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第三十五話 王国への報告と教皇の暗躍
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アルフォンス王子が率いた聖女奪還騎士団の惨敗。
その報せは翼を持つ魔獣の伝令によって、即座にリンドバーグ王国の王都へと届けられた。
謁見の間は重苦しい沈黙に支配されていた。
玉座に座る国王の顔色は土気色に変わり、その隣に立つ大臣たちはただ震えながら俯くだけだった。
そこへ、一人の伝令兵が血相を変えて駆け込んでくる。
「申し上げます!アルフォンス王子殿下がご帰還なされました!」
その報告に、謁見の間にはわずかな安堵の空気が流れた。最悪の事態――王子の戦死――だけは免れたらしい。
だが、その安堵は次の瞬間、絶望へと変わる。
扉が開き、二人の近衛兵に両脇を抱えられるようにしてアルフォンス王子が姿を現した。
その姿はあまりにも無残だった。
金の装飾が施された美しい鎧は見る影もなく歪み、泥と吐瀉物にまみれている。その顔は血の気を失って真っ白になり、焦点の合わない瞳は虚空を彷徨っていた。口からは意味不明のうめき声が絶えず漏れ出している。
「ああ……目が……黄金の目が……」
「アルフォンス!しっかりしろ、何があったのだ!」
国王が玉座から立ち上がり、悲痛な声で叫ぶ。
だが、王子の耳にその声は届いていない。彼の精神はあの黒竜との対峙によって、完全に破壊されてしまっていた。
「竜……化け物……終焉……ああああ……」
彼はただ恐怖に支配された言葉を繰り返すだけだった。
謁見の間は再び水を打ったような静けさに包まれた。
数百の精鋭を誇った騎士団はほぼ壊滅。そして次期国王であるはずの王子は廃人同然。
たった一体の竜によって、王国は建国以来最大級の屈辱と戦力的な損失を被ったのだ。
大臣の一人が震える声で進言する。
「こ、国王陛下……もはや我々の手で黒竜を討伐することは不可能です。ここは一時、和睦の道を……」
「黙れ、臆病者めが!」
国王が激昂して怒鳴った。
「聖女様を奪われ、王子をこの様にされ、黙って引き下がれるか!王家の威信にかけて、あの竜は必ずや滅ぼさねばならん!」
だが、その声には悲壮な響きしか伴っていなかった。どうすればいいのか、彼自身も分かっていないのだ。
謁見の間が無力感と絶望に支配される。
その重苦しい空気を、穏やかなしかし芯の通った声が打ち破った。
「―――陛下。ご安心ください。全ては神の御心のままに」
声の主は、いつの間にか玉座の傍らに立っていた。
純白の法衣に身を包み、慈愛に満ちた笑みを浮かべた白髪の老人。
リンドバーグ王国の、いや、この大陸の人間たちの精神的支柱。教皇、その人だった。
教皇は廃人となった王子に憐れむような視線を一度向けると、国王に向かって静かに語りかけた。
「王子殿下は勇敢に戦われました。なれど相手は神話の時代の厄災。人の力だけでどうにかなるものではございません」
その言葉は敗戦の責任を王子から逸らし、国王の傷ついた自尊心を巧みに慰撫するものだった。
「では、どうしろと……教皇猊下。我らはただ指をくわえて、聖女様が穢されるのを見ていろとそうおっしゃるのか」
国王がすがるような目で教皇を見る。
教皇はその慈愛の笑みをさらに深くした。
「いいえ、陛下。神は我々をお見捨てにはなられません。このような時のためにこそ、我ら聖職者がいるのです」
彼はゆっくりと、謁見の間にいる者たちを見渡した。
「邪悪なる竜を滅し、囚われの聖女を救い出す。その聖なる役目はこれより我ら教会が引き受けましょう」
