クラスで3番目に可愛い無口なあの子が実は手話で話しているのを俺だけが知っている

夏見ナイ

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第82話 もっと伝えたい気持ち

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  俺たちはあの夕暮れの帰り道で、お互いの不安を分ち合った。
  離れたくないという切実な想い。そしてそれでもお互いの未来を応援し合うという、固い約束。
  その日以来、俺たちの間にあったぎこちない空気はすっかり消え去っていた。
  代わりにそこには以前よりももっと深く、そして穏やかな絶対的な信頼関係が生まれていた。

  俺は自分の進路について、真剣に考え始めた。
  今までただ漠然と「地元の大学」としか考えていなかった未来。
  でも、今は違う。
  俺には応援したい夢がある。雫の夢が、俺の夢でもあるのだ。
  だとしたら俺は、彼女の一番近くで彼女を支えられる存在になりたい。

  (東京の大学か……)

  俺は休み時間にこっそりとスマホで東京の大学のパンフレットを取り寄せた。
  もちろん雫には内緒だ。彼女に余計なプレッシャーを与えたくなかった。
  これは俺自身の問題だ。俺が自分の意志で決めなければならないこと。
  正直、今の俺の成績では選択肢は限られている。
  でも、目標ができた。
  頑張る理由ができた。
  それだけで今まで色褪せて見えていた参考書の文字が、キラキラと輝いて見え始めたのだから不思議なものだ。

  そんな俺の変化に、雫も気づいていたのかもしれない。
  昼休みの図書室。
  いつものように二人で勉強していると、彼女がふとペンを置いた。
  そして俺の顔をじっと、真剣な眼差しで見つめてくる。
  その瞳には何か強い決意のような光が宿っていた。

  『航くん』
  彼女が手話で俺の名前を呼ぶ。
  『いつも私のことを信じてくれて、ありがとう』

  突然の改まったお礼の言葉。
  俺は少しだけ照れくさくなりながら、「どういたしまして」と手話で返した。

  すると彼女は少しだけ躊躇うように視線を落とした。
  そして自分の手のひらをぎゅっと強く握りしめる。
  何かを言おうとしている。
  でも、それを言葉にするのに途方もない勇気が必要なのだということが、その姿から痛いほど伝わってきた。
  俺は黙って彼女の次の言葉を待った。

  やがて彼女は意を決したように顔を上げた。
  その瞳は潤んでいた。
  そして震える指先がゆっくりと、彼女の新しい願いを紡ぎ始めた。

  『私も航くんに伝えたい』
  『私の本当の気持ちを、もっと、もっとたくさん』

  その切実な想い。
  俺は力強く頷いた。
  「分かってるよ。雫の気持ち、手話でもちゃんと全部伝わってる」

  俺の言葉に彼女はふるふると首を横に振った。
  そして続けた。
  その言葉は俺の心臓を強く、強く揺さぶった。

  『ううん、それだけじゃ足りないの』

  彼女は自分のスケッチブックをそっと指差した。
  そして俺の目を真っ直ぐに見つめ返す。
  その瞳には今まで見たこともないくらい、強い、強い光が宿っていた。

  『航くんが遠くに行っても、いつでも私の気持ちが届くように』
  『手話だけじゃなくて、私の夢である「絵」でも、もっとたくさんの想いを伝えられるようになりたい』
  『だから、私、もっともっと頑張るね』

  彼女の指が紡ぐ、未来への約束。
  それを読み取った瞬間、俺は息をのんだ。
  彼女は俺との未来のために、自分の夢をさらに強く、そして具体的に見据えようとしていたのだ。
  離れ離れになるかもしれないという不安を、ただ嘆くのではなく、自分たちの力で乗り越えようとするその強さ。
  その姿があまりにも眩しくて、そしてどうしようもなく愛おしかった。

  込み上げてくるどうしようもないほどの愛おしさ。
  そして胸が張り裂けそうなほどの切なさ。
  俺は目の前で泣きそうになるのを必死で堪えている、この愛しい少女を今すぐ抱きしめてしまいたい衝動に駆られた。
  でも、今はその時じゃない。

  俺は彼女のその途方もない決意を、真正面から受け止めなければならない。
  俺は彼女の震える両手をそっと、優しく取った。
  そして彼女の潤んだ瞳を真っ直ぐに見つめ返す。

  「……そっか」
  俺はなんとかそれだけ声を絞り出す。
  そして手話で言葉を続けた。
  俺の持てる全ての優しさと愛情を込めて。

  『ありがとう、雫』
  『その気持ちだけで俺は世界一の幸せ者だ』
  『雫の絵、楽しみにしてる。世界で一番のファンだからな』

  俺の温かい言葉。
  それを聞いた彼女の瞳から安堵の涙が一筋、ぽろりとこぼれ落ちた。
  彼女はこくりと何度も頷く。
  そして俺の手をぎゅっと強く握り返してくれた。

  夏の終わりの図書室で。
  俺たちの恋はまた一つ、新しい、そして何よりも尊い希望の光を灯したのだった。
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