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第91話 「航くんッ!!」
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時が止まっていた。
夏の終わりの公園。けたたましいサイレンの音も人々のざわめきも、全てが遠くに聞こえる。
世界には、たった今響き渡ったあの掠れた叫び声の余韻だけが満ちていた。
俺はストレッチャーの上で身動き一つできずに固まっていた。
左腕のズキズキとした痛みもどこかへ消え去ってしまった。
俺の全ての意識は、たった今俺の耳に届いた「音」に囚われていた。
(……いまの声は)
幻聴だろうか。
事故のショックで俺の頭がおかしくなってしまったのだろうか。
でも、あまりにもはっきりと聞こえた。
掠れていて不格好で、叫び声に近かったけれど。
それは間違いなく俺の名前を呼ぶ声だった。
そして、その声の主が誰なのか。
俺の魂が理解していた。
俺の視線は声がした方向へと釘付けになっていた。
そこに立っていたのは月宮雫。
彼女は自分の喉にそっと手を当てていた。
その大きく見開かれた瞳は、信じられないというように激しく揺れている。
震える唇がぱくぱくと声にならない動きを繰り返している。
自分の身に何が起こったのか。
彼女自身が一番理解できていなかった。
これは誰の声?
私の声?
どうして?
周りにいた人々も皆、同じだった。
救急隊員も車の運転手も子供の母親も。
誰もが声の主である雫を、驚愕の表情でただじっと見つめている。
「え、今の……」「あの子、話せたの?」
そんな囁き声が遠くで聞こえる。
誰もが今、目の前で起こった奇跡のような出来事を信じられずにいた。
でも、俺だけは。
俺だけは確信していた。
あれは幻聴なんかじゃない。
紛れもない現実だ。
雫が声を出した。
俺の名前を呼んでくれた。
俺を失いたくないというその一心で。
彼女は固く閉ざされていた声の世界の扉を、その小さな体でこじ開けたのだ。
その事実がとてつもない熱い感動の波となって、俺の全身を駆け巡った。
ああ、もう。
ダメだ。
こんな、こんな奇跡があっていいのか。
「……患者さん、動かないでください!」
救急隊員の制止の声が聞こえる。
でも、もう俺を止めることなんてできやしなかった。
俺はストレッチャーの上で、痛む腕のことも忘れ、がばりと半身を起こした。
そして、まだ混乱の中にいる愛しい彼女に向かって。
俺の持てる全ての想いを込めて叫んだ。
「雫ッ!」
俺の必死の叫び。
その声に雫の肩が、びくりと大きく震えた。
彼女の虚ろだった瞳がハッとして、俺の姿をはっきりと捉える。
涙ぐみながらも最高の笑顔で自分を見つめている俺の顔を。
その表情を見て。
雫は自分が何をしたのかを、そしてその声がちゃんと彼に届いたのだということを、ようやく理解した。
その瞬間。
彼女の中で今まで必死に抑えられていた全ての感情が、堰を切ったように溢れ出した。
安堵。
喜び。
そして、自分の身に起こった信じられない出来事への混乱。
そのごちゃ混ぜになった感情が、もう彼女の小さな体では抱えきれなくなっていた。
「あ……」
彼女の潤んだ瞳から。
大粒の涙が再びぼろろとこぼれ落ち始めた。
「ぁ……あ……」
それはもう声にはなっていなかった。
ただ嗚咽だけが、しゃくり上げるような子供のような泣き声だけが、彼女の喉から途切れ途切れに漏れ出してくる。
自分の声が出たという事実。
そのあまりにも大きな奇跡を、彼女の心はまだ受け止めきれずにいたのだ。
夏の終わりの公園。けたたましいサイレンの音も人々のざわめきも、全てが遠くに聞こえる。
世界には、たった今響き渡ったあの掠れた叫び声の余韻だけが満ちていた。
俺はストレッチャーの上で身動き一つできずに固まっていた。
左腕のズキズキとした痛みもどこかへ消え去ってしまった。
俺の全ての意識は、たった今俺の耳に届いた「音」に囚われていた。
(……いまの声は)
幻聴だろうか。
事故のショックで俺の頭がおかしくなってしまったのだろうか。
でも、あまりにもはっきりと聞こえた。
掠れていて不格好で、叫び声に近かったけれど。
それは間違いなく俺の名前を呼ぶ声だった。
そして、その声の主が誰なのか。
俺の魂が理解していた。
俺の視線は声がした方向へと釘付けになっていた。
そこに立っていたのは月宮雫。
彼女は自分の喉にそっと手を当てていた。
その大きく見開かれた瞳は、信じられないというように激しく揺れている。
震える唇がぱくぱくと声にならない動きを繰り返している。
自分の身に何が起こったのか。
彼女自身が一番理解できていなかった。
これは誰の声?
私の声?
どうして?
周りにいた人々も皆、同じだった。
救急隊員も車の運転手も子供の母親も。
誰もが声の主である雫を、驚愕の表情でただじっと見つめている。
「え、今の……」「あの子、話せたの?」
そんな囁き声が遠くで聞こえる。
誰もが今、目の前で起こった奇跡のような出来事を信じられずにいた。
でも、俺だけは。
俺だけは確信していた。
あれは幻聴なんかじゃない。
紛れもない現実だ。
雫が声を出した。
俺の名前を呼んでくれた。
俺を失いたくないというその一心で。
彼女は固く閉ざされていた声の世界の扉を、その小さな体でこじ開けたのだ。
その事実がとてつもない熱い感動の波となって、俺の全身を駆け巡った。
ああ、もう。
ダメだ。
こんな、こんな奇跡があっていいのか。
「……患者さん、動かないでください!」
救急隊員の制止の声が聞こえる。
でも、もう俺を止めることなんてできやしなかった。
俺はストレッチャーの上で、痛む腕のことも忘れ、がばりと半身を起こした。
そして、まだ混乱の中にいる愛しい彼女に向かって。
俺の持てる全ての想いを込めて叫んだ。
「雫ッ!」
俺の必死の叫び。
その声に雫の肩が、びくりと大きく震えた。
彼女の虚ろだった瞳がハッとして、俺の姿をはっきりと捉える。
涙ぐみながらも最高の笑顔で自分を見つめている俺の顔を。
その表情を見て。
雫は自分が何をしたのかを、そしてその声がちゃんと彼に届いたのだということを、ようやく理解した。
その瞬間。
彼女の中で今まで必死に抑えられていた全ての感情が、堰を切ったように溢れ出した。
安堵。
喜び。
そして、自分の身に起こった信じられない出来事への混乱。
そのごちゃ混ぜになった感情が、もう彼女の小さな体では抱えきれなくなっていた。
「あ……」
彼女の潤んだ瞳から。
大粒の涙が再びぼろろとこぼれ落ち始めた。
「ぁ……あ……」
それはもう声にはなっていなかった。
ただ嗚咽だけが、しゃくり上げるような子供のような泣き声だけが、彼女の喉から途切れ途切れに漏れ出してくる。
自分の声が出たという事実。
そのあまりにも大きな奇跡を、彼女の心はまだ受け止めきれずにいたのだ。
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