外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ

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第20話:小さな修復② 枯れた花壇

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傷ついた小鳥を癒した一件は、私の心に大きな変化をもたらした。
これまで、私の【修復】スキルは、どこか自分のものではないような、借り物のような感覚があった。アシュレイ様の呪いを癒やすためだけに存在する、特別な力。そう思っていた節がある。
けれど、あの小さな命を救ったことで、この力は紛れもなく私自身の一部なのだと、はっきりと実感できた。そして、この力を自分の意思で、他の誰かのためにも使うことができる。その事実は、私に新しい世界の見え方を教えてくれた。

公爵邸での穏やかな日々は続いていた。アシュレイ様との『癒やしの時間』は、もはや私にとって何よりも大切な日課となっていた。彼の呪いは、日に日に薄らいでいるのが、触れる手から伝わる温もりで分かった。彼の表情はますます豊かになり、些細なことで笑ったり、時には悪戯っぽく私をからかったりすることも増えた。
その変化を見守ることが、私の何よりの喜びだった。

その日、私は一人で庭園を散歩していた。アシュレイ様は急な政務で王宮へ召集され、戻りは夕方になるとのことだった。彼がいない公爵邸は、少しだけ静かで、物足りなく感じられた。
私は昨日アシュレイ様と歩いた小道を辿り、薔薇のアーチをくぐった。小鳥を見つけた樫の木を見上げ、あの子が元気に空を飛んでいることを願う。
そのまま、庭園のさらに奥へと足を進めてみた。いつもはアシュレイ様と一緒なので、あまり奥の方まで来たことはなかった。
すると、壮麗な庭園の片隅に、そこだけ時が止まったかのような一角があるのを見つけた。
それは、レンガで囲われた、さほど大きくはない花壇だった。けれど、その花壇は完全に枯れ果てていた。土は乾ききってひび割れ、かつてそこに植えられていたであろう植物は、茶色く変色し、見るも無惨な姿を晒していた。
手入れの行き届いたこの公爵邸の庭園の中で、この一角だけが、まるで忘れ去られたように放置されている。その異様な光景に、私は足を止めた。
なぜ、ここだけがこんな状態なのだろう。
不思議に思っていると、背後から静かな声がした。
「……そこは、先代の公爵夫人様が、特にお気に召されていた花壇でございます」
振り返ると、いつの間にかマーサさんがそこに立っていた。彼女は私の様子に気づいて、探しに来てくれたのかもしれない。
「公爵夫人様の……?」
「はい。夫人様は、ご自分の手でこの花壇を世話なさるのを、何よりの楽しみとされておりました。ここには、夫人様の故郷である南の国から取り寄せた、珍しい花々が植えられていたのです」
マーサさんは、どこか遠い目をして、枯れた花壇を見つめている。
「アシュレイ様も、幼い頃はよく夫人様のお手伝いをなさっていました。この場所は、お二人にとって、思い出の詰まった特別な場所だったのです」
その言葉に、私の胸はちくりと痛んだ。
アシュレイ様のお母様。彼が今も深く愛し、その死を悼んでいる、大切な人。
「夫人様が亡くなられてから、この花壇は徐々に元気をなくしていきました。庭師たちも懸命に世話をしたのですが、なぜかどんな植物も根付かず……いつしか、誰も近づかない場所になってしまったのです」
マーサさんの声には、深い悲しみが滲んでいた。
「アシュレイ様は、この花壇を見るのがお辛いのでしょう。ここ数年、あの方がこの場所に足を踏み入れられるのを、私は一度も見ておりません」
そうだったのか。
この枯れた花壇は、アシュレイ様にとって、愛する母親を失った哀しみの象徴。だから、彼はこの場所を、見ないように、避けていたのだ。
私は、乾ききった土と、枯れ果てた植物の残骸を、もう一度見つめた。
私のスキル【修復】は、壊れたものを元に戻す力。
では、枯れてしまった植物は?
命が失われてしまったように見えるこの花壇を、私の力で元に戻すことはできるのだろうか。
小鳥の時とは違う。あの子は、まだ生きていた。でも、この花壇は……。
けれど、試してみたい、という強い衝動が私の心を突き動かした。
もし、この花壇を蘇らせることができたなら。
アシュレイ様の心の奥底にある、お母様を失った深い哀しみを、ほんの少しでも癒やすことができるかもしれない。彼が失ってしまった、温かい思い出の場所を、取り戻してあげることができるかもしれない。
それは、彼へのささやかな贈り物になるのではないだろうか。
「マーサさん」
私は、決意を固めて彼女を振り返った。
「私に、この花壇を蘇らせるお手伝いをさせていただけませんか」
私のその言葉に、マーサさんは驚いたように目を見開いた。
「リナリア様……? ですが、庭師たちも匙を投げたこの花壇を……」
「やってみなければ、分かりません。でも、私なら、できるかもしれないんです」
私の瞳に宿る真剣な光を見て、マーサさんは何かを悟ったようだった。彼女はしばらく黙って私を見つめた後、深く、静かに頷いた。
「……かしこまりました。リナリア様のお心のままに」
彼女は私の決意を尊重し、何も問わずに下がってくれた。
一人残された私は、花壇の前にゆっくりとしゃがみこんだ。そして、ひび割れた乾いた土に、そっと両手を触れさせた。
土は、ひんやりと冷たく、生命の気配が全く感じられなかった。
私は目を閉じ、意識を集中させる。
スキル【修復】。
お願い。この花壇を、かつての美しい姿に戻して。
アシュレイ様とお母様の、大切な思い出が詰まったこの場所を。
私の内なる力が、淡い光となって両手から溢れ出す。その光は、まるで水が砂に染み込むように、乾いた土の中へとゆっくりと浸透していった。
私は、この花壇そのものを一つの生命体として捉え、その全てを『修復』するイメージを強く思い描いた。
失われた水分を、養分を、生命力を。
あるべき姿に、戻れ、と。
すると、私の手のひらから、これまで感じたことのないほど膨大な力が流れ出していくのを感じた。アシュレイ様の呪いを癒やすのとも、小鳥の翼を治したのとも違う。大地そのものを癒やすような、穏やかで、しかし力強いエネルギーの奔流。
私の身体から力が抜けていくのを感じる。少し、眩暈がした。けれど、私は手を離さなかった。
やがて、私の周りの空気が、ふわりと温かくなったような気がした。花の、甘い香りが、どこからともなく漂ってくる。
私はゆっくりと目を開けた。
そして、目の前に広がる光景に、息をのんだ。
そこは、もう枯れ果てた花壇ではなかった。
乾ききっていた土は、生命力に満ちた黒々とした土へと変わり、そこからは、まるで奇跡のように、色とりどりの新芽が一斉に芽吹いていた。そして、その芽は見る見るうちに成長し、蕾をつけ、次々と美しい花を咲かせていく。
赤、青、黄色、紫。
私が一度も見たことのない、南国の花だろうか。太陽の光を浴びて、きらきらと輝いている。花壇は、あっという間に生命の喜びに満ち溢れた、小さな楽園へと姿を変えた。
「……できた」
私は、安堵と達成感で、その場にへなへなと座り込んでしまった。身体は少し疲れていたが、心は晴れやかで、満たされていた。
アシュレイ様が、これを見たら、どんな顔をするだろう。
驚くだろうか。喜んでくれるだろうか。
彼の反応を想像するだけで、私の胸は期待に高鳴った。
夕暮れの光が、蘇った花壇を黄金色に染め上げていく。それは、まるで祝福の光のように、温かく、優しかった。
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