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第3話:雨の日の勘当
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らの帰り道、馬車の中は凍りつくような沈黙に支配されていた。
誰も口を開かない。父は厳しい顔で窓の外を眺め、母はその隣で扇子を固く握りしめている。そして、私の向かいに座るイザベラ姉様は、時折こちらを盗み見ては、唇の端に嘲るような笑みを浮かべていた。
あの茶会での出来事は、すでに王宮から屋敷へと報告が届いているだろう。私が第二王子殿下に恥をかかせ、不敬を働いた罪人である、と。
「お父様、あれは……」
違うのです、と言いかけた私の声は、父の冷たい一瞥によって遮られた。
「黙れ」
たった一言。それだけで、私の喉は完全に塞がれてしまった。これ以上何を言っても無駄だと、全身で理解させられた。
屋敷に到着すると、私はすぐに父の書斎へと呼び出された。重厚なマホガニーの机を挟んで父が座り、その背後には母とイザベラ姉様が影のように立っている。まるで、これから始まる断罪を見届ける証人のように。
父はしばらくの間、黙って私を値踏みするように見つめていた。その目に、かつて私に向けられたかもしれない僅かな情は、もう欠片も残っていなかった。
やがて、父は静かに、しかし腹の底に響くような低い声で口を開いた。
「リナリア・エルフィールド」
フルネームで呼ばれるのは、何か重大な過ちを犯した時だけだ。
「本日、貴様がエドワード第二王子殿下に対して行った不敬、断じて許されるものではない。我がエルフィールド家の名誉と誇りを、地に貶めた罪は重い」
「違います、お父様! 私は何も……あれは、お姉様が!」
必死の叫びは、虚しく書斎の空気に溶けて消えた。
「まだ言い訳をするか。見苦しい」
父の言葉は、まるで鋼のように硬く、冷たかった。
「姉であるイザベラを巻き込むとは、どこまで卑劣なのだ。お前のその捻じくれた性が、今回の事件を引き起こした。出来損ないのスキルしか持たぬばかりか、心まで腐りきっていたとはな」
「そんな……」
絶望が、冷たい水のように足元から這い上がってくる。
イザベラ姉様が、勝ち誇ったようにふふっと笑う気配がした。
父は机の上に置いてあった一枚の羊皮紙を手に取ると、厳かに宣告した。
「これより、リナリア・エルフィールドをエルフィールド家から勘当する。お前はもはや、我々の娘ではない。この屋敷から即刻立ち去り、二度と我々の前に姿を現すな」
勘当。
その言葉の意味が、すぐには理解できなかった。頭の中で、誰かが金槌を打ち鳴らしているかのようにガンガンと響く。
「……待ってください、お父様。どこへ行けと……?」
「知ったことか。どこへなりと行け。野垂れ死のうが、我々の知るところではない」
言い放つと、父はもう私に興味を失ったかのように視線を逸らした。母も姉も、ただ冷ややかに私を見ているだけだった。誰も、助けてはくれない。
「さあ、さっさと荷物をまとめなさい。あなたの汚いものが、これ以上この屋敷にあるのは我慢ならないわ」
母のヒステリックな声に背中を押されるように、私はふらふらと書斎を後にした。
侍女に監視されながら、私は薄暗い自室に戻った。
与えられたのは、小さな布製の鞄一つだけだった。
「早くしろ。ぐずぐずするな」
侍女は腕を組み、壁に寄りかかって私を急かす。
私は震える手で、数枚の下着と、着古したワンピースを鞄に詰めた。それだけで、鞄はもう半分以上埋まってしまった。
ふと、視線が部屋の隅の棚に向かう。
私が【修復】した、小さな宝物たち。
オルゴール、イヤリング、手鏡、そして昨日拾ったばかりのティーカップ。
どれか一つだけでも、持っていきたかった。これらは、私がこの家で生きてきた、唯一の証のような気がしたからだ。
