クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第42話 君の居場所

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甘くて少しだけ切なくて、そして最高に輝いていた夏休みが終わりを告げた。
九月一日。久しぶりに袖を通した制服はまだ夏の熱を覚えているようで、少しだけ暑苦しい。俺は期待と少しの緊張を胸に、二学期が始まった教室のドアを開けた。

「よお、航! 久しぶりだな! 宿題終わったか?」
教室に入るなり、こんがりと日焼けした健太が快活な笑顔で迎えてくれた。夏休み中も何度か会っていたが、こうして教室で顔を合わせるのは新鮮だ。
俺が「終わるわけねえだろ」と返すと、教室のあちこちから同意の声が上がる。夏休み明けの教室は、どこか浮足立った独特の空気に満ちていた。

俺の視線は、自然と窓際の一番後ろの席へと吸い寄せられる。
いた。
月宮雫が静かに席に着いていた。
夏の日差しを浴びて、彼女の黒髪はさらに艶を増しているように見える。白い肌とのコントラストが、息をのむほど美しい。
俺の視線に気づいたのか、彼女がゆっくりとこちらを向いた。
そして、目が合った瞬間。
お互いの顔がぼっと赤くなるのが分かった。

夏休み前とは明らかに違う。
あの夏祭りの夜、花火の下で触れ合った肩の温もり。俺の誕生日を祝ってくれた世界で一番静かな歌。二人きりの部屋で過ごした甘い時間。
たくさんの秘密とたくさんの思い出を共有した俺たちは、もうただのクラスメイトではいられなかった。
目が合うだけで心臓が跳ねる。意識しないようにすればするほど、強く意識してしまう。
俺たちは慌ててお互いから視線を逸らした。その初々しい反応を、隣にいた健太が見逃すはずもなかった。
「へーえ。夏休みの間に、ずいぶんと進展したみたいじゃねえか」
ニヤニヤと、全てをお見通しだと言わんばかりの笑みを浮かべる親友を、俺は肘で小突いて黙らせた。

そんな甘酸っぱくて少し気まずい空気の中で、二学期最初のホームルームが始まった。
担任教師がいくつかの連絡事項を伝えた後、文化祭の話題を切り出した。
「さて、今年の文化祭だが、うちのクラスの出し物はカフェに決まった。これから具体的な内容を詰めていってもらう」

その言葉を皮切りに、教室は途端に騒がしくなった。
だが、その騒がしさは前向きなものではなかった。
「えー、カフェとか面倒くさくね?」
「誰がやるんだよ、そんなの」
「てきとーでいいじゃん」
夏休みボケが抜けきらないクラスの士気は驚くほど低い。健太や天野さんたちが「やるからには楽しもうぜ!」と必死に盛り上げようとするが、空回っている感が否めなかった。

特に、メニュー決めの話し合いは難航した。
女子たちの間でも「クッキーがいい」「いやケーキでしょ」「いっそワッフルとか?」と意見がまとまらず、次第に険悪なムードが漂い始める。
このままでは、文化祭本番を迎える前にクラスが空中分解してしまいそうだ。

俺は、その様子を少し離れた場所から眺めながらもどかしい気持ちでいた。
この状況を一発で解決できる人物を知っている。
お菓子作りにかけてはプロ顔負けの腕前を持つ、最高のパティシエを。
俺の視線が、自然と雫へと向かう。
彼女はクラスの議論の輪から少し離れた場所で、心配そうに、しかし何もできずに俯いていた。彼女が前に出られないのは、俺が一番よく分かっている。

でも、このままじゃダメだ。
彼女の才能がこんなところで埋もれていていいはずがない。
それに、これはチャンスかもしれない。彼女がクラスのみんなに認められる絶好の機会だ。
俺は意を決して席を立った。

向かったのは雫のところではない。議論の中心にいる、天野さんのところだった。
俺は周りに聞こえないように、天野さんにそっと声をかける。
「なあ天野さん。ちょっといいか?」
「ん? なに相田くん」
少しイライラしていたのか、天野さんは不機嫌そうな顔で振り返った。
俺はわざとらしく、しかし自然を装って言った。
「いや、メニューのことなんだけどさ。そういえば、月宮さんってお菓子作りがめちゃくちゃ上手いらしいぞ」

