クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第26話 夏休みの計画

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あの熱い球技大会から数週間。季節はすっかり夏の色を帯びていた。
教室の窓から吹き込む風は熱を孕み、男子は制服のシャツの袖を捲り上げ、女子は小さなうちわで首筋を扇いでいる。
そして今日、俺たちの高校生活における一つの区切り、終業式が訪れた。

「よっしゃー! 夏休みだぜー!」
最後のホームルームが終わった瞬間、健太が雄叫びを上げた。その声に呼応するように、クラスのあちこちから歓声が上がる。
海に行く計画、部活の合宿、夏期講習の愚痴。誰もがこれから始まる長い休みに心を躍らせ、その話題で持ちきりだった。

俺ももちろん、夏休みは楽しみだ。ゲームもしたいし、溜まっていた漫画も読みたい。
でも、その一方で。俺の心の中には、期待と同じくらいの大きさの、一抹の寂しさが広がっていた。

ちらり、と俺は窓際の席に視線を送る。
雫は、通知表を静かに眺めていた。その横顔はいつもと同じように穏やかだったが、どこか物憂げに見えるのは、きっと俺の気のせいではないだろう。
球技大会の一件以来、クラスにおける彼女の立ち位置は少しだけ変わった。天野さんたちクラスの中心グループの女子も、時々彼女に話しかけるようになったのだ。雫はまだ戸惑いがちに頷くだけだが、以前のような誰も寄せ付けない壁は、少しだけ低くなったように思う。
だが、俺と彼女の関係は、相変わらず二人だけの秘密だった。

明日から、この教室に来ても彼女はいない。
毎日当たり前のように交わしていた「おはよう」も「さようなら」も、しばらくお預けになる。
学校という、俺たちをつなぐ唯一の接点が、なくなってしまう。
その事実が、ずしりと重く俺の心にのしかかっていた。

帰り支度を終えた生徒たちが、次々と教室を出ていく。
「航、帰るぞー。ゲーセン寄ってこうぜ!」
「悪い、健太。俺ちょっと野暮用が。先帰っててくれ」
「ちぇっ、付き合い悪いなー。じゃあな!」
健太は手を振りながら、賑やかな仲間たちと共に去っていった。

やがて、教室に残っているのは俺と、帰り支度をする雫だけになった。
まるで示し合わせたかのように、二人きりになるのを待っていた。
彼女はゆっくりと鞄に荷物を詰め、椅子を引いて立ち上がる。そして、俺の方へ向き直った。
その瞳には、俺と同じ、名残惜しそうな色が浮かんでいる。

俺は、彼女に歩み寄った。
そして、いつものように、しかし今日はいつもより心を込めて、手話で言葉を紡ぐ。
『じゃあ、また』
次にいつ会えるか分からないから、「さようなら」という言葉は使いたくなかった。
彼女も、俺の気持ちを察してくれたのだろう。
こくりと頷き、少しだけ寂しそうに微笑んだ。
そして、彼女の指が、俺にだけ見えるように、そっと動く。

『夏休み、楽しんでね』

その優しい言葉に、胸がきゅっとなる。
俺は頷き返し、彼女が教室を出ていくのを最後まで見送った。
一人になった教室は、やけに広く、がらんとして見えた。

その日の夜。俺は自室のベッドの上で、意味もなくスマホの画面を眺めていた。
トークアプリの履歴には、雫との甘いやり取りが並んでいる。昨日の夜も、「おやすみ」を言うのが名残惜しくて、三十分近くもスタンプを送り合ったばかりだ。
でも、もう教室での彼女には会えない。その事実が、想像以上に心に穴を開けていた。

このままじゃダメだ。
ただメッセージを送り合うだけの夏休みなんて、耐えられない。
会いたい。
彼女に、会える口実が欲しい。

俺はトーク画面を開き、文字を打ち込んでは消し、を繰り返した。
『夏休み、何するの?』
当たり障りのない質問を送ると、すぐに既読がついた。
『うーん、特に予定はないかな。絵を描いたり、ソラと遊んだり』
返ってきたメッセージには、猫がごろごろしているスタンプが添えられていた。そののんびりとした雰囲気に、俺の心は少しだけ和む。
でも、同時に焦りが募った。このままでは、本当に会えないまま夏休みが終わってしまう。

その時、ふと、駅前の掲示板に貼ってあったポスターを思い出した。
来週末に開催される、近所の神社での夏祭り。
これだ。これしかない。

俺の指が、勝手に動き出していた。心臓が、ドクドクと大きく脈打つ。
これは、ただの誘いじゃない。紛れもない、デートの申し込みだ。
俺は一度深呼吸をし、覚悟を決めて、メッセージを打ち込んだ。

『もし、よかったらなんだけど』
前置きが、やけに長くなる。
『来週の夏祭り、一緒に行かない?』

送信ボタンを押した瞬間、俺はスマホをベッドに放り投げた。
見ていられない。断られたらどうしよう。迷惑がられたら?
数秒が、永遠のように長く感じられた。
恐る恐るスマホを手に取ると、メッセージにはもう「既読」の文字が灯っている。
そして、画面の端には「入力中…」の表示が点滅していた。

長い、長い入力時間。
彼女は、何を考えているんだろう。
俺は生殺しの状態で、ただ画面を見つめることしかできなかった。
そして、ついに。
ピコン、と軽快な通知音が鳴った。

『!』

返信は、その一文字から始まっていた。
そして、続けざまにメッセージが送られてくる。

『いいの!?』
『行きたい! すごく行きたいです!』

その喜びにあふれた文字の羅列に、俺の心臓は安堵と興奮で張り裂けそうになった。
よかった。嫌じゃなかったんだ。
俺がほっと胸を撫で下ろしていると、追い打ちをかけるように、一つのスタンプが送られてきた。
それは、ピンク色の浴衣を着たウサギが、はにかみながらお辞儀をしているスタンプだった。

そして、その下に添えられた、決定的な一文。

『私も、浴衣、着てみようかな…』

そのメッセージを見た瞬間、俺は声にならない叫びを上げ、枕に顔を埋めた。
浴衣。
月宮雫の、浴衣姿。
想像しただけで、鼻血が出そうだ。いや、もう出ているかもしれない。
俺はベッドの上で、意味もなく足をバタバタとさせた。

『すごく、楽しみにしてる』

なんとかそれだけ返信するのが、精一杯だった。
ただ長くて、会えなくて寂しいだけだと思っていた夏休み。
それが、最高のイベントが待つ、特別な四十日間に変わった瞬間だった。

会えない時間が、二人の気持ちを育てるなんて言うけれど。
俺はもう、一秒だって我慢できそうになかった。
早く、君に会いたい。
俺たちの夏が、今、確かに始まろうとしていた。
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