外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ

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第2話:仕組まれた罠

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茶会が開かれたのは、王宮の奥にある薔薇園だった。
色とりどりの薔薇が咲き誇り、甘い香りが風に乗って運ばれてくる。白いテーブルクロスがかけられた席では、着飾った貴族たちが優雅に談笑していた。まるでお伽話の一場面のような、現実感のない光景だ。
私は、姉から半ば無理やり着せられたお下がりのドレスの裾を握りしめていた。少しだけサイズの合わないドレスは、まるで借り物のように私の身体の上で落ち着かない。周囲の令嬢たちが纏う最新のデザインのドレスと比べると、その古臭さは明らかだった。
「いいこと、リナリア。あなたは私の影よ。決して目立ってはいけないわ。隅の方で、壁の染みにでもなっていなさい」
王宮へ向かう馬車の中で、イザベラ姉様はそう釘を刺した。その隣では、母も深く頷いていた。父は、私に一瞥もくれなかった。
私は言われた通り、薔薇園の隅にある大きな樫の木の下にひっそりと佇んでいた。誰も私に話しかけてはこない。私からも、誰かに話しかける勇気などなかった。ただ遠くから、輪の中心で輝く姉の姿を眺める。
姉は今日も美しかった。陽光を浴びてきらきらと輝く金の髪。宝石を散りばめた水色のドレス。その隣には、この茶会の主催者であるエドワード第二王子殿下が寄り添い、うっとりとした表情で姉を見つめている。
エドワード王子は、柔らかな金茶の髪を持つ優美な青年だった。国の第二王子として、そしてイザベラ姉様の婚約者として、誰もが羨む存在。姉が彼に微笑みかけるたび、周囲からはため息が漏れていた。
私とは住む世界が違う。
そう痛感しながら、早くこの時間が終わらないかと祈っていた。居心地の悪さが、じわじわと私の心を蝕んでいく。
どれくらいそうしていただろうか。不意に、すぐ近くで私の名前が呼ばれた。
「リナリア」
声の主はイザベラ姉様だった。いつの間にか、彼女は王子の側を離れて私の前に立っていた。その手には、ひときわ美しい装飾が施されたティーカップが一つ乗っている。
「エドワード様が、喉が渇いたと仰っているの。これは私が殿下のために特別に淹れた紅茶よ。あなたの手で、あの方の元へ運んで差し上げて」
「え……? 私が、ですか?」
「そうよ。これも姉としての気遣いだわ。あなたにも少しは殿下のお役に立つ機会をあげないと、可哀想でしょう?」
姉はにっこりと微笑む。けれどその瞳の奥は、全く笑っていなかった。冷たい光が宿っている。
嫌な予感が背筋を走った。断りたかった。けれど、周囲の令嬢たちが好奇の視線をこちらへ向けている。この場で姉の「親切」を無下にすれば、後でどんな仕打ちが待っているか分からない。
「……わかりました。お姉様」
私は震える手で、ティーカップの乗ったソーサーを受け取った。ずしりと、見た目以上の重さを感じる。カップの中では、琥珀色の液体が静かに揺れていた。薔薇とは違う、何か薬草のような、ツンとする匂いがかすかに鼻をつく。
私は意を決して、エドワード王子の席へと歩き出した。一歩進むごとに、心臓が大きく脈打つ。周囲の視線が針のように肌に突き刺さるようだった。
ようやく王子の前に辿り着き、私は深くお辞儀をした。
「エドワード王子殿下。イザベラお姉様が、殿下のために特別な紅茶をご用意いたしました」
「おお、そうか。イザベラが? それは嬉しいな」
王子は優雅な仕草で私を見上げ、にこやかに微笑んだ。その笑みは、私ではなく、私の背後に立つイザベラ姉様に向けられたものだ。
私は緊張でこわばる指先に意識を集中させながら、そっとテーブルにカップを置こうとした。
その瞬間だった。
「きゃっ」
すぐ後ろから、姉のわざとらしい悲鳴が聞こえた。ほとんど同時に、私の背中に軽い衝撃が走る。誰かが、私を押したのだ。
身体がぐらりと傾ぐ。
「あっ……!」
咄嗟に体勢を立て直そうとしたが、もう遅かった。手からティーカップが滑り落ち、甲高い音を立ててテーブルにぶつかる。そして、中の紅茶が派手な水しぶきを上げて、エドワード王子の純白のシャツへと飛び散った。
時が、止まった。
琥珀色の液体は、王子の胸元に大きな、醜い染みを作っている。先ほど感じた薬草の匂いが、今度はむせ返るほど強く立ち上った。
静寂を破ったのは、エドワード王子の驚愕の声だった。
「なっ……なんだ、これは!」
王子は染みの部分に触れ、眉をひそめた。そして、紅茶を浴びた指先を恐る恐る口に含む。
次の瞬間、王子の顔が苦悶に歪んだ。
「に、苦い! なんだこの味は!?」
彼はまるで毒でも飲んだかのように顔を真っ赤にし、激しく咳き込み始めた。その尋常ではない様子に、薔薇園は一瞬にして騒然となる。
「エドワード様!」
イザベラ姉様が悲鳴に近い声を上げ、王子に駆け寄った。そして、まるで信じられないものでも見るかのように、私を振り返って叫んだ。
「リナリア! あなた、なんてことを……! エドワード様に、一体何を飲ませようとしたの!?」
その声は、非難と悲しみに満ちていた。完璧な、被害者の声だった。
違う。私は何もしていない。背中を押されたんだ。紅茶だってお姉様が……。
そう叫びたかった。けれど、声が出なかった。恐怖で喉が凍り付いていた。
エドワード王子は、ハンカチで乱暴に口元を拭いながら、屈辱と怒りに燃える瞳で私を睨みつけた。
「貴様……! 私に恥をかかせるためか! それとも、何か別の目的があったのか!?」
「ち、違います……私は、そんなつもりじゃ……」
かろうじて絞り出した声は、情けないほどに震えていた。
だが、そんな私の弁明など、誰の耳にも届かない。
「見なさい、皆さん! この女が、エドワード王子殿下を害そうとしました!」
イザベラの声が、薔薇園に響き渡る。
「私の妹が、このような恐ろしいことをするなんて……!」
彼女はそう言うと、顔を覆って泣き崩れた。その姿は、誰もが同情を禁じ得ないほど痛々しく、儚げに見えた。
周囲の貴族たちは、私に冷たい侮蔑の視線を向けている。囁き声が聞こえる。「エルフィールド家の出来損ないが」「なんてことを」「王子殿下に恨みでもあったのか」。
誰も、私の無実を信じてはくれない。
完璧に仕組まれた舞台の上で、私はただ一人、悪役として立たされていた。
エドワード王子は、怒りで肩を震わせながら立ち上がった。そして、私の目の前まで来ると、低い声で言い放った。
「エルフィールド伯爵令嬢、リナリア。貴様の不敬、決して許されるものではない。覚悟しておくがいい」
その言葉は、私にとっての死刑宣告だった。
薔薇の甘い香りが、今はただひたすらに息苦しい。美しいはずの空はどこまでも高く、私の絶望をただ静かに見下ろしているだけだった。
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