クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第41話 世界で一番静かな歌

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俺の誕生日まであと数日。
その事実が、落ち着き払っていたはずの俺の心を、じわじわと、しかし確実に侵食していた。
雫とのメッセージのやり取りはいつも通り甘くて穏やかだ。彼女が俺の誕生日を意識しているような素振りは、あの日以来全く見られない。それが逆に俺の心をざわつかせた。

(いや、期待するな、俺)
自室のベッドでゴロゴロしながら、俺は自分に言い聞せる。
彼女が俺の誕生日を覚えていてくれて、メッセージをくれる。それだけで十分すぎるほど幸せじゃないか。プレゼントだなんて、そんな贅沢を望むのはおこがましい。
そう頭では分かっているのに、心のどこかでほんの少しだけ何かを期待してしまっている自分がいた。その浅ましさに、自己嫌悪に陥りそうになる。

その頃、俺の知らない場所で、俺のための壮大な計画が着々と進行していることなど、俺は知る由もなかった。

「よし、雫! 作戦会議の続きを始めるわよ!」
月宮家のリビングでは、姉の潮がテーブルの上に大量のファッション雑誌とレシピ本を広げ、やる気に満ち溢れていた。
向かいに座る雫は少しだけ寝不足なのか、目の下にうっすらと隈を作っている。それでも、その瞳は決意の光で爛々と輝いていた。

『プレゼントは、手作りのケーキにしようと思うの』
雫がスマホのメモ帳に打ち込んで見せる。
「いいじゃない! あんたの作るケーキはプロ級だもんね。航くんも絶対喜ぶわよ」
潮は満足そうに頷いた。
『でも、それだけじゃ普通すぎるかなって』
雫は少しだけ不安そうに眉をひそめた。
もっと特別な何かを贈りたい。私にしかできない方法で「おめでとう」の気持ちを伝えたい。その思いが、ここ数日ずっと彼女の頭を悩ませていた。

「ふむ。雫にしかできない、特別なお祝い、ねえ……」
潮は顎に手を当てて、うーんと唸った。そして何かを閃いたように、ぱんと手を叩いた。
「……歌よ!」
『歌?』
雫は不思議そうに小首を傾げる。
「そう、バースデーソング! あんたの、その綺麗な指で歌ってあげるのよ」
潮の言葉に、雫はハッとしたように目を見開いた。

手話で歌う。
考えたこともなかった。でも、確かにそれは自分にしかできない最高のお祝いの方法かもしれない。
航くんのために、歌う。
その光景を想像しただけで、雫の頬がぽっと赤く染まった。

『……やってみる』
雫は力強く頷いた。
その日から、雫の秘密の特訓が始まった。
潮がスマホで流すバースデーソングのメロディに合わせて指を動かす。ただ歌詞を手話でなぞるだけじゃない。メロディの抑揚やリズム、そして何より「おめでとう」という気持ちを、指の動きや表情に乗せなければならない。
それは想像以上に難しい作業だった。
夜、一人で自室の鏡に向かい、何度も、何度も練習を繰り返す。
航くんの喜ぶ顔が見たい。
その一心だけで、雫は不思議と頑張ることができた。

そして、運命の俺の誕生日当日。
朝、目を覚ました俺のスマホには、雫からのメッセージが届いていた。
『航くん、誕生日おめでとう!』
メッセージには、たくさんのクラッカーが鳴り響き、ケーキのイラストが踊る、画面いっぱいの派手なエフェクトがついていた。
それだけでもう、俺は天にも昇る気持ちだった。
覚えていてくれた。それだけで十分だ。

