クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第79話 進級、そして新しいクラス

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甘いホワイトデーの余韻は春の訪れと共に、俺たちの日常にすっかりと溶け込んでいた。
三月が終わりを告げ、終業式の日がやってくる。体育館に並び校長先生の退屈な話を聞きながら、俺の心はどこか落ち着かなかった。
これで二年生も終わりだ。
それは同時に、今のクラスが終わることを意味していた。

隣のクラスとの境界線あたりに雫の姿が見える。
彼女もどこかそわそわとしているようだった。時々こちらを窺うように視線を送ってくる。目が合うと、お互いに不安そうな笑みを浮かべることしかできなかった。
クラス替え。
高校生活における、避けられない運命の分かれ道。
もし雫とクラスが離れてしまったら?

もちろん、それで俺たちの関係が終わるわけじゃない。
休み時間に会いに行けばいい。昼休みは図書室で会える。放課後も帰り道は一緒だ。
頭ではそう分かっている。
でも、一日中同じ教室の空気の中にいられるという、当たり前だったはずの日常が失われてしまうかもしれない。
授業中にこっそりと交わす視線や、机の下での秘密の会話。それら全てが過去のものになってしまう。
その可能性を考えただけで、胸にぽっかりと穴が空いたような寂しさがこみ上げてきた。

春休みに入っても、その漠然とした不安は俺たちの心に小さな影を落としていた。
メッセージのやり取りはもちろん毎日続いている。
でも、その会話の端々にクラス替えへの不安が滲み出ていた。
『新しいクラス、友達できるかな……』
雫からそんな弱気なメッセージが届く。彼女は俺や天野さんたちのおかげで、ようやく今のクラスに居場所を見つけられたのだ。その環境がリセットされてしまうことに、人一倍の不安を感じているのだろう。
『大丈夫だよ。雫ならどこへ行っても大丈夫』
俺は力付けるようにそう返信する。
『それに、もしクラスが離れても俺たちの関係は何も変わらないから』
そう打ち込みながら俺自身も、その言葉にすがりついているのに気づいていた。

春休みの中頃。俺たちは満開の桜並木を二人で歩いていた。
春の日差しが俺たちの頭上に降り注ぎ、風が吹くたびに淡いピンク色の花びらが雪のように舞い散る。
幻想的な光景に、雫はうっとりと目を細めていた。
俺たちは恋人繋ぎで、ゆっくりとその花のトンネルを歩く。
その時だった。
雫が俺の手をきゅっと少しだけ強く握った。
そして立ち止まり、俺の顔を真剣な眼差しで見上げてくる。

その瞳は不安に揺れていた。
彼女は手話で言葉を紡ぐ。
『もしクラスが離れちゃったら……』
『航くんが他の女の子と仲良くなって……私のこと、忘れちゃったりしないかな』
そのあまりにも健気で、あまりにも真っ直ぐな不安。
俺の心臓はぎゅっと甘く締め付けられた。
ああ、俺はなんて馬鹿だったんだ。
彼女はただ新しい環境が不安なだけじゃない。
俺との距離が離れてしまうことを、何よりも恐れていたのだ。

俺は彼女の不安を全て吹き飛ばしてあげたかった。
俺は繋いでいない方の手で、彼女の頬をそっと包み込んだ。
そして彼女の潤んだ瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
「そんなこと、絶対にない」
俺ははっきりと声に出して言った。
「俺が好きなのは雫だけだ。クラスが離れても何があっても、その気持ちは絶対に変わらない。約束する」

俺の迷いのない言葉。
それを聞いた彼女の瞳から安堵の涙が一筋、ぽろりとこぼれ落ちた。
彼女はこくりと何度も頷く。
そして俺の胸にその小さな顔をぎゅっと埋めてきた。
俺はその華奢な体を優しく、しかし力強く抱きしめた。
舞い散る桜吹雪が、俺たち二人を祝福するように優しく包み込んでいた。

そして運命の四月。
始業式の日。
校舎の前に張り出されたクラス分けの掲示板の前は、生徒たちの歓声と悲鳴でごった返していた。
俺と雫もその人混みの中にいた。
心臓が破裂しそうだ。
俺は人混みをかき分け、掲示板ににじり寄った。
自分の名前を探す。三年B組。あった。
そして震える視線で同じクラスの名簿を上から順に目で追っていく。
あ行、か行、さ行……。

ない。
た行にも、月宮の名前はない。

俺の全身からさーっと血の気が引いていく。
嘘だろ。
そんな。
俺が絶望に打ちひしがれながら、もう一度名簿を最初から見直した、その時だった。
「航!」
背後から健太の明るい声がした。
「お前、B組か! 俺もだぜ! やったな、また一年よろしく!」
健太が俺の肩を力強く叩いてくる。
「ああ……」
俺は力なく頷くことしかできない。
「どうしたんだよ、元気ねえな。……ああ、なるほど。月宮さん探してんのか」
健-太は全てを察したように、にやりと笑った。
「安心しろよ。ちゃんといるぜ」
「え?」

健太が指差す。
その先を俺はもう一度、必死で目で追った。
ま行。
み。
む。
め……。

あった。

『月宮 雫』

その世界で一番愛しい名前が、確かに俺と同じ三年B組の欄に書かれていたのだ。
俺は自分の目がおかしくなったのかと思った。さっきは確かに見つけられなかったのに。
緊張で見落としていただけだったのだ。
安堵で全身の力が抜けていく。俺はその場にへたり込みそうになった。

「ほら、それだけじゃねえぞ」
健太がさらに指を動かす。
その先には『天野 莉奈』『白石 楓』という見慣れた名前も、しっかりと並んでいた。
奇跡だ。
こんな奇跡があっていいのか。
俺たちいつものメンバーが、誰一人欠けることなくまた同じクラスに。

俺は込み上げてくる喜びを抑きれず、人混みの中にいる雫の姿を探した。
彼女も掲示板を見つめていた。
そして俺の姿を見つけると。
その顔をぱあっと花が咲くように輝かせた。
その瞳には安堵の涙がキラキラと溢れていた。

俺たちは言葉を交わすことなく、ただ見つめ合った。
そしてどちらからともなく、最高の笑顔で笑い合った。
新しいクラスの教室へ向かう。
見慣れた顔ぶれ。新しいクラスメイト。
俺は自分の席を見つけ、席に着く。
すると雫が俺のすぐ前の席に座った。
彼女が振り返る。
そして机の下でそっと指を動かした。

『また一年、よろしくね』

その当たり前のようで奇跡のような言葉。
俺は最高の笑顔で頷き返した。
『ああ、よろしくな』

進級、そして新しいクラス。
俺たちの高校生活最後の年は。
神様の最高の計らいによって、最高の形でその幕を開けたのだった。
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