クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第81話 離れたくない気持ち

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進路の話をしてから雫の様子が少しだけ変わったことに、俺は気づいていた。
学校ではいつも通り明るく笑っている。天野さんたちとの会話も楽しそうだ。俺との秘密のやり取りも、甘くて幸せなものに満ちている。
でも、ふとした瞬間に彼女の表情からふっと光が消えるのだ。
遠くを見つめるような物憂げな瞳。
ほんのわずかな寂しさの影。
それは注意深く見ていなければ気づかないほどの些細な変化だった。でも、俺は彼女のことなら何でも分かる。

俺のせいだ。
あの日、俺が「遠くなるな」なんて余計な一言を言ってしまったから。
彼女の心に不安の種を植え付けてしまったのは、間違いなく俺なのだ。
そのことに俺は静かな後悔を感じていた。
彼女が自分の夢に向かって大きな一歩を踏み出そうとしている、この大切な時に。俺は彼女の足枷になってしまっているのではないか。

俺は努めて明るく振る舞った。
メッセージのやり取りではいつもよりたくさん、面白いスタンプを送った。
学校では彼女が好きそうなお菓子を、こっそり机の中に忍ばせておいたりもした。
彼女を笑顔にしたかった。不安なんて全部吹き飛ばしてあげたかった。
彼女も俺の気持ちに応えるように、いつも以上ににこやかに笑ってくれる。
でも、その笑顔がどこか無理をしているように見えてしまうのは、俺の考えすぎだろうか。

そんなお互いに気を遣い合うような、少しだけぎこちない空気が続いていたある日の放課後。
その日は珍しく二人きりで帰ることができた。
夏の匂いがまだ微かに残る、夕暮れの帰り道。
俺たちは恋人繋ぎでゆっくりと歩いていた。

他愛ない話をしていたはずなのに、ふと会話が途切れた。
静寂。
聞こえるのは遠くで鳴くひぐらしの声と、俺たちの少しだけぎこちない足音だけ。
繋いだ手のひらから伝わる彼女の体温が、いつもより少しだけ冷たいような気がした。

俺はもう見て見ぬふりをするのはやめようと思った。
このままではダメだ。
俺たちは恋人なんだ。嬉しいことも楽しいことも、そして不安なことも、全部二人で分け合うべきなんだ。

俺は立ち止まった。
そして隣を歩いていた彼女の体を優しく、自分の方へと向き直らせる。
不思議そうな顔で俺を見上げる、その潤んだ瞳。
俺はその瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
そして手話で静かに問いかける。

『やっぱり、何か悩んでる?』
『俺でよかったら、話してほしい』

俺の真剣な眼差し。
それを真正面から受け止めた彼女の瞳が大きく揺らいだ。
彼女はふるふると力なく首を横に振る。そしていつものように、無理した笑顔を作ろうとした。
『ううん、大丈夫だよ』
その震える指先が、大丈夫なんかじゃないと雄弁に物語っていた。

俺は何も言わなかった。
ただ黙って彼女の次の言葉を待った。
大丈夫じゃないって、俺は知ってるよ。
だから話してほしい。君の、その胸の内を。

俺の静かな圧力に、彼女は耐えきれなくなったのだろう。
作り物の笑顔がゆっくりと崩れていく。
そしてその瞳から堪えていた涙が、一筋ぽろりとこぼれ落ちた。
彼女は慌ててそれを手の甲で拭うと、ぎゅっと唇を噛み締め俯いてしまった。

そしてその俯いたままの顔で。
震える指先がゆっくりと、彼女の本当の気持ちを紡ぎ始めた。

『航くんが応援してくれるのは、すごく嬉しい』
まず彼女はそう前置きをした。
『私の夢を航くんが一番に信じてくれること、本当に幸せに思う』
でも、と彼女の指は続けた。
その動きはどんどん小さく、弱々しくなっていく。

『でも、やっぱり寂しい』
『航くんと離れたくない』

そのあまりにもストレートで、あまりにも健気な言葉。
俺の心臓はぎゅっと甘く締め付けられた。

『卒業したら今までみたいに毎日会えなくなるのが怖い』
『航くんが東京に行った私のこと忘れちゃったらどうしようって……』
『新しい大学で航くんに、もっと素敵な人ができちゃったらどうしようって……』

次から次へと溢れ出してくる彼女の不安。
それは文化祭の時に彼女が抱いた可愛らしいやきもちなんかじゃなかった。
もっとずっと切実で、現実的な未来への恐怖。
その恐怖に彼女はたった一人でずっと耐えていたのだ。
俺に心配をかけまいとして。

ああ、なんて馬鹿だったんだ、俺は。
彼女のこの小さな体が、どれほどの不安を抱えていたのか。
そのことに気づいてやれなかったなんて。
後悔と、そしてどうしようもないほどの愛おしさが俺の胸の中でごちゃ混ぜになって、爆発しそうだった。

俺はもう何も言わなかった。
言葉なんて必要なかった。
俺はただ目の前で泣きじゃくる、この愛しい少女を。
その小さな体を壊さないように、そっと優しく抱きしめた。

「……っ!」
俺の胸の中で彼女の体がびくりと大きく震える。
そして堰を切ったように、わっと声を殺して泣き出した。
そのか細い背中が小刻みに震えている。
俺はその震えが収まるまで、ただ優しく優しくその背中を撫で続けてやった。

「……俺もだよ」
しばらくして俺は彼女の耳元で、囁くように言った。
「俺も雫と離れたくない。毎日会えなくなるなんて、考えただけで胸が張り裂けそうになる」

俺の正直な気持ち。
それを聞いた彼女の震えが少しだけ収まった。

「でもな」
俺は続けた。
「雫の夢を世界で一番応援したいって思ってるのも、俺なんだ」
「だから大丈夫だよ。距離なんて関係ない。俺の気持ちは絶対に変わらない。俺が好きなのは過去も今も未来も、ずっと雫だけだ」

俺の誓いの言葉。
それを聞いた彼女はゆっくりと顔を上げた。
涙でぐしゃぐしゃになった顔。
でもその瞳にはもう不安の色はなかった。
そこには俺への絶対的な信頼と、そしてどうしようもないほどの愛情が溢れんばかりに輝いていた。

俺たちは、お互いの気持ちを確かめ合った。
不安が完全に消えたわけじゃない。
でも、もう一人じゃない。
二人でなら、どんな未来もきっと乗り越えていける。
夕暮れの空の下、俺たちはそう固く確信していた。
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