俺が『ありがとう!すごく嬉しい』と返信すると、すぐに次のメッセージが届いた。
それは、俺の予想を遥かに超える、心臓が止まりそうな一文だった。

『今日の夕方、もし時間があったら、少しだけ会えませんか?』

俺はベッドから飛び起きた。
会える。
誕生日に、彼女と会える。
俺は震える指で『もちろん!』とだけ返信するのが精一杯だった。

その日の夕方。
俺は夏祭りの日と同じくらい、いや、それ以上に緊張しながら、待ち合わせ場所の近所の公園に向かった。
公園のベンチに、彼女はもう座っていた。
白いワンピース姿の彼女はどこかのお嬢様のように清楚で、夏の夕暮れの光を浴びてキラキラと輝いて見えた。

俺の姿を認めると、彼女は立ち上がり、少しだけ緊張した面持ちでぺこりとお辞儀をした。
その手には、可愛らしいラッピングが施された小さな紙袋が握られている。
「来てくれて、ありがとう」
俺が声で言うと、彼女はふるふると首を横に振った。そして意を決したように、その紙袋を俺の前にそっと差し出した。

『これ、よかったら……』

俺は、まるで聖杯でも受け取るかのように恭しくそれを受け取った。
袋の中には、丁寧に箱詰めされたチョコレートのパウンドケーキと、一枚のメッセージカードが入っていた。
カードを開くと、そこには彼女の、少しだけ震えた、でも心のこもった文字が並んでいた。

『航くん、お誕生日おめでとう。
航くんが生まれてきてくれたことに、心から感謝します。
いつも、たくさんの幸せをくれて、ありがとう。
これからも、航くんの隣でたくさん笑いたいです』

そのメッセージを読んだ瞬間、俺の胸の奥から熱いものが込み上げてきた。
ダメだ。泣きそうだ。
こんなに真っ直ぐで温かい言葉をもらったのは、生まれて初めてだった。
「……ありがとう。すごく、嬉しい」
俺がなんとかそれだけ声を絞り出すと、彼女は嬉しそうに、そして少し照れくさそうに微笑んだ。

そして彼女は「まだあるの」というかのように、俺の目の前で人差し指を一本立てた。
え、と俺が驚いていると、彼女は一度、ふうと深呼吸をした。
その表情が、今まで見たこともないくらい真剣なものに変わる。

そして、彼女の指が、ゆっくりと歌を紡ぎ始めた。

両手を祈るように胸の前で合わせる。『ハッピー』
誕生日、という手話。『バースデー』
そして、俺を指差す。『ディア、わたるくん』

声はない。メロディもない。
聞こえるのは、公園の木々が風に揺れる音と、遠くで遊ぶ子供たちの声だけ。
でも、俺の心の中には、確かに世界で一番美しい歌声が響いていた。

彼女の指先が、滑らかに、そして感情豊かに宙を舞う。
おめでとう、という気持ち。
ありがとう、という気持ち。
大好きだ、という気持ち。
その全てが、彼女の表情と指の動きから、痛いほど伝わってくる。

俺は完全に言葉を失っていた。
ただ目の前で繰り広げられる、世界で一番静かで、世界で一番心のこもった歌に、魂を奪われていた。

歌が終わる。
全ての想いを紡ぎ終えた彼女は、達成感と極度の恥ずかしさからか、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
その健気な姿が、どうしようもなく愛おしくて。

俺は、込み上げてくる感情をもう抑えることができなかった。
一歩、彼女に近づく。
そして、その震える小さな肩をそっと優しく抱きしめた。

「……っ!」
腕の中で彼女の体が大きく震える。
でも、彼女は抵抗しなかった。
代わりに、おずおずと俺の背中にその小さな手を回してくれた。

「ありがとう、雫」
俺は彼女の耳元で囁くように言った。
「今までで一番嬉しい誕生日だよ。一生、忘れない」

俺の言葉に、彼女は俺の胸に顔を埋めたまま、こくりと小さく頷いた。
夕日が俺たち二人を優しく包み込んでいる。
この温もりを、この幸せを、俺は絶対に手放さない。
そう心に固く誓った。
最高の誕生日は、俺たちの夏の思い出に、また一つ忘れられない輝かしい1ページを加えてくれたのだった。
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