クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第78話 ホワイトデーのお返し

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雫からもらった甘いチョコレートと言葉。
あのバレンタインデーは、俺の人生における幸福度の最高記録をあっさりと更新してしまった。
家に帰ってから食べた手作りの生チョコとトリュフは、彼女の愛情という名の最高のスパイスが効いていて、どんな高級店のものよりも美味しかった。俺は一粒食べるごとに天国へと旅立ち、そして戻ってくるという体験を繰り返した。
箱の底に忍ばせてあった『大好きです』と書かれた小さなメッセージカードは、今では俺の机の一番大切な宝物になっている。

そんな夢のような一日から、あっという間に一ヶ月が過ぎた。
三月十四日、ホワイトデー。
今度は俺が彼女に、最高の「ありがとう」と「大好き」を伝える番だ。

俺はこの日のために一ヶ月間、周到に準備を進めてきた。
まずプレゼント選び。
バレンタインのお返しといえばクッキーやマシュマロが定番らしいが、それだけでは物足りない。彼女がくれたあの感動を超えるような、特別なものを贈りたかった。
悩みに悩んだ末、俺は近所の手作りアクセサリー教室の門を叩いた。
雫がくれたネックレスのお返しに、今度は俺が彼女のためだけのアクセサリーを作ろう。そう決意したのだ。

不器用な俺にとってそれは想像を絶する苦行だった。
小さなペンチを手に細かいチェーンやパーツと格闘する。何度も指を挟みため息をつきながら、それでも俺は諦めなかった。
彼女の喜ぶ顔が見たい。
その一心だけで、俺は週末のほとんどをその小さな工房で過ごした。

そして数週間後。
ついに世界で一つだけのブレスレットが完成した。
華奢なシルバーのチェーンに、小さな星のチャームと彼女の誕生石であるアクアマリンを一粒だけあしらったシンプルなデザイン。
月のネックレスと重ね付けしてもきっと似合うはずだ。
素人仕事で歪な部分もあるかもしれない。
でも、そこには俺のありったけの想いがぎゅっと詰め込まれていた。

だが俺の計画はそれだけでは終わらない。
プレゼントをただ渡すだけじゃつまらない。
彼女が俺にしてくれたように。
俺も俺だけの方法で、最高のサプライズを仕掛けたかった。
そのための秘密兵器もちゃんと用意してある。

ホワイトデー当日。
俺は雫を放課後の誰もいない教室に呼び出した。
「話したいことがある」とだけ伝えて。
少しだけ緊張した面持ちで教室に入ってきた彼女は、俺がいつもと違う真剣な顔をしているのを見て、不思議そうに小首を傾げた。

「雫、座って」
俺は自分の席の椅子を一つ、彼女のために引いてあげた。
彼女は言われるがままにこくりと頷いてその椅子に腰を下ろす。
俺は彼女の目の前の席に座った。
教卓の上に俺は自分のスマホをそっと置く。そして再生ボタンをタップした。

画面に見慣れた俺の部屋が映し出される。
そして少しだけ緊張した顔の俺が、カメラに向かってぎこちなく頭を下げた。
『えー、雫さん。いつもありがとう』
画面の中の俺が、手話で言葉を紡ぎ始めたのだ。

そう。俺の秘密兵器は手話の動画メッセージだった。
直接伝えるのは照れくさすぎる。
でも、この方法なら俺の気持ちを全部、余すところなく伝えられると思ったのだ。

雫は突然始まった動画に、驚いたように目を丸くしていた。
そして画面の中の俺が紡ぐ言葉の一つ一つを、食い入るように見つめている。

『バレンタイン、本当に嬉しかった。雫が作ってくれたチョコ、世界で一番美味しかったよ』
『雫がくれた「大好き」の言葉、俺の一生の宝物にする』
『いつも俺にたくさんの幸せをくれて、本当にありがとう』

画面の中の俺は少しずつ緊張が解けてきたのか、自然な笑顔になっていた。
そして一番伝えたかった言葉を紡ぐ。

『俺も、雫のことが大好きだよ』

その言葉を伝えた瞬間、目の前の本物の雫の瞳からぽろりと温かい涙がこぼれ落ちた。
彼女はその涙を拭うこともせず、ただ画面の俺をじっと見つめている。

動画はクライマックスを迎える。
『だから、これは俺からのほんの少しの気持ちです』
画面の中の俺がそう言って、カメラの前にあの手作りのブレスレットを掲げてみせた。
『受け取ってくれますか?』

動画が終わる。
静寂が教室を包み込んだ。
俺はスマホの画面を消すと、ポケットから本物のブレスレットが入った小さな箱を取り出した。
そしてそれを彼女の前にそっと差し出す。

雫はまだ涙で潤んだ瞳で、俺の顔と差し出された箱を交互に見ていた。
そして次の瞬間。
彼女は椅子から立ち上がると、俺の胸に飛び込んできた。

「……っ!」
俺の胸に顔を埋め、しゃくり上げるように泣きじゃくる彼女。
その小さな背中を俺は優しく、優しく抱きしめた。
「ありがとう……ありがとう……」
声にならない彼女の感謝の言葉が、俺のシャツを濡らしていく。

「泣かないでよ。せっかくのメイクが台無しだぞ」
俺が茶化すように言うと、彼女は俺の胸の中でふるふると首を横に振った。
『嬉しいの。嬉しくて涙が止まらないの』
そのあまりにも健気な言葉に、俺の胸も熱くなった。

しばらくしてようやく泣き止んだ彼女の左手首に、俺はあのブレスレットをつけてあげた。
彼女の白い肌にシルバーのチェーンと水色のアクアマリンがキラリと輝いている。
驚くほど似合っていた。

彼女はそのブレスレットを宝物のように、何度も何度も、うっとりと眺めている。
そして顔を上げて、今日一番の最高の笑顔で俺に微笑みかけた。

ホワイトデーのお返し。
俺の精一杯の想いは、ちゃんと彼女の心に届いたようだった。
手作りのアクセサリーと手話のメッセージ。
それはバレンタインにもらったどんな甘いチョコレートよりも、俺たちの心を甘く、そして強く結びつけてくれた。
春の訪れはもうすぐそこまで迫っている。
俺たちの恋もまた一つ、新しい季節を迎えようとしていた。
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