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第94話 新たな仲間とまだ見ぬ地図
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フロンティア号は蒼い大海原を、白い軌跡を描きながら進んでいた。
新大陸を後にしてから数週間。僕たちの船上での日常は、新しい仲間が加わったことで奇妙で、そしてどこか温かいものへと変わっていた。
「おい、元勇者様! 甲板の掃除はそんな腰つきでやるもんじゃねえ! もっと、こう、ドワーフの魂を込めて床を磨き上げろ!」
船首甲板でバルガスが仁王立ちになりながら、モップを握るアレクサンダーに檄を飛ばしている。その隣ではヴォルフが黙々と、しかし丁寧な手つきでロープの結び目を確認していた。
かつての勇者パーティの二人は僕の宣言通り、この船の『雑用係』として甲板掃除から見張り、倉庫の整理まで、あらゆる雑務をこなしていた。
最初は戸惑いと屈辱の色を隠せなかったアレクサンダーも、今ではその仕事に真摯に取り組むようになっていた。彼はこの地道な作業の一つ一つが船という一つの共同体を支える重要な仕事であることを、その身をもって学び始めていたのだ。
「……うるさいぞ、ドワーフ。俺は俺のやり方でやっている」
アレクサンダーは悪態をつきながらも、その口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。彼らの間にはいがみ合いながらも、どこか奇妙な友情のようなものが芽生え始めているようだった。
船尾のハーブ園ではリリアナとセシリアが、並んで薬草の手入れをしていた。
「この『月光花』は夜になると、その葉に溜まった魔力を光に変えるのですわ。とても美しいでしょう?」
「ええ、本当に。聖魔法とは違う、自然そのものが持つ優しい癒やしの力を感じます」
セシリアは、その美しい金色の髪を潮風になびかせながらリリアナから新大陸の薬草学を学んでいた。彼女は聖女としての力だけでなく、錬金術師としての新たな知識を得ることに純粋な喜びを見出しているようだった。
かつての敵対関係など、そこには微塵もなかった。ただ互いの知識と経験を尊重し合う、二人の聡明な女性がいるだけだった。
僕は船長室で、これから進むべき航路の選定をしていた。
僕の『ワールド・ルーラー』の力は第三大陸の大まかな輪郭と、そこに点在するいくつかの強力なダンジョンの存在をすでに捉えている。だが、その情報はまだ断片的だ。
(……どのルートが最も安全で、そして効率的か)
僕が海図とにらめっこしていると、コンコン、と控えめなノックの音がした。
「入れ」
入ってきたのはアレクサンダーだった。その手には熱い紅茶が入ったカップが二つ握られている。
「……差し入れだ。徹夜続きのようだからな」
彼はぶっきらぼうにそう言うと、カップの一つを僕の机に置いた。
「……ああ、助かる」
僕たちはしばらくの間、言葉もなくそれぞれのカップを傾けた。
やがてアレクサンダーが、壁に貼られた海図を見上げながらぽつりと呟いた。
「……お前のやり方は本当に地味で、退屈だな」
その言葉には、かつてのような侮蔑の色はなかった。
「海流の流れ、風向きの周期、そして海獣の回遊ルート。お前はそんな、俺がこれまで気にも留めなかったような些細な情報を一つ一つ拾い上げ、そこからたった一本の最適解を導き出そうとしている」
彼は僕の肩越しに、僕が書き込んだ無数の計算式やメモを食い入るように見つめていた。
「かつての俺なら、こんなものは時間の無駄だと一笑に付しただろう。ただ最短距離を力ずくで進めばいい、と。だが、今は分かる。その地道で退屈な積み重ねこそが、本当の『強さ』なのだと」
その言葉は彼の心からの本心だった。
彼はこの船の上で、戦うこと以外の本当の意味での『冒険』を学び始めていた。
「当たり前のことをしているだけだ」
僕は静かに答えた。「どんなに強大な力を持っていても、羅針盤がなければただ遭難するだけだからな」
その時だった。
船が大きく、そして不自然に揺れた。
「なんだ!?」
僕たちは顔を見合わせ、慌てて甲板へと駆け出した。
海が泡立っている。
そしてその泡の中心から、一つの山のように巨大な影がゆっくりと姿を現した。
それは古の時代よりこの海域を支配するという、伝説の海竜リヴァイアサンだった。その体はフロンティア号の数倍はあろうかという巨体を持ち、その鱗は青い宝石のように不気味な輝きを放っている。
『――我ガ領域ヲ侵ス者ドモヨ、ココデ朽チ果テルガイイ――』
