クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第25話 二人だけの勝利のサイン

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俺たちのクラスの球技大会は、残念ながら初戦敗退という結果に終わった。
グラウンドの片隅に集まったB組の面々は、汗を拭いながらもどこか清々しい表情をしていた。
「いやー、惜しかったなー!」
「C組強すぎだろ!」
「でも、相田のプレーはマジで痺れたぜ!」
クラスメイトたちが、口々に俺のファインプレーを褒め称えてくれる。健太は俺の背中をバシンと叩き、「よお、ヒーロー! 背中は大丈夫か?」とニヤニヤしながら言った。

「いってえな! 手加減しろよ」
俺は顔をしかめたが、その痛みすら心地よかった。クラスの輪の中心にいるのは苦手だが、悪い気はしない。
でも、俺の心は別の場所にあった。
俺が本当に言葉を交わしたい相手は、たった一人だけだ。

俺は人知れず、視線を彷徨わせる。
いた。
雫は、少し離れた場所で、クラスの女子たちと一緒に荷物をまとめていた。天野さんたちが「月宮さん、大丈夫だった? 怖かったでしょ?」と気遣う声が聞こえてくる。雫は、こくりと頷き、ふるふると首を横に振っていた。
彼女は、時々ちらりと、不安そうな、でも何かを言いたげな瞳でこちらを見ている。俺も彼女のことが気になって仕方ないが、クラスメイトに囲まれている今、近づくことはできなかった。

もどかしい距離。
ほんの十数メートルの隔たりが、今は途方もなく遠く感じられた。
礼を言いたいのは、俺の方なのに。
君が無事でよかった。君を守れて、よかった。
そう、伝えたかった。

やがて、解散の号令がかかり、生徒たちは三々五々、教室へと戻り始めた。
人の流れが生まれ、グラウンドは再び喧騒に包まれる。俺も健太に促され、重い腰を上げた。
その時だった。
雑踏の中、ふと、強い視線を感じた。
俺は吸い寄せられるように、その視線の主を探す。

人混みの向こう側。
雫が、一人だけ立ち止まって、こちらを真っ直ぐに見つめていた。
周りの生徒たちの声も、初夏の強い日差しも、その瞬間、俺の世界から消え去った。
俺の目には、ただ彼女の姿だけが映っていた。

彼女の瞳は、真剣な光を宿していた。
そして、少しだけ潤んでいるようにも見えた。
彼女は、何かを決意したように、小さく息を吸った。
そして、自分の胸の前で、ゆっくりと、しかしはっきりと、その両手を動かし始めた。

誰にも見られないように。
ただ、俺にだけ届くように。
彼女が紡いでくれた、二人だけの言葉。

まず、親指と人差し指でL字のような形を作る。
そして、その指先を、自分の顎のあたりから、胸の中心へと、すっと、迷いなく下ろしていく。
その動きは、自信と、誇りに満ちていた。

『かっこよかった』

その言葉を読み取った瞬間、俺の心臓は、背中にボールを受けた時よりもずっと強い衝撃で撃ち抜かれた。
時間が、止まった。
世界が、色を失った。

試合の勝敗なんて、どうでもよかった。
背中の痛みも、クラスメイトからの称賛も、全てが霞んでしまうほどの、たった一言。
彼女からの、その言葉だけが、俺の世界の全てになった。

俺は、彼女のメッセージを胸の中で何度も反芻する。
かっこよかった。
彼女が、俺を見て、そう思ってくれた。
それだけで、十分だった。
いや、それ以上のご褒美なんて、この世に存在するはずがなかった。

彼女は、メッセージを伝え終えると、少しだけ恥ずかしそうに頬を染め、はにかんだ。
その笑顔が、俺にとっての勝利のトロフィーだった。

俺は、込み上げてくるどうしようもない愛おしさと、照れくささを隠すように、ニッと笑って見せた。
そして、周りに気づかれないように、小さく、しかし力強く、一度だけ頷き返す。
それだけで、俺たちの心は確かに通じ合っていた。

「おい航、何してんだよ。置いてくぞー」
健太の声で、俺は我に返った。
「お、おう! 今行く!」
俺は慌てて駆け出しながら、もう一度だけ彼女がいた場所を振り返る。
彼女はもう、教室へ向かう人の波に紛れて、その姿は見えなくなっていた。

でも、確かに俺の胸の中には、彼女がくれた温かい光が灯っていた。
試合には負けた。
でも、俺は勝ったんだ。
君がくれた、たった一つの勝利のサイン。
それが、この日の出来事を、俺の人生で最も輝かしい一日へと変えてくれたのだった。
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