クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ

文字の大きさ
10 / 100

第10話 連絡先の交換

しおりを挟む
図書室での甘い時間は、俺たちの関係を確実に次の段階へと進めていた。
昼休みが待ち遠しくて、授業に全く集中できない。チャイムが鳴るのと同時に席を立ち、図書室へ向かう。そんな毎日が続いていた。
彼女は俺に、たくさんのことを教えてくれた。好きな絵本の話、飼い猫のソラのやんちゃなエピソード、苦手な食べ物(ピーマンらしい)の話。
彼女が指で紡ぐ一つ一つの物語が、俺の世界を鮮やかに彩っていく。俺は彼女の言葉を一つも聞き漏らすまいと、必死で新しい手話を覚えた。

だが、同時に俺は焦燥感にも似た感情を抱き始めていた。
昼休みは、あまりにも短い。
話が盛り上がってきたところで、無情にもチャイムが鳴る。もっと聞きたい、もっと話したい。そう思った時には、もう次の授業が始まっているのだ。
名残惜しそうに図書室を後にする彼女の背中を見送るたびに、胸がきゅっと締め付けられた。

学校にいる時間だけじゃ、足りない。
放課後も、家に帰ってからも、夜寝る前も。四六時中、彼女と繋がっていたい。
そんな風に思うようになってしまった自分に、俺は少し驚いていた。いつから俺は、こんなに欲張りになったんだろう。

その日も、昼休みの終わりに図書室で話していた時のことだ。彼女が最近見たという映画の話を、身振り手振りを交えて熱心に語ってくれていた。クライマックスに差し掛かったところで、無情のチャイムが鳴り響く。
彼女はハッとした顔で動きを止め、そして、とても残念そうな、しょんぼりとした顔で肩を落とした。その表情が、俺の心に深く突き刺さった。

教室に戻る道すがら、俺は決意した。
このもどかしい状況を、打開する方法は一つしかない。

放課後。ホームルームが終わり、教室が騒がしさに包まれる。
俺は帰る準備をしながらも、月宮さんの様子を窺っていた。彼女もまた、どこかそわそわと落ち着かない様子で、ゆっくりと荷物を鞄に詰めている。
「航、帰るぞー」
健太の声に、俺は「ああ、悪い。ちょっと先生に用事が。先帰っててくれ」と、もはや手慣れた嘘をついた。健太は「ふーん」と意味ありげな視線を俺と月宮さんの間に一瞬だけ走らせたが、何も言わずに教室を出ていった。

やがて、教室に残っているのは俺と彼女だけになった。
静寂が訪れる。窓の外では、運動部の掛け声が遠くに聞こえていた。
彼女は帰り支度を終えたのに、なぜか自分の席から動こうとしない。机の縁を指でなぞりながら、俯いている。まるで、何かを待っているかのように。

俺は、自分の心臓がドクドクと大きく脈打つのを感じていた。
今しかない。
俺は自分の鞄からスマホを取り出し、それを手に、彼女の席へと歩み寄った。

俺の気配に気づいた彼女が、びくりと肩を震わせて顔を上げる。その瞳は不安げに揺れていた。
俺は彼女を安心させるように、小さく微笑んでみせた。そして、意を決して指を動かす。
口実も、ちゃんと考えてきた。

まず、スマホの画面を指差す。『これ』
次に、人と人とが情報をやり取りするような仕草。『連絡先』
そして、両手の指先を合わせてから離す動作。『交換』
最後に、両手の人差し指をお辞儀させる。『お願いします』

『連絡先の交換、お願いします』

俺のメッセージを読み取った彼女は、ぽかん、と小さな口を開けて固まった。
その黒い瞳が、信じられないものを見るように、大きく見開かれている。
まずい、やっぱり唐突すぎたか。そう思った俺は、慌てて口実を手話で付け加えた。

『手話』『分からない時』『聞きたい』

分からないことがあったら、すぐに君に聞きたいんだ。だから、と。
学習意欲を盾にした、我ながら見事な口実だった。これなら、彼女も受け入れやすいはずだ。

俺の言葉の意味を完全に理解した瞬間、彼女の表情が動いた。
驚きに染まっていた顔が、一瞬にして、ぱあっと輝いた。それは、今まで見たどの笑顔よりも眩しくて、力強い、喜びそのものだった。
彼女は、ぶんぶんと音が聞こえそうな勢いで、何度も何度も頷いた。
そして、慌てた様子で自分の鞄に手を突っ込み、スマホを取り出す。その指先が、嬉しそうに小刻みに震えているのを見て、俺の胸は温かいもので満たされた。

彼女はスマホを手に、俺の隣にちょこんと立った。
「じゃあ……」
俺は声で言いながら、メッセージアプリを起動する。彼女も同じようにアプリを開いた。
IDを交換するために、スマホを並べて机の上に置く。自然と、俺たちの顔が近づいた。ふわりと、彼女の甘いシャンプーの香りがして、心臓がまた跳ねる。

彼女のスマホの画面が、ふと目に入った。待ち受け画面は、あの真っ白な飼い猫のソラだった。カメラ目線で、少しだけ偉そうな顔をしている。
俺がそれに気づいて微笑むと、彼女は「見ないで」というかのように、慌てて画面を手で隠した。その仕草が可愛くて、たまらない。

無事に連絡先の交換は終わった。
彼女は自分のスマホの連絡先一覧に「相田 航」という文字が表示されているのを、宝物のようにじっと見つめている。
「じゃあ、また明日」
俺が手話でそう言うと、彼女は名残惜しそうに、しかし満面の笑みでこくりと頷き、ぺこりとお辞儀をして教室を出ていった。