私が棚に手を伸ばそうとした、その時。
「何をしている。がらくたなぞに構うな」
侍女に腕を強く掴まれた。
「ですが、これは……」
「伯爵様からのご命令だ。この屋敷のものは、糸一本たりとも持ち出すことは許さん、と」
その言葉は、私の最後の望みを打ち砕いた。
ああ、そうか。これらも、もう私のものですらないのだ。
私は力なく腕を下ろした。もう、何もかもどうでもよかった。
空っぽの心で鞄の口を締めると、侍女に腕を引かれ、乱暴に部屋から引きずり出された。螺旋階段を降り、磨き上げられた大理石の廊下を抜け、玄関ホールへと連れていかれる。
その間、屋敷の使用人たちは皆、遠巻きに私を見ていた。同情する者は一人もいない。彼らにとって私は、主人に逆らった罪人に過ぎないのだ。
玄関の重厚な扉が開け放たれる。
外は、いつの間にか雨が降り始めていた。灰色の空から落ちる冷たい雫が、地面を叩いている。
「さあ、とっとと出ていけ!」
侍女に背中を強く押され、私はよろめきながら屋敷の外へと放り出された。石畳の上につまずき、膝をつく。鞄が手から滑り落ち、地面に落ちた。
振り返ると、扉の前には父と母、そしてイザベラ姉様の姿があった。三人は、まるで汚物でも見るかのような目で、雨に濡れる私を見下ろしていた。
「覚えておけ。お前はもう、エルフィールド家の人間ではない」
父の最後の言葉が、雨音に混じって聞こえた。
そして、私の目の前で、重厚な扉がゆっくりと、しかし確実に閉ざされていく。
ギイ、という軋む音のあと、ゴトン、と重い錠が下りる音がした。
その音は、私の過去と未来を、完全に断絶させた。
雨は、ますます強くなっていく。
あっという間に、お下がりのドレスは水を吸って重くなり、肌に張り付いた。体温が容赦なく奪われていく。
私は立ち上がることもできず、ただ閉ざされた門を見上げていた。
ここが、私の生まれた家。育った場所。
けれど、もう私の居場所はどこにもない。
これからどうすればいいのだろう。どこへ行けばいいのだろう。
何もわからない。何も考えられない。
雨粒が頬を伝い、涙と混じり合って地面に落ちていく。冷たい雨の中で、私の意識はゆっくりと闇に沈んでいくようだった。
誰も口を開かない。父は厳しい顔で窓の外を眺め、母はその隣で扇子を固く握りしめている。そして、私の向かいに座るイザベラ姉様は、時折こちらを盗み見ては、唇の端に嘲るような笑みを浮かべていた。
あの茶会での出来事は、すでに王宮から屋敷へと報告が届いているだろう。私が第二王子殿下に恥をかかせ、不敬を働いた罪人である、と。
「お父様、あれは……」
違うのです、と言いかけた私の声は、父の冷たい一瞥によって遮られた。
「黙れ」
たった一言。それだけで、私の喉は完全に塞がれてしまった。これ以上何を言っても無駄だと、全身で理解させられた。
屋敷に到着すると、私はすぐに父の書斎へと呼び出された。重厚なマホガニーの机を挟んで父が座り、その背後には母とイザベラ姉様が影のように立っている。まるで、これから始まる断罪を見届ける証人のように。
父はしばらくの間、黙って私を値踏みするように見つめていた。その目に、かつて私に向けられたかもしれない僅かな情は、もう欠片も残っていなかった。
やがて、父は静かに、しかし腹の底に響くような低い声で口を開いた。
「リナリア・エルフィールド」
フルネームで呼ばれるのは、何か重大な過ちを犯した時だけだ。
「本日、貴様がエドワード第二王子殿下に対して行った不敬、断じて許されるものではない。我がエルフィールド家の名誉と誇りを、地に貶めた罪は重い」
「違います、お父様! 私は何も……あれは、お姉様が!」
必死の叫びは、虚しく書斎の空気に溶けて消えた。
「まだ言い訳をするか。見苦しい」
父の言葉は、まるで鋼のように硬く、冷たかった。
「姉であるイザベラを巻き込むとは、どこまで卑劣なのだ。お前のその捻じくれた性が、今回の事件を引き起こした。出来損ないのスキルしか持たぬばかりか、心まで腐りきっていたとはな」
