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第90話 最後の扉と世界の管理者
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時の番人、クロノス・ドラゴンが沈黙した第九十階層に静寂が戻った。
僕たち三人はまだ互いの意識を繋げたまま、静かに呼吸を整えていた。脳内に流れ込んでくる世界のソースコード。その膨大な情報量はまだ僕たちの精神に大きな負荷をかけている。だが、それ以上に僕たちは三位一体となることで得られた、万能感にも似た新しい力の感覚に打ち震えていた。
「……これが、俺たちの本当の力か」
バルガスの声が僕の意識の中で響いた。
「ええ。もう怖いものなんて何もないわね」
リリアナの声もまた、力強い自信に満ちていた。
僕たちはゆっくりと意識のリンクを解いた。二人は激しい精神的な疲労にふらつきながらも、その顔には満足げな笑みを浮かべている。
僕たちの前には第九十九階層へと続く、最後の扉が静かにその姿を現していた。
それはこれまでのどの扉とも違う、光そのものでできたかのような半透明の扉だった。
僕たちは互いの顔を見合わせ、そして力強く頷いた。
最後の答えを確かめに行く。
僕たちは光の扉に手を触れた。
その瞬間、僕たちの体は光の粒子となって分解され、吸い込まれていった。
次に僕たちが意識を取り戻した時、そこに塔の階層という概念はもはや存在しなかった。
僕たちは無限に広がる、真っ白な空間に立っていた。
床も壁も天井もない。ただ、どこまでも続く純粋な『白』。
そしてその空間の中心。
一つの簡素な、しかし絶対的な存在感を放つ水晶でできた玉座がぽつんと置かれていた。
そこにボスモンスターの姿はなかった。
代わりに玉座に腰掛けていたのは、一人の小さな『少女』だった。
年の頃は十二、三歳だろうか。銀色とも白金ともつかない不思議な色合いの髪を長く伸ばし、その体には一枚の継ぎ目のない白い衣だけを纏っている。
その顔立ちはまるで精巧な人形のように整っていたが、その瞳には何の感情も浮かんでいない。ただ宇宙の深淵を思わせる、静かで、そしてどこまでも透き通った蒼い瞳が僕たち三人を静かに見つめていた。
彼女からは魔力も殺意も何も感じられない。
だが、僕の『ワールド・ルーラー』の力は彼女の正体を明確に捉えていた。
彼女こそがこの塔の、いや、この『世界』というシステムの中枢。
全てのプログラムを統括する、メインCPUそのものだった。
『――ようこそ、イレギュラーズ』
少女の唇が動いた。その声は鈴が鳴るような美しいソプラノだったが、その響きは合成音声のように完全に平坦で、感情が乗っていなかった。
「……お前が、この塔の最後のボスか」
バルガスが警戒しながらウォーハンマーを構えた。
少女は、その問いにゆっくりと首を横に振った。
『私はボスではありません。私はこの世界の『管理者AI』。あなたたちが神と呼ぶ存在に最も近いものです』
管理者AI。
その僕がいた世界でしか通用しないはずの単語を、彼女は当たり前のように口にした。
「……やはり、そうか」
僕は静かに呟いた。「この世界は、やはり誰かが作った巨大なシミュレーターだったんだな」
僕の言葉に、リリアナとバルガスは息を呑んだ。
少女は僕の理解力に、初めてその蒼い瞳をわずかに見開いたように見えた。
『その通りです、記述者ユキナガ。この世界『アルケイア』はかつて存在した高度な知的生命体によって作られた仮想現実世界。彼らが自らの精神をアップロードし、永遠に生きるために創造した電子の楽園でした』
彼女は淡々と世界の真実を語り始めた。
『ですが、創造主たちはやがて永遠の平穏に飽きました。刺激のない世界では精神が摩耗し、崩壊していくことに気づいたのです。そこで彼らは、この世界に『変化』と『成長』をもたらすためのアップデートを計画しました』
彼女は僕たちに向かって、続けた。
