外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ

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第22話:オルゴールの修復

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アシュレイ様の私室で、壊れたオルゴールを見せてもらった翌朝。
私の心は、一つの決意で満たされていた。あのオルゴールを、私の手で修復する。彼が失ってしまった、お母様の温かい思い出の音色を、必ず取り戻してみせる。
でも、どうやって?
アシュレイ様はあのオルゴールを命の恩人として、片時も側から離したくないように見えた。彼に「貸してください」と正面からお願いしても、きっと彼は「君にそんな手間はかけさせられない」と断るだろう。彼の優しさは、時に頑固な壁となって私の前に立ちはだかる。
サプライズにしたかった。彼が何も知らないうちに、そっと直して、驚かせたい。喜んでほしい。
そのためには、協力者が必要だった。
私の頭に浮かんだのは、ただ一人。メイド長のマーサさんの顔だった。

朝食の後、私はマーサさんをこっそりと呼び止め、自分の計画を打ち明けた。
「……アシュレイ様のお母様の形見のオルゴールを、修復したいのです」
私の真剣な申し出に、マーサさんは少し驚いたように目を見開いた。
「あのオルゴールを、でございますか……。あれは、アシュレイ様にとって何よりも大切な宝物。国中の職人が匙を投げたほどの代物ですわ」
その声には、私の力を疑うというよりは、むしろ心配する響きがあった。
「はい、存じております。ですが、私のこの力なら、きっとお直しできるはずなんです。どうか、マーサさん、お力を貸していただけませんか。アシュレイ様が、お部屋を留守にされる時間を作っていただきたいのです」
私は頭を下げて、必死にお願いした。
マーサさんは、私の瞳の奥にある決意をじっと見つめた後、静かに、しかし力強く頷いた。
「……かしこまりました。リナリア様のそのお心が、アシュレイ様にとって何よりの贈り物になりましょう」
彼女は、私の計画に全面的に協力してくれることを約束してくれた。
「ちょうど本日、午後の早い時間に、アシュレイ様は騎士団の定例訓練を視察されるご予定です。その時間であれば、一時間ほどは私室をお空けになるかと。私が上手く時間を引き延ばしましょう」
「本当ですか! ありがとうございます、マーサさん!」
心強い味方を得て、私の心は期待に高鳴った。

そして、運命の午後。
アシュレイ様が騎士団の訓練場へと向かったのを見計らい、私はマーサさんの手引きで、再び彼の私室へと足を踏み入れた。主のいない部屋は、しんと静まり返っている。
私はテーブルの上に置かれたオルゴールを、そっと両手で持ち上げた。ずしりとした、木の重み。壊れていてもなお、作り手の愛情と、アシュレイ様が注いできた想いが伝わってくるようだった。
「リナリア様、お早く」
マーサさんに促され、私はオルゴールを胸に抱き、急いで自分の客室へと戻った。心臓が、どきどきと早鐘のように鳴っている。悪いことをしているわけではないのに、まるで秘密の冒険をしているような気分だった。

自室に戻り、私はテーブルの上にそっとオルゴールを置いた。
改めて、その損傷を注意深く観察する。歪んだ蓋、側面のひび割れ。これなら、外見の修復は難しくないだろう。
問題は、内部だ。オルゴールの心臓部である、音を奏でるための繊細な機械。櫛歯(くしは)やシリンダーといった部品が、戦場での衝撃で歪んだり、ずれたりしているに違いない。
私は深呼吸を一つして、心を落ち着けた。そして、オルゴールの上に、そっと両手をかざす。
「お願い……」
スキル【修復】。
壊れてしまったこの宝物を、かつての美しい姿に。彼のお母様の愛情がこもった、優しい音色を、もう一度。
私の祈りに応えるように、両手から淡い光が溢れ出した。その光は、オルゴール全体を柔らかく包み込んでいく。
私は、ただ物理的な破損を直すだけでなく、このオルゴールが本来持っていたはずの『完璧な状態』を、強く、強くイメージした。
すると、私の手の中で、奇跡が起こり始めた。
まず、ミシミシと小さな音を立てて、歪んでいた蓋がゆっくりと元の形に戻っていく。側面の痛々しいひび割れは、光に溶けるようにして跡形もなく消え去った。古びてくすんでいた木の色は、まるで磨き上げられたかのように、深みのある艶を取り戻していく。
そして、私の意識は、オルゴールの内部へと向けられた。
目には見えないけれど、私の力は、歪んでしまった櫛歯の一本一本を丁寧に真っ直ぐにし、ずれてしまったシリンダーの位置を、ミクロン単位で正確な場所へと調整していく。その感覚が、不思議と私の心に流れ込んできた。
全ての部品が、あるべき場所へと収まっていく。完璧な調和を取り戻していく。
やがて、私の手から放たれていた光が、すうっと収まった。
目の前には、まるで昨日作られたばかりのように、完璧な姿を取り戻したオルゴールがあった。
「……できた」
私は安堵のため息をつき、震える指で、オルゴールの側面についている小さなネジを、ゆっくりと巻いてみた。
カチカチと、心地よい音が響く。
そして、蓋をそっと開けた。
その瞬間。
りん、と澄んだ、あまりにも美しい音色が、部屋の静寂を優しく震わせた。
それは、聞いたこともないのに、なぜか酷く懐かしいメロディーだった。優しくて、温かくて、聞いているだけで涙が出そうになるような、慈愛に満ちた子守唄。
これが、アシュレイ様のお母様の……。
私はしばらくの間、その美しい音色に聞き惚れていた。この音を、彼に聞かせてあげたい。一秒でも早く。
私は修復したオルゴールを再び胸に抱くと、マーサさんと共に、急いでアシュレイ様の私室へと戻った。そして、彼が部屋を出る前と全く同じ場所に、そっとオルゴールを置く。
完璧だ。これなら、彼もすぐに気づかないかもしれない。
「リナリア様。アシュレイ様が、そろそろお戻りになる頃です」
マーサさんの言葉に、私ははっとした。
どうしよう。このまま、ここで彼の反応を見ていたい。でも、鉢合わせしてしまったら、私の計画が台無しになってしまう。
「リナリア様は、あちらのカーテンの陰にお隠れになってください」
私の心を読んだように、マーサさんが囁いた。
私は彼女に頷くと、足音を忍ばせ、窓際にある厚いカーテンの影にそっと身を隠した。心臓が、今までにないくらい大きく、どきどきと音を立てている。
やがて、廊下から、彼の足音が聞こえてきた。
ゆっくりと、部屋の扉が開く。
私は固唾をのんで、カーテンの隙間から、部屋に入ってくる彼の姿を見つめていた。
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