたかのような、まばゆいばかりの白い光が迸った。
暗闇の神殿が、一瞬で真昼のように照らし出される。
そしてその光の中心で、ナイトウォーカーの黒い影は悲鳴を上げる間もなく、その存在そのものが完全に蒸発し、消滅した。
後に残されたのは、静まり返った広間と壁に灯りを取り戻した松明の光だけだった。
僕たちは勝ったのだ。
五感を奪うという絶対的な絶望に対して、僕たちの揺ぎない絆の『音』と『光』で。
暗闇の試練を乗り越えた僕たちの前に、ピラミッドの最後の扉がゆっくりとその姿を現した。
その扉の向こう側には、この遺跡の、そして『世界の設計図』の本当の核心が眠っているはずだった。
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