外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ

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第58話:公爵領への旅

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私の決意をアシュレイ様が受け入れてくれた翌朝。
書斎の空気はこれまでとは違う、新たな始まりを予感させるような活気に満ちていた。
机の上には山のように積まれていた依頼の手紙が綺麗に整理されている。その一枚一枚にアシュレイ様自身の手で、内容の要約や危険度、そして彼の所感が書き込まれていた。私が選びやすいように夜を徹して準備してくれたのだろう。その細やかな愛情に、私の胸は朝から温かいもので満たされた。
「さあ、リナリア」
ソファに並んで腰掛けたアシュレイ様が、まるで宝の地図でも広げるかのように机の上の書類を指し示した。
「君の聖女としての最初の旅路だ。どこへ向かいたい?」
その問いに、私はごくりと喉を鳴らした。
目の前には本当にたくさんの選択肢があった。病気の娘が待つ西の街、壊れた水車がある南の村、音の出ないハープが眠る東の港町。そのどれもが私を必要としてくれている場所だった。
私が一枚一枚、真剣な眼差しで手紙に目を通していると、アシュレイ様がふと一つの封筒を手に取った。それは他の華やかな貴族からの手紙とは違い、素朴な羊皮紙に少し無骨な文字で書かれたものだった。
「……もし君が迷っているのなら、私から一つ提案してもいいだろうか」
「はい。もちろんです」
彼はその手紙を私に手渡した。
「これは私の領地、アイゼンベルクの北端にある小さな村からの陳情書だ」
「アシュレイ様の領地から?」
私は驚いて、その手紙に目を落とした。
書かれていたのは深刻な内容だった。その村ではここ数年、原因不明の奇病が流行り、土地は痩せ、森の木々は枯れ、村を流れる川の水も濁ってしまったという。領主であるアシュレイ様はこれまで何度も最高の医師や神官を派遣してきたが、一向に原因は分からず状況は悪化するばかりらしい。
『……我らが敬愛する公爵閣下。そして、そのお傍におられるという聖女リナリナ様。どうかこの滅びゆく村に最後のご慈悲を賜りますよう、伏してお願い申し上げます』
その切実な訴えに、私の胸は締め付けられた。
「君の力を政治的な思惑なく、純粋に必要としている場所だ。そして何より……」
アシュレイ様は私の目をまっすぐに見つめた。
「私の領地であれば、君の安全を私が完璧に保証できる。君の最初の旅として、これ以上の場所はないと私は思う」
その提案は、私の決意を尊重しつつ私を守りたいという彼の想いが込められた最善の策だった。
彼が治める土地の人々。彼を心から敬愛している領民たち。その人たちを私が助けることができる。
それ以上に、聖女としての初仕事に相応しい場所があるだろうか。
「……はい!」
私は迷いなく力強く頷いた。
「私、行きます。アイゼンベルクへ。アシュレイ様の大切な領地へ」
私のその返事を聞いて、彼は心から安堵したようにその整った貌を綻ばせた。
「決まりだな。ちょうど近々領地の視察に赴く予定もあった。全て都合がいい」
彼はあくまで公務の一環であるかのように言ったが、その瞳の奥に自分の大切な場所を私に見せられることへの純粋な喜びがきらめいているのを、私は見逃さなかった。
こうして、私の最初の旅の目的地はアシュレイ様の領地、アイゼンベルク公爵領に決まった。

その決定が下されると、公爵邸は一気に旅の準備で活気づいた。
「まあ、リナリア様! 初めての本格的なご旅行ですわね!」
マーサさんはまるで自分のことのように目を輝かせ、私のための旅行鞄に手際よく必要なものを詰めていく。
「北の地は王都よりも少し肌寒うございますから、暖かいインナーを多めにお持ちしましょう。それから、道中のための歩きやすい靴と、領地で歓迎を受けられる際の少し改まったドレスも必要ですわね」
彼女の準備は完璧だった。セバスチャンさんもまた、旅の行程表を作成し、道中の宿や食料の手配、そして護衛の騎士たちの選定を滞りなく進めていた。
屋敷中の人々が私の初陣を成功させようと、一丸となって動いてくれている。その温かい空気が私の心を大きな安心感で包み込んでくれた。
そして、もちろんアシュレイ様の過保護ぶりはここでも遺憾なく発揮された。
「リナリア。旅行用の服が足りないだろう。新しいものをいくつか見繕わせた」
彼がそう言って私を案内したのは、またしてもあのドレスルームだった。しかし、そこに並んでいたのは華やかなドレスではない。上質で暖かく、そして動きやすいことに重点を置いた様々なデザインの旅行着だった。
柔らかなウールのコート、刺繍の美しいブラウス、仕立ての良いキュロットスカート。その数は一冬越せるのではないかと思うほどだった。
「こ、こんなにたくさん……!」
「北の気候は変わりやすいからな。備えは万全にしておくに越したことはない」
彼はさも当然のように言うと、その中から深い森の色をした美しいコートを手に取った。そして、私の肩にそっとそれを羽織らせてくれる。
「……うん。よく似合う。森の妖精のようだ」
そのいつもの口説き文句に、私の頬はまたぽっと赤く染まった。
彼は私が旅先で少しでも不自由な思いをしないように、私の好物のお菓子や好きな香りのハーブティー、そして道中で退屈しないようにと新しい物語の本まで、次から次へと用意してくれた。その甘やかな気遣いの全てが、私の心を旅立ちへの期待でどこまでも膨らませていく。

数日後。旅の準備は全て完璧に整った。
公爵邸の正面玄関には長旅に備えた、頑丈で快適な大型の馬車が停まっている。その側面にはアイゼンベルク公爵家の誇り高き紋章が、朝の光を浴びてきらきらと輝いていた。
マーサさんやセバスチャンさんを始めとする屋敷の使用人たちがずらりと並んで、私たちの旅立ちを見送ってくれている。
「アシュレイ様、リナリア様。どうぞ、お気をつけて」
「ご道中のご無事を、お祈りしております」
その温かい声援に送られながら、私はアシュレイ様に手を引かれて馬車へと乗り込んだ。
「さあ、行こうか。私たちの領地へ」
彼は私の隣に座ると、どこまでも優しい声で言った。
私は力強く頷いた。
初めての本格的な旅。
それはただ人々を救うための旅ではない。
私が彼のことをもっと深く知り、そして彼が愛するものを私もまた愛するための、大切な旅路になる。
そんな確かな予感に、私の心はこれまで感じたことのないほどの希望と喜びに満ち溢れていた。
馬車がゆっくりと動き出す。
私たちの新たな物語が、今、ここから始まろうとしていた。
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