外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ

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第21話:アシュレイの母親の形見

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花壇を蘇らせた後、私は少しの疲労感と共に自室で休んでいた。身体は疲れているはずなのに、心は不思議と満たされていて、少しも眠くはならなかった。窓の外を眺めながら、アシュレイ様の帰りを今か今かと待っていた。
喜んでくれるだろうか。それとも、思い出の場所を勝手に変えてしまったと、気を悪くするだろうか。期待と不安が、私の心の中で交互に顔を出す。

太陽が西の空に大きく傾き、世界がオレンジ色に染まり始めた頃。ようやく、公爵邸の正面玄関に馬車が到着する音が聞こえてきた。
私はいてもたってもいられず、部屋を飛び出して階下へと続く廊下を早足で歩いた。大階段の上からこっそりと玄関ホールを覗き込むと、ちょうどアシュレイ様が外套を執事に渡しているところだった。
その時、控えていたマーサさんが一歩前に進み出て、アシュレイ様に何かを耳打ちした。アシュレイ様の表情が、驚きと、そして信じられないというような困惑の色に変わるのが見えた。
彼はマーサさんの言葉に促されるように、玄関からそのまま庭園の方へと向かっていく。その足取りは、どこか急いているようだった。
私も、いてもたってもいられず、彼の後を追うように庭園へと向かった。

彼が、あの花壇の前に辿り着いた時。
その場にいたのは、私だけではなかった。どこから聞きつけたのか、庭師や他の使用人たちも、遠巻きにその奇跡の光景を見守っていた。
アシュレイ様は、ただ、絶句していた。
夕暮れの光を浴びて咲き誇る、色とりどりの花々。生命力に満ち溢れたその場所を、彼はまるで時間が止まったかのように、ただじっと見つめていた。
その背中が、微かに震えているように見えた。
私はおずおずと、彼のそばへと歩み寄った。
「……アシュレイ様」
私の声に、彼はゆっくりと振り返った。
その紫の瞳は、見たこともないほどに揺れていた。驚き、懐かしさ、喜び、そして深い哀しみ。いくつもの感情が渦巻き、今にも溢れ出しそうになっている。
「リナリア……。これは、君が?」
その声は、かすかに震えていた。
私は、こくりと頷いた。
「勝手なことをしてしまって、申し訳ありません。でも、この場所が、アシュレイ様とお母様の、大切な場所だとお聞きしたので……」
私の言葉を聞いて、彼は再び花壇へと視線を戻した。そして、まるで夢でも見ているかのように、ふらふらと花壇に近づくと、その縁にそっと指先で触れた。
「……母が、好きだった花だ」
彼が、ぽつりと呟いた。
「私が幼い頃、母はよくこの花の話をしてくれた。故郷の南の国では、この花は『永遠の愛情』を意味するのだと……」
彼は一輪の、空色をした小さな花を、愛おしそうに見つめている。その横顔は、私が今まで見たどの顔よりも、無防備で、そして儚げだった。
「母が亡くなってから、この場所に来るのが怖かった。この枯れ果てた花壇は、まるで、私の心のようだと思っていた。母を失い、感情を失い……何もかもが枯れていくだけの、私の心を」
彼はそこで言葉を切り、私の方へ向き直った。
その瞳には、薄い涙の膜が張っているように見えた。
「だが、君が、蘇らせてくれた。私の思い出も、そして、私の心も……君が、修復してくれたのだな」
彼は私の前に立つと、何のためらいもなく、私の身体をその腕で強く、強く抱きしめた。
「……っ!」
突然のことに、私の身体は石のように固まる。彼の胸板が、すぐ目の前にあった。彼の心臓の鼓動が、どくん、どくんと、私の身体にまで響いてくる。
「ありがとう、リナリ-ア。本当に、ありがとう」
耳元で囁かれた声は、感謝と、そしてそれ以上の、深い愛情に満ちていた。
私はどうしていいか分からず、ただ彼の背中に、おずおずと手を回すことしかできなかった。

しばらくして、彼は名残惜しそうに身体を離した。彼の目元は少しだけ赤くなっていたが、その表情は、これまで見たこともないほど晴れやかで、穏やかだった。
「君には、見せたいものがある」
彼はそう言うと、私の手を優しく取った。
「来てくれるか」
「はい」
私は、迷わず頷いた。
彼に手を引かれるまま、私たちは屋敷の中へと戻った。彼が私を連れて行ったのは、彼の執務室ではなく、そのさらに奥にある、もう一つの部屋だった。
「ここは?」
「私の私室だ。……君以外、誰も入れたことはない」
その言葉に、私の心臓が大きく跳ねた。
部屋の中は、彼の人柄を表すように、華美な装飾はないが、上質で落ち着いた調度品で統一されていた。大きなベッド、書斎とは別に設けられた読書用のソファ、そして壁には、美しい女性の肖像画が飾られている。銀髪に紫の瞳。きっと、彼のお母様なのだろう。
彼は、部屋の片隅にある小さなテーブルへと私を導いた。
その上に、それは置かれていた。
木製の、美しい彫刻が施されたオルゴール。古びてはいるが、とても丁寧に扱われてきたことが分かる。
けれど、そのオルゴールは、蓋が少しだけ歪み、側面には痛々しいひびが入っていた。これでは、もう美しい音色を奏でることはできないだろう。
「これは……?」
私が尋ねると、アシュレイ様は、そのオルゴールを愛おしむように、そっと指先で撫でた。
「母の、形見だ。私が戦場へ発つ前の日に、お守りだと言って、私に渡してくれた」
彼の声には、深い郷愁の色が滲んでいた。
「戦場で、敵の攻撃を受けた時。これが、私の胸のポケットに入っていたおかげで、私は一命を取り留めた。……私の命の恩人でもあるのだ」
けれど、と彼は続けた。
「私の命を守る代わりに、このオルゴールは壊れてしまった。国中の職人に頼んだが、誰も直すことはできなかった。以来、こうしてここに置いている」
彼は、壊れたオルゴールを、まるで傷ついた子供を見つめるような、切ない目で見つめていた。
「このオルゴールが奏でる曲は、母がよく口ずさんでいた子守唄だった。……もう一度、あの音色を聴くことができたら、と」
そう呟いた彼の横顔は、ひどく寂しそうだった。
私は、その壊れたオルゴールと、彼の横顔を、ただ黙って見つめていた。
私の胸の奥で、また一つの、温かくて強い決意が、静かに形作られていくのを感じていた。
この人の、失われた大切な音色を、私が必ず取り戻してあげよう、と。
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