リヴァイアサンの地響きのような声がテレパシーとなって、僕たちの脳内に直接響き渡った。
「おいおい、とんでもねえのがお出ましだぜ!」
バルガスがウォーハンマーを構える。
「Sランク級……! エンシェントドラゴンに匹敵するわ!」
リリアナの顔に緊張が走る。
だが、僕たちの間に絶望はなかった。
「面白い。新しい船の試運転には、ちょうどいい相手だ」
僕は不敵に笑った。
そして僕の隣でアレクサンダーが静かに、しかし力強くその鉄の剣を抜き放った。
「……指示をくれ、ユキナガ」
その声にはもはや迷いはない。彼は僕という『羅針盤』に自分の全てを委ねる覚悟を決めていた。
僕は集まった六人の仲間たちの顔を見回した。
かつての仲間と、かつての宿敵。
その全てが今、一つのパーティとしてここにいる。
「行くぞ、『フロンティア』!」
僕は最後の、そして始まりの号令をかけた。「俺たちの新しい伝説を、この海に刻み込む!」
僕の指揮の下、六つの光が、一つの意志となって伝説の海竜へと挑んでいく。
アレクサンダーとヴォルフが鉄壁の前衛となり、リヴァイアサンの巨大な牙を受け止める。
バルガスの城塞が船そのものを、津波から守る不沈の要塞と化す。
セシリアの聖なる祈りが仲間たちに、無限の勇気と力を与える。
そしてリリアナの神速の剣と僕の『記述』する力が、その絶対的な存在の唯一の弱点を寸分の狂いもなく貫いていく。
それはもはやただの戦闘ではない。
異なる理が、異なる力が、一つの目的のために調和し、奏でる壮大な交響曲だった。
どれほどの時間が経っただろうか。
伝説の海竜は断末魔の叫びと共に、再び海の深淵へとその姿を消した。
僕たち六人は傷つき、疲れ果てながらも、フロンティア号の甲板の上で互いの肩を支え合いながら立っていた。
そして誰もが満足げな、最高の笑顔を浮かべていた。
嵐が去った海は嘘のように穏やかになり、空には美しい虹が架かっている。
僕は仲間たちの中心で、新しい、まだほとんどが空白の海図を広げた。
「さて、と」
僕はその無限の可能性に満ちた白い地図を見つめながら、最高の仲間たちに問いかけた。
「次は、どんな『地図』を描きにいこうか」
その問いに、五人の仲間たちはそれぞれの夢と希望に満ちた笑顔で力強く頷いた。
僕たち『フロンティア』の冒険はまだ始まったばかりだ。
この広大で謎に満ちた世界の、全ての『地図』をこの手で描き出す、その日まで。
――完――
新大陸を後にしてから数週間。僕たちの船上での日常は、新しい仲間が加わったことで奇妙で、そしてどこか温かいものへと変わっていた。
「おい、元勇者様! 甲板の掃除はそんな腰つきでやるもんじゃねえ! もっと、こう、ドワーフの魂を込めて床を磨き上げろ!」
船首甲板でバルガスが仁王立ちになりながら、モップを握るアレクサンダーに檄を飛ばしている。その隣ではヴォルフが黙々と、しかし丁寧な手つきでロープの結び目を確認していた。
かつての勇者パーティの二人は僕の宣言通り、この船の『雑用係』として甲板掃除から見張り、倉庫の整理まで、あらゆる雑務をこなしていた。
最初は戸惑いと屈辱の色を隠せなかったアレクサンダーも、今ではその仕事に真摯に取り組むようになっていた。彼はこの地道な作業の一つ一つが船という一つの共同体を支える重要な仕事であることを、その身をもって学び始めていたのだ。
「……うるさいぞ、ドワーフ。俺は俺のやり方でやっている」
アレクサンダーは悪態をつきながらも、その口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。彼らの間にはいがみ合いながらも、どこか奇妙な友情のようなものが芽生え始めているようだった。
船尾のハーブ園ではリリアナとセシリアが、並んで薬草の手入れをしていた。
「この『月光花』は夜になると、その葉に溜まった魔力を光に変えるのですわ。とても美しいでしょう?」
「ええ、本当に。聖魔法とは違う、自然そのものが持つ優しい癒やしの力を感じます」
セシリアは、その美しい金色の髪を潮風になびかせながらリリアナから新大陸の薬草学を学んでいた。彼女は聖女としての力だけでなく、錬金術師としての新たな知識を得ることに純粋な喜びを見出しているようだった。
かつての敵対関係など、そこには微塵もなかった。ただ互いの知識と経験を尊重し合う、二人の聡明な女性がいるだけだった。
僕は船長室で、これから進むべき航路の選定をしていた。
僕の『ワールド・ルーラー』の力は第三大陸の大まかな輪郭と、そこに点在するいくつかの強力なダンジョンの存在をすでに捉えている。だが、その情報はまだ断片的だ。