俺の言葉に、天野さんはきょとんとした顔をした。
「え? 月宮さんが? なんで相田くんが知ってんの?」
「いや、まあ、ちょっと前に本人から聞いたことがあって。確か、ケーキとかクッキーとか、なんでも作れるって」
俺の言葉に、天野さんの目の色が変わった。彼女は俺と、そして遠くの席にいる雫を交互に見て、何かを納得したようににこりと笑った。
「……そっか。なるほどね。情報、サンキュ!」

天野さんは、さすがクラスの中心人物だけあって行動が早かった。
彼女は白石さんたち数人の女子を連れて、一直線に雫の席へと向かう。
「月宮さーん! ちょっといいかな?」
突然クラスの陽キャグループに囲まれ、雫の肩がびくりと大きく震えた。不安そうに瞳を揺らし、助けを求めるように俺の方を見つめてくる。
俺は彼女に向かって、力強く頷いた。
大丈夫。君なら、できる。

天野さんは屈託のない笑顔で言った。
「お願い、月宮さん! 私たちじゃ全然決まらなくて! カフェで出すお菓子のメニュー、考えてくれないかな?」
その真っ直ぐな申し出に、雫は戸惑っていた。
でも、俺からの無言のエールと天野さんたちの期待に満ちた眼差しに、彼女の中で何かが決まったようだった。

彼女は、こくりと一度だけ頷いた。
そして、自分の机の中からいつも持ち歩いているスケッチブックを取り出す。
その場の全員が、固唾を飲んで彼女の手元を見守っていた。

雫は少しだけ震える手で鉛筆を握った。
そして、真っ白なページの上に、さらさらと迷いのない線を描き始めた。
まず、可愛らしいカップケーキのイラスト。その横には、必要な材料と簡単な作り方の手順が、読みやすい文字で書き込まれていく。
次に、星形のクッキー。断面図まで描かれ、中に入っているチョコチップの配置まで細かくデザインされている。
彼女のペンは止まらない。フルーツタルト、ガトーショコラ。次々とプロの企画書のような、完璧なレシピと完成予想図がスケッチブックの上に生まれていく。

その光景を、クラスの女子たちは息をのんで見つめていた。
そして、誰からともなく感嘆の声が漏れ始めた。
「……すごい」
「なにこれ、めっちゃ美味しそう……」
「イラスト、可愛すぎない!?」
「ていうか、レシピ完璧じゃん! 天才じゃん!」

賞賛の声が波のように広がっていく。
今まで険悪なムードだった女子たちが、一気に雫の机の周りに集まり、目を輝かせながら彼女のスケッチブックを覗き込んでいた。
「月宮さん、これどうやって作るの!?」
「このクリームの配合、教えて!」
質問攻めに合う雫。
彼女は、初めてクラスの中心でたくさんの注目を浴びていた。
戸惑いながらも、その顔は困惑よりも嬉しさと誇らしさで真っ赤に染まっている。
そして照れくさそうに、でも心の底から嬉しそうに、ふわりと微笑んだ。

俺は、その光景を少し離れた自分の席からただ黙って見つめていた。
胸の奥から温かいものが込み上げてくる。
俺が何かをしたわけじゃない。俺はほんの少し、きっかけを作っただけだ。
彼女が自分の力で、自分の才能で、クラスの中に確かな「居場所」を作り上げた瞬間だった。
俺だけが知っていた彼女の魅力が、今、みんなに認められている。
少しだけ寂しいような、でもそれ以上に、どうしようもなく誇らしい気持ちで胸がいっぱいだった。

人だかりの中心で、雫がふと俺の方を振り返った。
たくさんの笑顔に囲まれながら、彼女は俺にだけ見えるように。
誰にも気づかれないように、小さく、しかしはっきりと手話でメッセージを送ってくれた。

『ありがとう』

その指の動きと最高の笑顔。
俺は、最高の笑顔で頷き返した。
そして、同じように誰にも見えないように手話で返す。

『どういたしまして』

俺たちの間に、また一つ温かくて輝かしい秘密が増えた。
文化祭の準備はまだ始まったばかり。
でも、俺は確信していた。
今年の文化祭は、間違いなく最高に楽しくなる、と。
君という最高のパティシエがいるのだから。
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