外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ

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第11話:呪いの告白

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その夜、私はなかなか寝付けずにいた。
天蓋付きのベッドは相変わらず雲のように柔らかく、部屋は静かで快適だ。けれど、私の心は昼間に見たアシュレイ公爵の苦しそうな姿に囚われて、少しも休まらなかった。
彼が隠している秘密。それが何なのかは分からない。でも、彼が一人で耐えている姿を思い出すだけで、胸が締め付けられるようだった。
ベッドの中にいるのがたまらなくなり、私はそっと起き上がった。薄いショールを肩に羽織り、バルコニーへと続くガラス扉を開ける。ひんやりとした夜風が、火照った頬を優しく撫でていった。
空には満月が浮かび、銀色の光が庭園を幻想的に照らし出している。
私は手すりに寄りかかり、その美しい光景をぼんやりと眺めていた。
その時、庭の奥の方に、一つの人影があるのに気づいた。
月明かりに照らされて浮かび上がる、銀の髪。すらりとした長身。間違いない、アシュレイ公爵だった。
彼は一人、噴水の縁に腰掛け、静かに月を見上げていた。その背中はひどく孤独に見えて、私はいてもたってもいられなくなった。
気づいた時には、私の足は部屋を飛び出し、階下へと続く階段を駆け下りていた。
大理石の廊下は、夜はひんやりと冷たい。私は足音を忍ばせながら、庭園へと続くテラスに出た。そして、彼の背中を見失わないように、芝生の上を静かに歩いていく。
噴水の近くまで来て、私はようやく足を止めた。
「……公爵様」
意を決して声をかけると、彼の肩がぴくりと揺れた。ゆっくりとこちらを振り返った彼の紫の瞳が、私の姿を認めてわずかに見開かれる。
「リナリア……? どうしてこんな時間に」
彼の声は、夜の静寂に溶けるように穏やかだった。
「眠れなくて……。公爵様こそ、お身体はもうよろしいのですか」
私は彼のそばまで歩み寄り、心配を隠さずに尋ねた。昼間のことが、どうしても気になっていた。
アシュレイ公爵は少し困ったように微笑んだ。
「ああ。もう問題ない。心配をかけたな」
彼はまた、そう言って誤魔化そうとする。その態度に、私の心の中で小さな勇気が湧き上がった。このまま、何も聞かずに引き下がりたくなかった。
「嘘です」
私は、自分でも驚くほどはっきりとした声で言った。
「公爵様が苦しんでいるのに、何も知らないままでいるのは嫌です。もし、私に何かできることがあるのなら……いえ、何もできなくても構いません。ただ、公爵様のお話を、聞かせてはいただけませんか」
私は彼の目をまっすぐに見つめた。
「私は、公爵様のお力になりたいのです」
必死の訴えだった。生まれて初めて、誰かのために、自分の意思で踏み込んだ瞬間だった。
アシュレイ公爵は、私の言葉に虚を突かれたように、しばらく黙っていた。月明かりが彼の顔に深い陰影を落とし、その表情を窺い知ることはできない。
長い沈黙の後、彼は静かに息を吐いた。
「……君は、本当に」
彼は何かを言いかけて、やめた。そして、私に向かって手を差し伸べる。
「こちらへ。少し、話をしよう」
私は導かれるまま、彼と一緒に庭の奥にあるガゼボへと向かった。白い柱と蔦の絡まる美しい東屋だ。
彼は私をベンチに座らせ、自らはその隣に腰を下ろす。
「君をここに連れてきた、本当の理由を話すべきだろうな」
彼は静かに切り出した。私は息をのみ、彼の次の言葉を待つ。
「私は、呪われている」
ぽつりと、零れ落ちるように呟かれた言葉。その意味を、私はすぐには理解できなかった。
「呪い……ですか?」
「ああ。数年前、隣国ゼノビアとの戦いで、敵の魔術師にかけられた。……それは『心を凍らせる呪い』と呼ばれるものだ」
彼は夜空を見上げながら、淡々と語り始めた。その声には、何の感情も乗っていなかった。
「この呪いは、私の感情を少しずつ奪い去っていく。喜び、悲しみ、怒り……そして、人を愛おしいと思う気持ちさえも、いずれは消え失せる」
私の心臓が、冷たい手で掴まれたように凍りついた。
「昼間、私が苦しんでいたのは、その発作だ。呪いが一つの感情を喰らい尽くす時、激しい痛みが襲ってくる。……感情の、断末魔のようなものだ」
だから、あんなにも苦しそうに。
彼が「氷の公爵」と呼ばれ、感情を見せない理由。それは、元々の性格などではなかった。呪いによって、大切な感情を奪われ続けていたからなのだ。
「呪いが完成すれば、私は全ての感情を失い、ただ生きているだけの抜け殻になる。……氷の人形、というわけだ」
彼はそこで言葉を切ると、自嘲するように小さく笑った。
「そんな男が、君に『運命』だなどと言ったのだ。滑稽だろう?」
「……っ」
言葉が出なかった。彼が一人で背負ってきたもののあまりの重さに、胸が張り裂けそうだった。滑稽だなんて、そんなこと、思えるはずがない。
私は涙が溢れそうになるのを、必死でこらえた。今、泣いてはいけない。同情や憐れみは、きっと彼を傷つけるだけだ。
「公爵様は……」
私は震える声で、ようやく言葉を紡いだ。
「公-爵様は、その呪いを解くために、私を?」
「……そうだ」
彼は、肯定した。
「我が家に古くから伝わる文献に、一つの記述があった。『万物をあるべき姿に戻す【修復】の力を持つ乙女だけが、あらゆる呪いを解き放つ』と」
【修復】。私の、出来損ないのスキル。
「私はずっと、その力を持つ者を探していた。国中の貴族の令嬢を調べさせ、ようやく君を見つけ出した。……エルフィールド家の物置部屋で、虐げられていた君を」
彼の瞳が、初めて深い後悔の色を滲ませた。
「もっと早く見つけてやれず、すまなかった」
その言葉に、私の涙腺はついに決壊した。一筋の涙が、頬を伝って落ちる。
彼は、ずっと私を探してくれていた。
私が「出来損ない」と蔑まれていたこの力こそが、彼の唯一の希望だった。
絶望的な運命を聞かされたはずなのに、私の心の中には、小さな、しかし確かな光が灯っていた。
ようやく見つけた。私の、存在する意味を。
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