(……どのルートが最も安全で、そして効率的か)
僕が海図とにらめっこしていると、コンコン、と控えめなノックの音がした。
「入れ」
入ってきたのはアレクサンダーだった。その手には熱い紅茶が入ったカップが二つ握られている。
「……差し入れだ。徹夜続きのようだからな」
彼はぶっきらぼうにそう言うと、カップの一つを僕の机に置いた。
「……ああ、助かる」
僕たちはしばらくの間、言葉もなくそれぞれのカップを傾けた。
やがてアレクサンダーが、壁に貼られた海図を見上げながらぽつりと呟いた。
「……お前のやり方は本当に地味で、退屈だな」
その言葉には、かつてのような侮蔑の色はなかった。
「海流の流れ、風向きの周期、そして海獣の回遊ルート。お前はそんな、俺がこれまで気にも留めなかったような些細な情報を一つ一つ拾い上げ、そこからたった一本の最適解を導き出そうとしている」
彼は僕の肩越しに、僕が書き込んだ無数の計算式やメモを食い入るように見つめていた。
「かつての俺なら、こんなものは時間の無駄だと一笑に付しただろう。ただ最短距離を力ずくで進めばいい、と。だが、今は分かる。その地道で退屈な積み重ねこそが、本当の『強さ』なのだと」
その言葉は彼の心からの本心だった。
彼はこの船の上で、戦うこと以外の本当の意味での『冒険』を学び始めていた。
「当たり前のことをしているだけだ」
僕は静かに答えた。「どんなに強大な力を持っていても、羅針盤がなければただ遭難するだけだからな」
その時だった。
船が大きく、そして不自然に揺れた。
「なんだ!?」
僕たちは顔を見合わせ、慌てて甲板へと駆け出した。
海が泡立っている。
そしてその泡の中心から、一つの山のように巨大な影がゆっくりと姿を現した。
それは古の時代よりこの海域を支配するという、伝説の海竜リヴァイアサンだった。その体はフロンティア号の数倍はあろうかという巨体を持ち、その鱗は青い宝石のように不気味な輝きを放っている。
『――我ガ領域ヲ侵ス者ドモヨ、ココデ朽チ果テルガイイ――』
リヴァイアサンの地響きのような声がテレパシーとなって、僕たちの脳内に直接響き渡った。
「おいおい、とんでもねえのがお出ましだぜ!」
バルガスがウォーハンマーを構える。
「Sランク級……! エンシェントドラゴンに匹敵するわ!」
リリアナの顔に緊張が走る。
だが、僕たちの間に絶望はなかった。
「面白い。新しい船の試運転には、ちょうどいい相手だ」
僕は不敵に笑った。
そして僕の隣でアレクサンダーが静かに、しかし力強くその鉄の剣を抜き放った。
「……指示をくれ、ユキナガ」
その声にはもはや迷いはない。彼は僕という『羅針盤』に自分の全てを委ねる覚悟を決めていた。
僕は集まった六人の仲間たちの顔を見回した。
かつての仲間と、かつての宿敵。
その全てが今、一つのパーティとしてここにいる。
「行くぞ、『フロンティア』!」
僕は最後の、そして始まりの号令をかけた。「俺たちの新しい伝説を、この海に刻み込む!」
僕の指揮の下、六つの光が、一つの意志となって伝説の海竜へと挑んでいく。
アレクサンダーとヴォルフが鉄壁の前衛となり、リヴァイアサンの巨大な牙を受け止める。
バルガスの城塞が船そのものを、津波から守る不沈の要塞と化す。
セシリアの聖なる祈りが仲間たちに、無限の勇気と力を与える。
そしてリリアナの神速の剣と僕の『記述』する力が、その絶対的な存在の唯一の弱点を寸分の狂いもなく貫いていく。
それはもはやただの戦闘ではない。
異なる理が、異なる力が、一つの目的のために調和し、奏でる壮大な交響曲だった。
どれほどの時間が経っただろうか。
伝説の海竜は断末魔の叫びと共に、再び海の深淵へとその姿を消した。
僕たち六人は傷つき、疲れ果てながらも、フロンティア号の甲板の上で互いの肩を支え合いながら立っていた。
そして誰もが満足げな、最高の笑顔を浮かべていた。
嵐が去った海は嘘のように穏やかになり、空には美しい虹が架かっている。
僕は仲間たちの中心で、新しい、まだほとんどが空白の海図を広げた。
「さて、と」
僕はその無限の可能性に満ちた白い地図を見つめながら、最高の仲間たちに問いかけた。
「次は、どんな『地図』を描きにいこうか」
その問いに、五人の仲間たちはそれぞれの夢と希望に満ちた笑顔で力強く頷いた。
僕たち『フロンティア』の冒険はまだ始まったばかりだ。
この広大で謎に満ちた世界の、全ての『地図』をこの手で描き出す、その日まで。
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