クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第44話 エプロン姿の天使

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文化祭準備もいよいよ大詰め。今日はクラス全員参加でのスイーツ試作会が開かれることになっていた。
放課後の調理実習室は、いつもとは違う熱気と甘い香りに包まれている。
エプロンをつけた女子たちがキャッキャとはしゃぎながら準備を進め、男子たちはその周りを手持ち無沙汰にうろついていた。

俺も慣れないエプロンを身につけ、どうにも落ち着かない気分で壁際に立っていた。
そんな俺の視線の先には、もちろん彼女の姿があった。

月宮雫。
彼女は淡い水色のシンプルなエプロンを身につけていた。潮さんに借りたものだろうか。その清楚な出で立ちは、まるで絵本から抜け出してきた妖精のようで、俺の心臓を無遠慮に鷲掴みにした。
いつも下ろしている黒髪は、邪魔にならないように高い位置でポニーテールに結われている。そのせいで普段は見ることのできない、白くて細いうなじが露わになっていて、俺は目のやり場に困ってしまった。

彼女はクラスの中心で、テキパキと指示を出していた。
声は出さない。代わりに、彼女の美しい指が滑らかに宙を舞う。
『まず、バターを常温に戻して、クリーム状になるまで混ぜてください』
『卵は、一度に加えるんじゃなくて、三回に分けて少しずつ混ぜてね』
その手話での指示を、天野さんが「はーい、みんな聞いてー! まずバターを……」とクラス全員に伝達する。
その完璧な連携プレーは、もはや芸術の域に達していた。

雫は、ただ指示を出すだけではなかった。
上手く生地が混ざらずに困っている子のところへ駆け寄り、ボウルの持ち方や泡立て器の動かし方を、手取り足取り優しく教えてあげている。
その姿はまるで頼れる先生のようで、クラスの女子たちからの尊敬の眼差しを一身に集めていた。
「月宮さん、すごーい!」
「マジでプロみたい……」
そんな賞賛の声が、あちこちから聞こえてくる。

俺はそんな彼女の姿を、壁に寄りかかりながらただただ誇らしい気持ちで見つめていた。
俺だけが知っていた彼女の魅力が、こうしてクラスのみんなに認められていく。
その光景は少しだけ寂しいけれど、それ以上に、どうしようもなく嬉しかった。

試作会が本格的に始まると、俺たち男子にも仕事が回ってきた。
「相田くん、悪いけどそこの小麦粉、百グラム測ってくれる?」
「健太、オーブンの予熱、180度でお願い!」
女子たちからの指示に、俺たちは「おうよ!」と返事をしながら、慣れない手つきで調理器具と格闘する。

俺は、雫のいるメインテーブルの近くで小麦粉をふるう作業を任された。
粉が舞い上がらないように、慎重に、慎重に。
そんな俺の隣で、雫は大きなボウルに入ったメレンゲを一心不乱に泡立てていた。
その真剣な横顔。額にはうっすらと汗が光っている。
白い腕がリズミカルに、そして力強く動く。
その全ての光景が、俺の目にはスローモーションのように映っていた。

不意に彼女が顔を上げた。そして俺の視線に気づき、少しだけ照れくさそうにふわりと微笑んだ。
その笑顔に、俺の心臓がどきりと跳ねる。
集中しろ、俺。小麦粉をこぼしたら大変だ。

しばらくして、彼女のメレンゲがつんと角が立つくらい完璧に泡立った。
彼女は満足そうに頷くと、ヘラで生地を混ぜ合わせる作業に入る。
その時だった。
メレンゲをボウルから移す際に、ぴょんと小さな塊が跳ねて、彼女の白い頬にちょこんと付着してしまったのだ。

「あ」
俺は思わず声を漏らした。
彼女は、何が起こったのか分からずきょとんとした顔で俺を見ている。
その無防備な表情と、頬についた白いクリーム。
その光景は、あまりにも、あまりにも可愛すぎて。
俺の脳内で理性のタガが、ぷつりと音を立てて切れた。

俺は周りの喧騒もクラスメイトたちの視線も、何もかも忘れて。
ほとんど衝動的に彼女のそばに一歩近づいた。
そして自分の指先で、彼女の頬についたクリームをそっと優しく拭ってやったのだ。

「……!」
俺の指が触れた瞬間、彼女の肩がびくりと大きく震えた。
驚きに見開かれた、至近距離にある彼女の大きな瞳。
時が止まった。
調理実習室の喧騒が、嘘のように遠くに聞こえる。
世界には俺と彼女と、俺の指先についた甘いクリームだけしか存在しない。

俺は自分が何をしたのかを理解し、ハッと我に返った。
まずい。
ここは二人きりのカフェじゃない。クラスメイトが大勢いる調理実習室だ。
俺の指先についたクリームを、どうすればいい?
パニックになった俺は、何を思ったのかそのクリームをそのまま自分の口へと運んでしまった。

ぺろり。
口の中にふわりと優しい甘さが広がる。
その瞬間。
調理実習室の空気が完全に凍りついた。

「「「…………」」」

今までキャッキャとはしゃいでいた女子たちが全員動きを止めて、口をあんぐりと開けたまま俺と雫を凝視している。
健太に至っては手に持っていた泡立て器を、カランと床に落としていた。

俺は自分が人類史上最大級の過ちを犯したことを悟った。
終わった。
俺の高校生活は、今この瞬間、完全に終わった。
羞恥と後悔で顔から火が出そうだ。穴があったら入りたい。いや、今すぐ地球の裏側まで掘り進みたい。

俺が絶望の淵で固まっていると、隣で同じように固まっていた雫がゆっくりと動き出した。
彼女は顔を、首を、腕を、全身を茹で蛸のように真っ赤に染め上げながら。
耐えきれなくなったように両手で顔を覆い。
そしてその場に、へなへなとしゃがみ込んでしまった。
その頭からは、まるで湯気が出ている
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