その言葉は絶望の淵にいた彼らにとって、唯一の光明のように響いた。
「おお……!教皇猊下、それはまことでございますか!」
「無論です。古の文献には竜を滅する数々の秘術が記されております。我らが持つ聖遺物の力も総動員いたしましょう」
教皇は自信に満ちた声で言い切った。
「陛下はただお心を安らかに、吉報をお待ちくださればよいのです」
そのあまりにも頼もしい言葉。
国王も大臣たちも、その場にいた全ての者が教皇に向かって深々と頭を下げた。
「おお、ありがたき幸せ……!」
「全て教皇猊下にお任せいたします!」
謁見の間は先ほどまでの絶望が嘘のように、安堵と新たな希望の光に包まれていった。
教皇はそんな彼らの様子を満足げに眺めている。
だが、その慈愛に満ちた瞳の奥の奥。
誰にも気づかれぬその深淵に、一瞬だけぞっとするほど冷たく、そして嘲るような光が揺らめいたのを、誰も知る由もなかった。
彼はゆっくりと謁見の間を後にする。
大聖堂へと続く薄暗い廊下を一人歩きながら。
彼の口元にはもはや慈愛の笑みはなかった。
代わりに浮かんでいたのは、自らの計画通りに事が進んでいることへの愉悦に満ちた歪んだ笑み。
「愚かな王よ。そして哀れな王子よ。お前たちの役目は終わった」
彼は誰に聞かせるともなく呟いた。
「聖女アリア。そして終焉の黒竜。ようやく駒は全て盤上に揃った」
彼の真の目的は聖女の奪還でも竜の討伐でもない。
もっと遥かに大きく、そして恐ろしい野望。
そのために王子も騎士団も、そして聖女さえもただの捨て駒に過ぎなかったのだ。
「さあ、始めようか。世界を浄化するための、最後の儀式を」
教皇は大聖堂の奥深く、地下へと続く隠し階段の前で立ち止まった。
その先にある闇の中へと、彼は何の躊躇もなくその身を沈めていく。
王都の喧騒も人々の祈りも届かないその聖域の地下深くで。
世界の運命を揺るがす巨大な悪意が、静かに、しかし確実にその牙を剥き始めていた。
その報せは翼を持つ魔獣の伝令によって、即座にリンドバーグ王国の王都へと届けられた。
謁見の間は重苦しい沈黙に支配されていた。
玉座に座る国王の顔色は土気色に変わり、その隣に立つ大臣たちはただ震えながら俯くだけだった。
そこへ、一人の伝令兵が血相を変えて駆け込んでくる。
「申し上げます!アルフォンス王子殿下がご帰還なされました!」
その報告に、謁見の間にはわずかな安堵の空気が流れた。最悪の事態――王子の戦死――だけは免れたらしい。
だが、その安堵は次の瞬間、絶望へと変わる。
扉が開き、二人の近衛兵に両脇を抱えられるようにしてアルフォンス王子が姿を現した。
その姿はあまりにも無残だった。
金の装飾が施された美しい鎧は見る影もなく歪み、泥と吐瀉物にまみれている。その顔は血の気を失って真っ白になり、焦点の合わない瞳は虚空を彷徨っていた。口からは意味不明のうめき声が絶えず漏れ出している。
「ああ……目が……黄金の目が……」
「アルフォンス!しっかりしろ、何があったのだ!」
国王が玉座から立ち上がり、悲痛な声で叫ぶ。
だが、王子の耳にその声は届いていない。彼の精神はあの黒竜との対峙によって、完全に破壊されてしまっていた。
「竜……化け物……終焉……ああああ……」
彼はただ恐怖に支配された言葉を繰り返すだけだった。
謁見の間は再び水を打ったような静けさに包まれた。
数百の精鋭を誇った騎士団はほぼ壊滅。そして次期国王であるはずの王子は廃人同然。
たった一体の竜によって、王国は建国以来最大級の屈辱と戦力的な損失を被ったのだ。
大臣の一人が震える声で進言する。
