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第87話:出撃する騎士団
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アシュレイは漆黒の魔剣『夜天』を手に、燃え盛る王都の市街地を疾風の如く駆け抜けていた。
彼の率いるアイゼンベルク騎士団は、王国騎士団の中でも最強と謳われる精鋭中の精鋭。その動きは一糸乱れず、そして容赦がなかった。
「第一隊、前方のオークの集団を殲滅せよ! 第二隊は上空のガーゴイルを魔法で撃ち落とせ! 第三隊は負傷した市民の救護と避難誘導を最優先! 決して深追いするな!」
ギルバートの雷鳴のような号令が、戦場に響き渡る。
騎士たちはその命令に、完璧な連携で応えた。
前衛の重装騎士たちが鋼鉄の盾で巨大なオークの棍棒を受け止め、その隙に軽装の騎士たちがその懐に飛び込み、鋭い剣閃で次々と魔物の命を刈り取っていく。
後衛の魔道騎士たちは詠唱を重ね、空を舞うガーゴイルの群れに向かって無数の光の矢を放った。光に射抜かれたガーゴイルは悲鳴を上げて、黒い煙と共に墜落していく。
その光景は、もはや一方的な蹂躙だった。
ゼノビアが放った魔物たちは確かに凶暴で、数も多い。しかしそれは統率の取れていない、ただの獣の群れ。
アシュレイとギルバートが鍛え上げた、一人の人間のように連動する完璧な戦闘集団の前では敵ではなかった。
そしてその騎士団の、さらに先頭を一筋の黒い閃光が駆け抜けていた。
アシュレイ・フォン・アイゼンベルク。
彼が振るう魔剣『夜天』は、夜の闇そのものを切り裂くかのように黒い軌跡を描く。
一体のオークが雄叫びを上げて巨大な戦斧を振り下ろす。アシュレイはその攻撃を紙一重で躱すと、すれ違い様にその首を一閃のもとに刎ね飛ばした。
背後から襲いかかってきた数匹のゴブリンは、彼が振り返ることなく放った無造作な一振りによってまとめて薙ぎ払われる。
その動きには、一切の無駄も躊躇いもなかった。
それはもはや剣技というよりも、芸術の域に達した死の舞踏。
彼の周りには瞬く間に、魔物たちの死体の山が築かれていった。
しかし、その彼の顔には何の感情も浮かんでいなかった。
喜びも高揚もない。
ただひたすらに、冷徹に。
彼の愛するものを脅かす不浄なる存在を、この世界から消し去るという絶対的な意志だけが、その紫の瞳の奥で静かに燃えているだけだった。
(……リナリア)
彼の脳裏には常に、ただ一人、愛する少女の姿だけがあった。
彼女が今、屋敷で不安に震えながら自分の帰りを待っている。
そう思うだけで彼の剣は、さらに速く、さらに鋭く、その輝きを増した。
一刻も早くこの戦いを終わらせる。
そして彼女の元へ帰るのだ。
その一心だけが彼を、この地獄の戦場で突き動かしていた。
その頃、公爵邸の地下深くにある避難室。
私はマーサさんとセバスチャンさんの制止を、振り切ろうとしていた。
「……行かせてください」
私の声は静かだったが、その奥には決して揺らぐことのない鋼のような決意が込められていた。
「なりませぬ、リナリア様!」
マーサさんが涙ながらに、私の前に立ちはだかる。
「閣下はあなた様の身を何よりも案じておられます! この安全な場所から一歩も出てはならぬと、厳命されたではございませんか!」
「分かっています。ですがマーサさん。私はもうただ守られているだけの存在ではいたくないのです」
私は彼女の目を、まっすぐに見つめた。
「街では今この瞬間も人々が傷つき、命を落としています。アシュレイ様も騎士の皆様も命を懸けて戦っておいでです。……それなのに私だけがこの安全な場所で、ただ祈っているだけで本当にいいのでしょうか」
その問いに、マーサさんは言葉を詰まらせた。
セバスチャンさんもまた厳しい顔で、しかし何も言えずにただ黙っていた。
「私にはこの国を救う『聖女』としての役目があります。それはアシュレイ様が、国王陛下が、そしてこの国の人々が私に与えてくれた大切な誇りです」
私は自分の両手を胸の前で、固く握りしめた。
「この手で救える命があるのなら。この力で癒せる傷があるのなら。私は行かなければなりません。……それが私の、戦いなのですから」
私の瞳に宿る揺るぎない光。
それはもはや誰にも止めることのできない、聖女としての絶対的な覚悟の光だった。
マーサさんは私のその瞳を見て、全てを悟ったのだろう。
彼女はゆっくりと私の前から道を空けた。その目には涙が溢れていたが、それはもう私を止めるための涙ではなかった。
私の成長を、そしてその気高い決意を心から誇りに思う、温かい涙だった。
「……分かりました」
彼女は震える声で言った。
