クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第59話 帰り道の衝動

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お揃いの待ち受け画面は、俺たちの心をさらに強く結びつけた。
スマホを開くたびに、幸せそうな彼女の笑顔が目に入る。そのたびに俺の心は温かいもので満たされた。
次に会える日を指折り数える。そんな甘酸っぱくて幸せな日々が続いていた。

恋人になって二度目の週末。
俺たちは特に何かをするでもなく、近所の公園で会う約束をした。
豪華なデートじゃなくてもいい。ただ、顔を見て少し話せるだけで、それで十分だった。

夕暮れ時。公園のベンチに二人並んで腰掛ける。
涼しい風が夏の終わりの匂いを運んでくる。
俺たちは他愛ない話を手話で交わしていた。
『最近、ソラが新しい芸を覚えたんだよ』
雫が楽しそうに猫が寝返りを打つ真似をしてみせる。
その無邪気な姿がどうしようもなく愛おしい。
俺はただ相槌を打ちながら、そんな彼女の横顔をじっと見つめていた。

夕日が彼女の横顔を黄金色に染め上げている。
風にさらさらと揺れる艶やかな黒髪。
楽しそうにきらきらと輝く黒曜石のような瞳。
話すたびに小さく動く、少しだけ紅を差した艶やかな唇。

その全てが完璧な一枚の絵画のように美しかった。
俺は完全に見惚れていた。

好きだ。
この子がどうしようもなく好きだ。
その気持ちが胸の奥からもう抑えきれないほどに溢れ出してくる。
水族館で抱きしめた時の彼女の体の柔らかさと温もり。
写真の中の幸せそうな笑顔。
お揃いの待ち受け画面を見るたびに込み上げてくる幸福感。
その全てが俺の中で一つの大きな塊となって膨れ上がっていく。

俺は気づけば、彼女の言葉に相槌を打つのも忘れていた。
ただ、吸い寄せられるように彼女の横顔を、その唇を見つめていた。
俺の熱っぽい視線に気づいたのだろうか。
楽しそうに話していた雫がふと言葉を切った。
そして、不思議そうな顔でこちらを振り返る。
「……航くん?」
声にならない彼女の問いかけ。

その潤んだ瞳と目が合った瞬間。
俺の中で何かがぷつりと切れた。
理性の最後の糸が音を立てて切れた。

もう我慢できない。

俺の体は勝手に動いていた。
考えるより先に行動していた。

俺は彼女の白い頬にそっと手を添えた。
びくり、と彼女の肩が大きく震える。
驚きに見開かれた至近距離にある彼女の大きな瞳。
その瞳に夕焼け空と、そして彼女を真っ直ぐに見つめる俺の真剣な顔が映り込んでいる。

彼女は、何が起ころうとしているのかを瞬時に理解したのだろう。
でも、彼女は逃げなかった。
目を逸らさなかった。
ただ、その大きな瞳で俺の次の行動を待っている。
その瞳には驚きと戸惑いと、そしてほんの少しの期待の色が揺らめいていた。

俺は、その瞳に吸い込まれるように。
ゆっくりと、本当にゆっくりと自分の顔を彼女の顔へと近づけていった。
十センチ。
五センチ。
一センチ。
お互いの呼吸が感じられる距離。
ふわりと香る彼女の甘い匂いに、頭がくらくらする。

そして。
俺の唇が彼女の、柔らかくて少しだけ震えている唇に。
そっと優しく触れた。

その瞬間、時が止まった。
世界から音が消えた。
風の音も、遠くで遊ぶ子供たちの声も何も聞こえない。
ただ、唇から伝わる信じられないほどの柔らかさと温かさだけが、俺の世界の全てだった。
それはほんの数秒の羽のように軽いキス。
でも、俺にとっては永遠よりも長く、そしてどんなものよりも重い初めてのキスだった。

ゆっくりと唇を離す。
名残惜しさを感じながらも、これ以上はダメだという理性がかろうじて働いた。
目の前の彼女は。
今まで見たことがないくらい顔を真っ赤にして。
大きく見開かれた瞳でただ、ぱくぱくと金魚のように口を開閉させているだけだった。
完全に思考が停止している。
そのあまりにも初々しくて純粋な反応が、どうしようもなく愛おしくて。
俺はたまらなくなって、彼女の体をぎゅっと強く抱きしめていた。

「……ごめん。我慢、できなかった」

俺の掠れた声。
腕の中で彼女の体がびくりとまた大きく震えた。
そして、しばらくの沈黙の後。
彼女は俺の胸に顔を埋めたまま。
おずおずと、しかし確かに俺の背中にその小さな手を回し、俺のシャツをぎゅっと強く握りしめた。
それはどんな言葉よりも雄弁な、彼女からの「許し」のサインだった。

公園のベンチで交わした二人だけの初めてのキス。
それは夏の終わりの夕焼けみたいに、甘くて少しだけ切なくて、そしてどうしようもなく幸せな味がした。
俺たちの恋はまた一つ、甘くてかけがえのない宝物を手に入れたのだった。
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