その日の夜。
俺は自室のベッドの上で、スマホを握りしめ、何度もトーク画面を開いては閉じてを繰り返していた。
月宮雫、という名前がそこにある。いつでもメッセージを送れる。その事実だけで、世界が輝いて見えた。
しかし、いざ送るとなると、途方もなく緊張する。
最初の一言は、何て送ればいい?
『こんばんは』か? いや、固すぎるか。『ヤッホー』なんて送ったら、即ブロックされそうだ。

十分ほど悩んだ末、俺は一番シンプルで、無難なメッセージを打ち込んだ。
『相田航です。今日はありがとう。これからよろしく』
送信ボタンを押す指が、少し震えた。

メッセージは、すぐに既読になった。
早すぎる。ずっとスマホを握りしめて待っていたのだろうか。想像すると、愛おしさで胸が張り裂けそうになった。
そして、すぐに返信が来る。

『月宮雫です。こちらこそ、ありがとうございました。よろしくお願いします』

丁寧で、彼女らしい文章だった。
俺はほっと息をつき、画面を眺める。それだけで、幸せだった。
すると、すぐに次のメッセージが届いた。
それは、メッセージではなく、一つのスタンプだった。

真っ白な猫が、ごろりと寝転がりながら『よろしくにゃ』と言っている、気の抜けるような可愛いスタンプ。
飼い猫のソラにそっくりだった。

「…………っ!」

俺は声にならない叫びを上げ、スマホを胸に抱きしめたままベッドに倒れ込んだ。
そして、枕に顔を埋めて、足をバタバタとさせた。
可愛い。可愛すぎる。なんだあのかわいい生き物は。
クールな彼女が、こんなスタンプを使うなんて。ギャップで心臓が持たない。

学校では、指先で紡ぐ秘密の会話。
家に帰れば、メッセージとスタähänで繋がれる。
俺と彼女の世界は、また一つ、強く固く結ばれた。
これから始まる、彼女との夜のやり取りを想像して、俺のニヤニヤはもう、どうやっても止まりそうになかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

昔好きだったお姉さんが不倫されたので落としに行ったら後輩からも好かれていた

九戸政景
恋愛
高校三年生の柴代大和は、小学校一年生の頃からの付き合いである秋田泰希の姉である夕希に恋心を抱いていたが、夕希の結婚をきっかけに恋心を諦めていた。 そして小学生の頃の夢を見た日、泰希から大和は夕希の離婚を伝えられ、それと同時にある頼みをされる。

バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件

沢田美
恋愛
「きょ、今日からお世話になります。有馬蓮です……!」 高校二年の有馬蓮は、人生初のアルバイトで緊張しっぱなし。 そんな彼の前に現れたのは、銀髪ピアスのギャル系先輩――白瀬紗良だった。 見た目は派手だけど、話してみるとアニメもゲームも好きな“同類”。 意外な共通点から意気投合する二人。 だけどその日の帰り際、店長から知らされたのは―― > 「白瀬さん、今日で最後のシフトなんだよね」 一期一会の出会い。もう会えないと思っていた。 ……翌日、学校で再会するまでは。 実は同じクラスの“白瀬さん”だった――!? オタクな少年とギャルな少女の、距離ゼロから始まる青春ラブコメ。

10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ

桜庭かなめ
恋愛
 高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。  あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。  3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。  出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!  ※特別編6が完結しました!(2026.1.21)  ※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる

九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。 ※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。

S級ハッカーの俺がSNSで炎上する完璧ヒロインを助けたら、俺にだけめちゃくちゃ甘えてくる秘密の関係になったんだが…

senko
恋愛
「一緒に、しよ?」完璧ヒロインが俺にだけベタ甘えしてくる。 地味高校生の俺は裏ではS級ハッカー。炎上するクラスの完璧ヒロインを救ったら、秘密のイチャラブ共闘関係が始まってしまった!リアルではただのモブなのに…。 クラスの隅でPCを触るだけが生きがいの陰キャプログラマー、黒瀬和人。 彼にとってクラスの中心で太陽のように笑う完璧ヒロイン・天野光は決して交わることのない別世界の住人だった。 しかしある日、和人は光を襲う匿名の「裏アカウント」を発見してしまう。 悪意に満ちた誹謗中傷で完璧な彼女がひとり涙を流していることを知り彼は決意する。 ――正体を隠したまま彼女を救い出す、と。 謎の天才ハッカー『null』として光に接触した和人。 ネットでは唯一頼れる相棒として彼女に甘えられる一方、現実では目も合わせられないただのクラスメイト。 この秘密の二重生活はもどかしくて、だけど最高に甘い。 陰キャ男子と完璧ヒロインの秘密の二重生活ラブコメ、ここに開幕!

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる

歩く魚
恋愛
 かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。  だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。  それは気にしてない。俺は深入りする気はない。  人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。  だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。  ――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。

この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ
恋愛
平凡な俺、相葉祐樹が手にしたのは、ありえないはずの超名門男子校『獅子王院学園』からの合格通知。期待を胸に入学した先は、王子様みたいなイケメンだらけの夢の空間だった! ……はずが、ある夜、同室のクールな完璧王子・橘玲が女の子であるという、学園最大の秘密を知ってしまう。 なんとこの学園、俺以外、全員が“訳アリ”の男装女子だったのだ! 秘密の「共犯者」となった俺は、慣れない男装に悩む彼女たちの唯一の相談相手に。 「祐樹の前でだけは、女の子でいられる……」 クールなイケメンたちの、俺だけに見せる甘々な素顔と猛アプローチにドキドキが止まらない! 秘密だらけで糖度120%の学園ラブコメ、開幕!

処理中です...