「そんな……」
絶望が、冷たい水のように足元から這い上がってくる。
イザベラ姉様が、勝ち誇ったようにふふっと笑う気配がした。
父は机の上に置いてあった一枚の羊皮紙を手に取ると、厳かに宣告した。
「これより、リナリア・エルフィールドをエルフィールド家から勘当する。お前はもはや、我々の娘ではない。この屋敷から即刻立ち去り、二度と我々の前に姿を現すな」
勘当。
その言葉の意味が、すぐには理解できなかった。頭の中で、誰かが金槌を打ち鳴らしているかのようにガンガンと響く。
「……待ってください、お父様。どこへ行けと……?」
「知ったことか。どこへなりと行け。野垂れ死のうが、我々の知るところではない」
言い放つと、父はもう私に興味を失ったかのように視線を逸らした。母も姉も、ただ冷ややかに私を見ているだけだった。誰も、助けてはくれない。
「さあ、さっさと荷物をまとめなさい。あなたの汚いものが、これ以上この屋敷にあるのは我慢ならないわ」
母のヒステリックな声に背中を押されるように、私はふらふらと書斎を後にした。
侍女に監視されながら、私は薄暗い自室に戻った。
与えられたのは、小さな布製の鞄一つだけだった。
「早くしろ。ぐずぐずするな」
侍女は腕を組み、壁に寄りかかって私を急かす。
私は震える手で、数枚の下着と、着古したワンピースを鞄に詰めた。それだけで、鞄はもう半分以上埋まってしまった。
ふと、視線が部屋の隅の棚に向かう。
私が【修復】した、小さな宝物たち。
オルゴール、イヤリング、手鏡、そして昨日拾ったばかりのティーカップ。
どれか一つだけでも、持っていきたかった。これらは、私がこの家で生きてきた、唯一の証のような気がしたからだ。
私が棚に手を伸ばそうとした、その時。
「何をしている。がらくたなぞに構うな」
侍女に腕を強く掴まれた。
「ですが、これは……」
「伯爵様からのご命令だ。この屋敷のものは、糸一本たりとも持ち出すことは許さん、と」
その言葉は、私の最後の望みを打ち砕いた。
ああ、そうか。これらも、もう私のものですらないのだ。
私は力なく腕を下ろした。もう、何もかもどうでもよかった。
空っぽの心で鞄の口を締めると、侍女に腕を引かれ、乱暴に部屋から引きずり出された。螺旋階段を降り、磨き上げられた大理石の廊下を抜け、玄関ホールへと連れていかれる。
その間、屋敷の使用人たちは皆、遠巻きに私を見ていた。同情する者は一人もいない。彼らにとって私は、主人に逆らった罪人に過ぎないのだ。
玄関の重厚な扉が開け放たれる。
外は、いつの間にか雨が降り始めていた。灰色の空から落ちる冷たい雫が、地面を叩いている。
「さあ、とっとと出ていけ!」
侍女に背中を強く押され、私はよろめきながら屋敷の外へと放り出された。石畳の上につまずき、膝をつく。鞄が手から滑り落ち、地面に落ちた。
振り返ると、扉の前には父と母、そしてイザベラ姉様の姿があった。三人は、まるで汚物でも見るかのような目で、雨に濡れる私を見下ろしていた。
「覚えておけ。お前はもう、エルフィールド家の人間ではない」
父の最後の言葉が、雨音に混じって聞こえた。
そして、私の目の前で、重厚な扉がゆっくりと、しかし確実に閉ざされていく。
ギイ、という軋む音のあと、ゴトン、と重い錠が下りる音がした。
その音は、私の過去と未来を、完全に断絶させた。
雨は、ますます強くなっていく。
あっという間に、お下がりのドレスは水を吸って重くなり、肌に張り付いた。体温が容赦なく奪われていく。
私は立ち上がることもできず、ただ閉ざされた門を見上げていた。
ここが、私の生まれた家。育った場所。
けれど、もう私の居場所はどこにもない。
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