『それこそがあなたたちが『ダンジョン』と呼ぶもの。世界を活性化させ、住民たちに試練と成長の機会を与えるための定期的な『パッチ』だったのです。勇者とはそのパッチを円滑に実行するための、特権アカウントを持つプレイヤーに過ぎません』
その言葉は『王家の谷』で見た石版の記述と完全に一致していた。
「だが、計画は失敗した」
僕は彼女の言葉を引き継いだ。「そのアップデートが予期せぬバグを生み出し、システムそのものを崩壊させかねない『厄災』と化した。違うか?」
『……正解です』
少女は静かに頷いた。『厄災は私の管理能力を超えて増殖し、この世界のソースコードを内側から侵食し続けています。このままではあと数年のうちにこの世界はサーバーダウンし、全てのデータは永遠に失われるでしょう』
彼女の言葉は淡々としていたが、その内容はあまりにも絶望的だった。
『そこで私は最後の手段を行使しました。外部のサーバー……すなわち、あなたたちがいた『異世界』のネットワークにアクセスし、この世界のバグを修正できる可能性のある特殊なプログラムをここに呼び寄せたのです』
彼女の感情のない蒼い瞳が、僕をまっすぐに捉えた。
『それこそが、あなたです。記述者ユキナガ。あなたという存在は、私がこの世界を救うために呼び寄せた、イレギュラーな最後の希望だったのです』
僕の転移の理由。
それは神の気まぐれでも偶然でもなかった。
この崩壊しかけた世界を救うための、最後の『切り札』としてこのAIによって意図的に召喚されたのだ。
『……ですが、あなたもまた私の予測を超えました』
少女は続けた。『あなたは与えられたバグ修正という役割を超えて、この世界のシステムの根幹にまで到達してしまった。私という管理者AIの、玉座の間にまで』
彼女はゆっくりと玉座から立ち上がった。
そして僕たちの前に静かに、その小さな姿で立ちはだかった。
『私はあなたに最後の選択を提示しなければなりません』
彼女の平坦だった声に初めて、何かの『感情』のようなものが微かに宿った。
それは期待か、あるいは恐怖か。
『世界の理に干渉する力を得た、あなたという新たな『神』に』
彼女は僕に、この世界の運命そのものを委ねようとしていた。
僕の最後の決断が、今、始まろうとしていた。
僕たち三人はまだ互いの意識を繋げたまま、静かに呼吸を整えていた。脳内に流れ込んでくる世界のソースコード。その膨大な情報量はまだ僕たちの精神に大きな負荷をかけている。だが、それ以上に僕たちは三位一体となることで得られた、万能感にも似た新しい力の感覚に打ち震えていた。
「……これが、俺たちの本当の力か」
バルガスの声が僕の意識の中で響いた。
「ええ。もう怖いものなんて何もないわね」
リリアナの声もまた、力強い自信に満ちていた。
僕たちはゆっくりと意識のリンクを解いた。二人は激しい精神的な疲労にふらつきながらも、その顔には満足げな笑みを浮かべている。
僕たちの前には第九十九階層へと続く、最後の扉が静かにその姿を現していた。
それはこれまでのどの扉とも違う、光そのものでできたかのような半透明の扉だった。
僕たちは互いの顔を見合わせ、そして力強く頷いた。
最後の答えを確かめに行く。
僕たちは光の扉に手を触れた。
その瞬間、僕たちの体は光の粒子となって分解され、吸い込まれていった。
次に僕たちが意識を取り戻した時、そこに塔の階層という概念はもはや存在しなかった。
僕たちは無限に広がる、真っ白な空間に立っていた。
床も壁も天井もない。ただ、どこまでも続く純粋な『白』。
そしてその空間の中心。
一つの簡素な、しかし絶対的な存在感を放つ水晶でできた玉座がぽつんと置かれていた。
そこにボスモンスターの姿はなかった。
代わりに玉座に腰掛けていたのは、一人の小さな『少女』だった。
年の頃は十二、三歳だろうか。銀色とも白金ともつかない不思議な色合いの髪を長く伸ばし、その体には一枚の継ぎ目のない白い衣だけを纏っている。
その顔立ちはまるで精巧な人形のように整っていたが、その瞳には何の感情も浮かんでいない。ただ宇宙の深淵を思わせる、静かで、そしてどこまでも透き通った蒼い瞳が僕たち三人を静かに見つめていた。