「こ、国王陛下……もはや我々の手で黒竜を討伐することは不可能です。ここは一時、和睦の道を……」
「黙れ、臆病者めが!」
国王が激昂して怒鳴った。
「聖女様を奪われ、王子をこの様にされ、黙って引き下がれるか!王家の威信にかけて、あの竜は必ずや滅ぼさねばならん!」
だが、その声には悲壮な響きしか伴っていなかった。どうすればいいのか、彼自身も分かっていないのだ。
謁見の間が無力感と絶望に支配される。
その重苦しい空気を、穏やかなしかし芯の通った声が打ち破った。
「―――陛下。ご安心ください。全ては神の御心のままに」
声の主は、いつの間にか玉座の傍らに立っていた。
純白の法衣に身を包み、慈愛に満ちた笑みを浮かべた白髪の老人。
リンドバーグ王国の、いや、この大陸の人間たちの精神的支柱。教皇、その人だった。
教皇は廃人となった王子に憐れむような視線を一度向けると、国王に向かって静かに語りかけた。
「王子殿下は勇敢に戦われました。なれど相手は神話の時代の厄災。人の力だけでどうにかなるものではございません」
その言葉は敗戦の責任を王子から逸らし、国王の傷ついた自尊心を巧みに慰撫するものだった。
「では、どうしろと……教皇猊下。我らはただ指をくわえて、聖女様が穢されるのを見ていろとそうおっしゃるのか」
国王がすがるような目で教皇を見る。
教皇はその慈愛の笑みをさらに深くした。
「いいえ、陛下。神は我々をお見捨てにはなられません。このような時のためにこそ、我ら聖職者がいるのです」
彼はゆっくりと、謁見の間にいる者たちを見渡した。
「邪悪なる竜を滅し、囚われの聖女を救い出す。その聖なる役目はこれより我ら教会が引き受けましょう」
その言葉は絶望の淵にいた彼らにとって、唯一の光明のように響いた。
「おお……!教皇猊下、それはまことでございますか!」
「無論です。古の文献には竜を滅する数々の秘術が記されております。我らが持つ聖遺物の力も総動員いたしましょう」
教皇は自信に満ちた声で言い切った。
「陛下はただお心を安らかに、吉報をお待ちくださればよいのです」
そのあまりにも頼もしい言葉。
国王も大臣たちも、その場にいた全ての者が教皇に向かって深々と頭を下げた。
「おお、ありがたき幸せ……!」
「全て教皇猊下にお任せいたします!」
謁見の間は先ほどまでの絶望が嘘のように、安堵と新たな希望の光に包まれていった。
教皇はそんな彼らの様子を満足げに眺めている。
だが、その慈愛に満ちた瞳の奥の奥。
誰にも気づかれぬその深淵に、一瞬だけぞっとするほど冷たく、そして嘲るような光が揺らめいたのを、誰も知る由もなかった。
彼はゆっくりと謁見の間を後にする。
大聖堂へと続く薄暗い廊下を一人歩きながら。
彼の口元にはもはや慈愛の笑みはなかった。
代わりに浮かんでいたのは、自らの計画通りに事が進んでいることへの愉悦に満ちた歪んだ笑み。
「愚かな王よ。そして哀れな王子よ。お前たちの役目は終わった」
彼は誰に聞かせるともなく呟いた。
「聖女アリア。そして終焉の黒竜。ようやく駒は全て盤上に揃った」
彼の真の目的は聖女の奪還でも竜の討伐でもない。
もっと遥かに大きく、そして恐ろしい野望。
そのために王子も騎士団も、そして聖女さえもただの捨て駒に過ぎなかったのだ。
「さあ、始めようか。世界を浄化するための、最後の儀式を」
教皇は大聖堂の奥深く、地下へと続く隠し階段の前で立ち止まった。
その先にある闇の中へと、彼は何の躊躇もなくその身を沈めていく。
王都の喧騒も人々の祈りも届かないその聖域の地下深くで。
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