外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ

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第27話:姉イザベラの苛立ち

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リナリアという存在が、王都の社交界でこれほどまでに大きな渦を巻き起こすことになるとは、イザベラ・エルフィールドは夢にも思っていなかった。
彼女にとって、リナリアは常に自分の足元にいるべき存在だった。薄汚れた物置部屋で、自分の着古した服を着て、出来損ないと蔑まれて俯いている、哀れな妹。その存在は、華やかで美しい自分をより一層引き立てるための、都合の良い背景でしかなかった。
だからこそ、あの日、第二王子エドワードを巻き込んでまでリナリアを勘当し、屋敷から追い出した時、イザベラの心は晴れやかな達成感で満たされていた。これでようやく、目障りな染みが一つ消えた、と。

しかし、その後の展開は、イザベラの予想を遥かに超えていた。
追放したはずの妹が、あの『氷の公爵』アシュレイ・フォン・アイゼンベルクに拾われた。その噂を初めて耳にした時、イザベラは鼻で笑った。
「あのリナリアが? まさか。公爵様が、あんな地味で冴えない娘に目をくれるはずがないわ。きっと、哀れに思って、下女としてでも雇ってくださったのでしょう」
そう高を括っていた。
だが、噂は日に日に熱を帯びていく。公爵は謎の少女を『客人』として扱い、過保護なまでに甘やかしている。彼女のために、山のようなドレスや宝石を買い与えている。その寵愛ぶりは、尋常ではない、と。
イザベラの心に、じりじりと焦げ付くような苛立ちが芽生え始めた。
そして、決定打となったのが、国王陛下からの勅命の噂だった。
公爵の傍にいる娘は、壊れたものを元に戻す奇跡の力を持っており、その力で伝説の聖剣を修復するよう命じられた。
【修復】。
自分が今まで「壊れ物拾いの汚い力」と蔑み、嘲笑してきた、あの地味で役立たずなスキル。それが、王家を動かすほどの価値を持っていたというのか。
「ありえない……! そんなこと、あるはずがないわ!」
イザベラは自室で、手当たり次第にクッションを投げつけ、ヒステリックに叫んだ。
自分が、間違っていた?
自分が捨てた石が、実は磨かれる前のダイヤモンドだった?
その考えは、常に自分が一番優れていると信じて疑わなかったイザベラのプライドを、粉々に打ち砕くものだった。
何よりも許せなかったのは、リナリアが自分よりも幸運を掴んだという事実だった。
自分は、いずれこの国の王妃となる身。誰もが羨む美貌と、【祝福】という華やかなスキルを持ち、第二王子の婚約者という地位も手に入れた。これ以上ないほどの成功者であるはずの自分が、なぜ、あの出来損ないの妹に、こんなにも心をかき乱されなければならないのか。
アシュレイ公爵。
その名は、イザベラにとっても特別な響きを持っていた。
王国最強の騎士にして、莫大な富と広大な領地を持つ、若き公爵。その神々しいまでの美貌は、エドワード王子さえも霞ませるほどだ。彼こそ、この国の全ての令嬢が憧れる、最高峰の存在。
イザベラも、密かに彼に憧れを抱いていた一人だった。叶うことなら、エドワード王子ではなく、アシュレイ公爵にこそ見初められたかった。
そのアシュレイ公爵が、リナリアを選んだ。
自分ではなく、あのリナリアを。
嫉妬の炎が、イザベラの胸の中で燃え盛る。
「リナリアなんかが……公爵様に相応しいはずがない! きっと、何か汚い手で公爵様を騙しているに違いないわ!」
そう信じ込むことでしか、彼女は自分のプライドを保つことができなかった。
イザベラは懇意にしている令嬢たちを集めては、お茶会の席でリナリアの悪評を吹聴して回った。
「私の妹は、昔からどこか薄気味悪いところがあったの。人のものを欲しがり、平気で嘘をつくような子だったわ」
「公爵様も、きっと騙されていらっしゃるのよ。あの子の地味な見た目に油断してしまったのね。本当に可哀想」
涙ながらに語るイザベラの姿に、令嬢たちは同情し、その言葉を鵜呑みにして、さらに噂を広めていく。

婚約者であるエドワード王子もまた、イザベラと同様に、あるいはそれ以上に、現状を苦々しく思っていた。
彼は、自分がリナリアを追放した茶会の一件を、すでに過去のこととして忘れかけていた。あの時は、イザベラの言うがままに行動したに過ぎない。リナリアという存在など、彼の頭の中では取るに足らない存在だった。
だが、その取るに足らない存在が、今や王都の話題の中心にいる。しかも、自分が常日頃から一方的にライバル視しているアシュレイ公爵の庇護下にあるという。
それは、エドワード王子の自尊心をひどく傷つけた。
自分が捨てた女を、アシュレイが拾った。その事実が、まるで自分がアシュレイに劣っていると、世間に公表しているかのように思えてならなかったのだ。
「忌々しい……! あの女も、アシュレイも!」
エドワードは自室で、苛立ち紛れにテーブルを拳で叩いた。
「エドワード様、お気を鎮めてくださいまし」
イザベラが、その腕に甘えるように寄り添う。
「ですが、このままでは面白くありませんわ。あの女が聖剣を修復するなど、万が一にもあってはならないこと。もしそうなれば、私達の面目は丸潰れですわ」
「分かっている!」エドワードは怒鳴った。「だが、どうすればいい! 父上は、アシュレイの提案を認めてしまった。今更、勅命を取り下げることなどできん!」
「いいえ、方法はございますわ」
イザベラの瞳が、蛇のように冷たい光を宿した。
「リナリアが、聖剣を修復できなければ良いのです。国王陛下の御前で、その力の化けの皮を剥がし、大恥をかかせてやればいいのですわ」
「だが、もし、本当に力があったらどうする」
「ふふっ。その時は……その時ですわ」
イザベラは、エドワードの耳元で、毒のように甘い声で囁いた。
「どんな手を使っても、リナリアを、そしてあの憎きアシュレイ公爵を、破滅させてやればいいだけの話。私に、良い考えがございますの」
その顔に浮かんでいたのは、かつてリナリアを陥れた時よりも、さらに深く、暗い悪意に満ちた笑みだった。
嫉妬と苛立ちに駆られた姉と元婚約者は、まだ気づいていなかった。
自分たちが今、手を伸ばそうとしている相手が、もはや昔のような、無力で泣き寝入りするだけの少女ではないということを。
そして、その背後には、愛する者を守るためならば、いかなる手段も厭わない、王国最強の守護者がいるということを。
彼らの浅はかな画策が、自らの首を絞めるだけの結果になることを、この時の二人は、まだ知る由もなかった。
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