外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ

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第86話:王都襲撃

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私たちが暮らす美しく、平和だったはずの王都が、一瞬にして地獄へと姿を変えた。
窓の外に広がるのは、悪夢そのものとしか言いようのない光景だった。
破壊された城壁の gaping hole から、おぞましい姿をした魔物の群れが黒い濁流のように、なだれ込んでくる。緑色の肌をした小鬼(ゴブリン)の群れ、豚のような顔を持つ巨大な獣人(オーク)、そして暗雲を切り裂いて飛来する石像の翼を持つ悪魔(ガーゴイル)。
彼らは歓喜の雄叫びを上げながら、手当たり次第に建物を破壊し、逃げ惑う人々にその凶悪な牙と爪を剥いていた。
遠くから、人々の絶叫が、悲鳴が、風に乗って聞こえてくる。
美しい街並みは炎と黒煙に包まれ、その煙がすでに不気味な暗雲と混じり合い、空を絶望の色に染め上げていた。
「……あ……」
私の喉から、声にならない声が漏れた。足が震え、その場に崩れ落ちそうになるのをアシュレイ様の力強い腕が背後から支えてくれた。
「リナリア。見てはいけない」
彼の声は私の耳を塞ぐように穏やかだった。しかしその声の奥底には、自らの領地が、自らが守るべき民が蹂躙されていくのを目の当たりにした領主としての、煮え滾るような怒りが渦巻いていた。
「ギルバート!」
アシュレイ様の雷鳴のような号令が、公爵邸に響き渡った。
「はっ! 全騎士団、出撃準備完了しております!」
すでに完全武装したギルバート団長が屈強な騎士たちを率いて、その場に駆けつける。彼らの顔には緊張と、そして敵への燃えるような闘志が浮かんでいた。
「閣下! リナリア様の傍を離れるのは危険すぎます! 敵の狙いは、間違いなく!」
ギルバート団長が必死の形相で進言する。
そうだ。これは陽動。この混乱の真の目的は私なのだ。
だから、アシュレイ様は私の傍にいてくれなければ。
そんな私の利己的な願いは、彼の絶対的な領主としての一喝によって粉々に打ち砕かれた。
「愚か者め!」
アシュレイ様の声は、鋼のように硬く冷たかった。
「我が民があの魔物の牙によって命を散らしているのだぞ! それを黙ってこの安全な場所から見過ごせと言うのか!」
「し、しかし……!」
「リナリアを守ることも、民を守ることも、両方成し遂げる!」
彼はきっぱりと言い切った。その紫の瞳には、いかなる困難をも乗り越えんとする覇者の光が宿っている。
「それがアイゼンベルク公爵家に課せられた責務だ! 違うか、ギルバート!」
その言葉にギルバート団長は、はっとしたように息をのんだ。そして自らの迷いを恥じるかのように、力強く胸を叩いた。
「……申し訳ございませんでした! 我らが忠誠を誓ったのは、そのような臆病な主君ではございませんでしたな!」
彼は吹っ切れたように、その武骨な顔を好戦的な笑みで歪ませた。
「全軍に告ぐ! これより我らは、王都を蹂躙する不浄なる魔物の群れを殲滅する! 公爵閣下と我らが聖女様のために! 我らが誇りのために! 一人たりとも生きて帰すな!」
おおおおっ!という騎士たちの、大地を震わす雄叫びが応えた。
彼らはもはや一人の迷いもなく、死地へと赴く覚悟を決めていた。

アシュレイ様は騎士たちに頷きかけると、私に向き直った。
その顔には先ほどまでの冷徹な司令官の貌はなく、ただ愛する女性を戦場に残していく一人の男の、苦悩と深い愛情が浮かんでいた。
彼は私の両肩を、優しく、しかし強く掴んだ。
「リナリ-ア。少しの間だけ、離れる」
その声は私にだけ聞こえるように囁かれた。
「だが必ず君の元へ戻ってくる。だから私を信じて、ここで待っていてくれ」
「アシュレイ様……」
私の声は不安で震えていた。
行かないで。私のそばにいて。
そんな言葉が喉まで出かかった。けれど私は、その言葉を必死で飲み込んだ。
私はもう、ただ守られるだけのか弱いだけの少女ではない。
この人の戦うべき理由を、そして守るべき誇りを、私は理解している。
だから私は、彼の足手まといになってはいけない。
「……はい」
私は涙がこぼれないように、ぐっと唇を噛みしめた。そして精一杯の笑顔を作って頷いた。
「信じてお待ちしております。……ご武運を」
私のその健気で力強い返事に、アシュレイ様は一瞬だけその瞳を苦しげに歪ませた。そしてどうしようもなく愛おしいというように、私の身体をその腕の中に強く、強く抱きしめた。
「……ああ」
彼はそれだけを言うと、名残惜しそうに私から身体を離した。
そして私の額にそっとその唇を寄せた。
それは愛情と、そして必ず生きて帰るという彼の魂の誓いの証だった。
彼はもう、振り返らなかった。
黒曜石の魔剣『夜天』をその手に、彼はギルバート団長と共に、戦いの喧騒の中へとその身を投じていった。
その背中はどこまでも、どこまでも頼もしく、そして気高かった。

「リナリア様、こちらへ!」
マーサさんとセバスチャンさんに導かれ、私は屋敷の地下深くにある頑丈な避難室へと避難させられた。
分厚い石の壁と鉄の扉に守られたその部屋は、外の世界から完全に隔離されていた。
しかし私の耳には聞こえていた。
石壁を通り抜けて微かに響いてくる、遠い爆発音。
そして私の心の中には、はっきりと聞こえてくる街の人々の悲鳴と絶叫が。
私は冷たい石の椅子に座り、ただ自分の両手を固く、固く握りしめていた。
祈ることしかできない。
彼の無事を。騎士たちの無事を。そして名も知らぬ街の人々の無事を。
でも、本当にそれでいいのだろうか。
私は自分の両手を見つめた。
この手には奇跡を起こす力が宿っている。
壊れたものを元に戻す力が。
ただ安全な場所で祈っているだけで、本当にいいのだろうか。
アシュレイ様が命を懸けて戦っているというのに。
人々が傷つき、命を落としていっているこの瞬間に。
聖女として、この国の宝として、私にできることは本当に何もないのだろうか。
そんなはずはない。
私の心の中で、小さくしかし消えることのない炎が、再び燃え上がり始めていた。
ただ守られているだけでは終わらない。
私も戦う。
私のやり方で。
私の戦場で。
私はゆっくりと立ち上がった。その瞳にはもはや不安の色はなく、ただこれから自分が為すべきことを見据えた、静かで強い決意の光だけが宿っていた。
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