外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ

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第55話:アシュレイ、再びの鉄壁ガード

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エドワード王子の指先が、私の手に触れるか触れないかの、その刹那。
バシン、という乾いた音が静まり返った応接室に響き渡った。
何が起こったのか、一瞬分からなかった。
気づいた時には、エドワード王子の伸ばされた手は、その甲を真上からアシュレイ様の黒い革手袋に包まれた手によって力強く押さえつけられていた。
アシュレイ様はいつの間にか席を立ち、私とエドワード王子の間に、まるで鉄壁の城壁のように立ちはだかっていたのだ。その動きはあまりにも速く、そして無駄がなかった。
「……っ!」
エドワード王子が、痛みと驚愕に満ちた声を上げる。アシュレイ様の手は、まるで万力のように彼の骨を軋ませるほどの力で押さえつけていた。
「……アシュレイ公爵。これは、一体……」
エドワード王子は顔を歪めながら、抗議の声を上げようとした。
しかしその言葉は、アシュレイ様から放たれた絶対零度の声によって完全に遮られた。
「――気安く、彼女に触れるな」
その声は静かだったが、部屋中の空気を凍てつかせるほどの凄まじい怒りと殺気を孕んでいた。
アシュレイ様はエドワード王子を見下ろしていた。その紫の瞳にはもはや何の感情も浮かんでいない。いや、感情がないのではない。ありとあらゆる温かい感情を消し去り、ただ純粋な敵意と侮蔑だけが底なしの闇のように広がっているのだ。
その瞳は、もはや『氷の公爵』などという生易しいものではなかった。
それは、戦場で幾多の敵を屠ってきた、冷酷非情な『死神』の瞳だった。
エドワード王子は、その圧倒的な威圧感の前に完全に呑まれてしまった。彼の顔から血の気が失せ、その瞳には本能的な恐怖の色が浮かんでいる。謝罪の涙も、反省の表情も、全て吹き飛んでいた。そこにいたのは、ただ捕食者の前に晒された哀れな獲物だけだった。
「……貴様の、その汚らわしい手で、私のリナリアに触れることは万死に値する」
アシュレイ様の声は地を這うように低い。
「二度目はない。次に同じことをしてみろ。その時は貴様が王子であろうと、その腕ごと二度と使えなくしてやる」
それはもはや脅しではなかった。
紛れもない事実の宣告だった。彼ならば本当にやりかねない。その狂気じみたほどの独占欲を、エドワード王子は肌で感じ、全身を恐怖に震わせた。
アシュレイ様は、エドワード王子の手をまるで汚物でも払いのけるかのように乱暴に振り払った。
そして、私の腕を優しく掴むと、そっと自分の背後へと引き寄せ完全に庇護下に置いた。その背中はどんな城壁よりも頼もしく、そして温かかった。
「……帰れ」
アシュレイ様は短く、それだけを告げた。
エドワード王子はもはや何も言うことができなかった。プライドも計画も、全てが粉々に打ち砕かれた。彼はよろよろと立ち上がると、一度だけ憎悪と恐怖に満ちた目でアシュレイ様を睨みつけたが、すぐに視線を逸らし、逃げるように応接室から去っていった。
その背中は、あまりにも惨めで哀れだった。

嵐が去った応接室には、再び静寂が戻った。
アシュレイ様は私の前に向き直ると、先ほどの死神のような貌が嘘のように、心配そうな、そして申し訳なさそうな顔で私の顔を覗き込んだ。
「……リナリア。すまない。怖い思いをさせてしまったな」
「い、いえ……」
私は、まだ少しだけ震える声で答えた。
「大丈夫です。アシュレイ様が守ってくださいましたから」
その言葉に、彼は心底ほっとしたように息をついた。そして私の手を優しく取ると、その指先が冷たくなっていないかを確かめるように何度も撫でた。
「……あの男の見え透いた芝居に、君が心を痛めるのではないかと気が気ではなかった」
「ふふっ」
私は思わず小さく笑ってしまった。
「大丈夫です。もう騙されたりしません。私も少しは成長いたしましたから」
私がそう言って胸を張ると、アシュレイ様は少し驚いたように目を見開いた後、心から嬉しそうにその整った貌を綻ばせた。
「……そうか。そうだな。君はもう、私が守らなければすぐに壊れてしまうような、か弱いだけの存在ではないのだな」
その声には私の成長を喜ぶ気持ちと、そして自分の庇護下から少しずつ巣立っていこうとする私へのほんの少しの寂しさが、ない交ぜになっているように聞こえた。
その複雑な親心のような感情が、私の胸をくすぐったいような、温かい気持ちで満たした。
「ですが」と私は続けた。「それでも、私はアシュレイ様に守っていただくのが一番嬉しいです」
私が少しだけ甘えるようにそう言うと。
アシュレイ様の顔が、みるみるうちに喜びの色に染まっていく。
「……君は、本当に……」
彼は感極まったように言葉を詰まらせると、私の身体をその腕の中に優しく、しかし力強く抱きしめた。
「ああ、そうだ。君は生涯私が守り抜く。誰にも、指一本触れさせはしない」
その声は、絶対的な所有権を主張する甘く、そして少しだけ危険な響きを持っていた。
彼の腕の中で、私はこの上ない安心感に包まれながら静かに目を閉じた。
第二王子の卑劣な接触は、結果的に私たち二人の絆をさらに強く、そして深く結びつけるだけの結果に終わったのだった。
しかし、私たちはまだ知らなかった。
この一件が、水面下でさらなる悪意を育て上げているということを。
そして、その悪意が今度はもっと狡猾で陰湿な形で、私たちに襲いかかってくることになるということを。
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