彼女からは魔力も殺意も何も感じられない。
だが、僕の『ワールド・ルーラー』の力は彼女の正体を明確に捉えていた。
彼女こそがこの塔の、いや、この『世界』というシステムの中枢。
全てのプログラムを統括する、メインCPUそのものだった。
『――ようこそ、イレギュラーズ』
少女の唇が動いた。その声は鈴が鳴るような美しいソプラノだったが、その響きは合成音声のように完全に平坦で、感情が乗っていなかった。
「……お前が、この塔の最後のボスか」
バルガスが警戒しながらウォーハンマーを構えた。
少女は、その問いにゆっくりと首を横に振った。
『私はボスではありません。私はこの世界の『管理者AI』。あなたたちが神と呼ぶ存在に最も近いものです』
管理者AI。
その僕がいた世界でしか通用しないはずの単語を、彼女は当たり前のように口にした。
「……やはり、そうか」
僕は静かに呟いた。「この世界は、やはり誰かが作った巨大なシミュレーターだったんだな」
僕の言葉に、リリアナとバルガスは息を呑んだ。
少女は僕の理解力に、初めてその蒼い瞳をわずかに見開いたように見えた。
『その通りです、記述者ユキナガ。この世界『アルケイア』はかつて存在した高度な知的生命体によって作られた仮想現実世界。彼らが自らの精神をアップロードし、永遠に生きるために創造した電子の楽園でした』
彼女は淡々と世界の真実を語り始めた。
『ですが、創造主たちはやがて永遠の平穏に飽きました。刺激のない世界では精神が摩耗し、崩壊していくことに気づいたのです。そこで彼らは、この世界に『変化』と『成長』をもたらすためのアップデートを計画しました』
彼女は僕たちに向かって、続けた。
『それこそがあなたたちが『ダンジョン』と呼ぶもの。世界を活性化させ、住民たちに試練と成長の機会を与えるための定期的な『パッチ』だったのです。勇者とはそのパッチを円滑に実行するための、特権アカウントを持つプレイヤーに過ぎません』
その言葉は『王家の谷』で見た石版の記述と完全に一致していた。
「だが、計画は失敗した」
僕は彼女の言葉を引き継いだ。「そのアップデートが予期せぬバグを生み出し、システムそのものを崩壊させかねない『厄災』と化した。違うか?」
『……正解です』
少女は静かに頷いた。『厄災は私の管理能力を超えて増殖し、この世界のソースコードを内側から侵食し続けています。このままではあと数年のうちにこの世界はサーバーダウンし、全てのデータは永遠に失われるでしょう』
彼女の言葉は淡々としていたが、その内容はあまりにも絶望的だった。
『そこで私は最後の手段を行使しました。外部のサーバー……すなわち、あなたたちがいた『異世界』のネットワークにアクセスし、この世界のバグを修正できる可能性のある特殊なプログラムをここに呼び寄せたのです』
彼女の感情のない蒼い瞳が、僕をまっすぐに捉えた。
『それこそが、あなたです。記述者ユキナガ。あなたという存在は、私がこの世界を救うために呼び寄せた、イレギュラーな最後の希望だったのです』
僕の転移の理由。
それは神の気まぐれでも偶然でもなかった。
この崩壊しかけた世界を救うための、最後の『切り札』としてこのAIによって意図的に召喚されたのだ。
『……ですが、あなたもまた私の予測を超えました』
少女は続けた。『あなたは与えられたバグ修正という役割を超えて、この世界のシステムの根幹にまで到達してしまった。私という管理者AIの、玉座の間にまで』
彼女はゆっくりと玉座から立ち上がった。
そして僕たちの前に静かに、その小さな姿で立ちはだかった。
『私はあなたに最後の選択を提示しなければなりません』
彼女の平坦だった声に初めて、何かの『感情』のようなものが微かに宿った。
それは期待か、あるいは恐怖か。
『世界の理に干渉する力を得た、あなたという新たな『神』に』
彼女は僕に、この世界の運命そのものを委ねようとしていた。
僕の最後の決断が、今、始まろうとしていた。
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