「ですがリナリア様。決してご無理だけはなさらないでください。あなた様のお身に何かあれば、私達は……そして閣下は……」
「はい。分かっています」
私は彼女の手を優しく握った。
「必ず無事に戻ります。……アシュレイ様と共に」
その約束に、マーサさんは力強く頷いた。
セバスチャンさんが重い鉄の扉を、ゆっくりと開けてくれる。
私は一歩、その外へと足を踏み出した。
「セバスチャンさん。騎士を数名、お借りしてもよろしいでしょうか」
私のその思いもよらない言葉に、セバスチャンさんは驚いたように目を見開いた。
「……どちらへ向かわれるおつもりで?」
私は屋敷の設計図が頭の中に描かれているかのように、はっきりとその目的地を告げた。
「破壊された王都の大結界の、基部へと参ります」
その言葉の意味を、セバスチャンさんは瞬時に理解した。
そしてその老練な瞳に畏敬と、そして興奮の色が浮かび上がった。
「……御意。このセバスチャン、命に代えてもリナリア様をその場所までお連れいたします」
彼は完璧な執事の礼をすると、私の前を力強い足取りで歩き始めた。
私はその背中を迷いなく追った。
アシュレイ様が剣で人々を、街を守っている。
ならば私は私の力で、この国そのものを守る。
それぞれの戦場で、私たちは同じ想いを胸に戦っていた。
必ず全てを守り抜き、そして再び互いの元へ生きて帰るのだ、と。
私の聖女としての本当の戦いが、今、始まった。
彼の率いるアイゼンベルク騎士団は、王国騎士団の中でも最強と謳われる精鋭中の精鋭。その動きは一糸乱れず、そして容赦がなかった。
「第一隊、前方のオークの集団を殲滅せよ! 第二隊は上空のガーゴイルを魔法で撃ち落とせ! 第三隊は負傷した市民の救護と避難誘導を最優先! 決して深追いするな!」
ギルバートの雷鳴のような号令が、戦場に響き渡る。
騎士たちはその命令に、完璧な連携で応えた。
前衛の重装騎士たちが鋼鉄の盾で巨大なオークの棍棒を受け止め、その隙に軽装の騎士たちがその懐に飛び込み、鋭い剣閃で次々と魔物の命を刈り取っていく。
後衛の魔道騎士たちは詠唱を重ね、空を舞うガーゴイルの群れに向かって無数の光の矢を放った。光に射抜かれたガーゴイルは悲鳴を上げて、黒い煙と共に墜落していく。
その光景は、もはや一方的な蹂躙だった。
ゼノビアが放った魔物たちは確かに凶暴で、数も多い。しかしそれは統率の取れていない、ただの獣の群れ。
アシュレイとギルバートが鍛え上げた、一人の人間のように連動する完璧な戦闘集団の前では敵ではなかった。
そしてその騎士団の、さらに先頭を一筋の黒い閃光が駆け抜けていた。
アシュレイ・フォン・アイゼンベルク。
彼が振るう魔剣『夜天』は、夜の闇そのものを切り裂くかのように黒い軌跡を描く。
一体のオークが雄叫びを上げて巨大な戦斧を振り下ろす。アシュレイはその攻撃を紙一重で躱すと、すれ違い様にその首を一閃のもとに刎ね飛ばした。
背後から襲いかかってきた数匹のゴブリンは、彼が振り返ることなく放った無造作な一振りによってまとめて薙ぎ払われる。
その動きには、一切の無駄も躊躇いもなかった。
それはもはや剣技というよりも、芸術の域に達した死の舞踏。
彼の周りには瞬く間に、魔物たちの死体の山が築かれていった。
しかし、その彼の顔には何の感情も浮かんでいなかった。
喜びも高揚もない。
ただひたすらに、冷徹に。
彼の愛するものを脅かす不浄なる存在を、この世界から消し去るという絶対的な意志だけが、その紫の瞳の奥で静かに燃えているだけだった。
(……リナリア)
彼の脳裏には常に、ただ一人、愛する少女の姿だけがあった。
彼女が今、屋敷で不安に震えながら自分の帰りを待っている。
そう思うだけで彼の剣は、さらに速く、さらに鋭く、その輝きを増した。
一刻も早くこの戦いを終わらせる。
そして彼女の元へ帰るのだ。
その一心だけが彼を、この地獄の戦場で突き動かしていた。
その頃、公爵邸の地下深くにある避難室。
私はマーサさんとセバスチャンさんの制止を、振り切ろうとしていた。
「……行かせてください」
私の声は静かだったが、その奥には決して揺らぐことのない鋼のような決意が込められていた。
「なりませぬ、リナリア様!」
マーサさんが涙ながらに、私の前に立ちはだかる。
「閣下はあなた様の身を何よりも案じておられます! この安全な場所から一歩も出てはならぬと、厳命されたではございませんか!」
「分かっています。ですがマーサさん。私はもうただ守られているだけの存在ではいたくないのです」
私は彼女の目を、まっすぐに見つめた。
「街では今この瞬間も人々が傷つき、命を落としています。アシュレイ様も騎士の皆様も命を懸けて戦っておいでです。……それなのに私だけがこの安全な場所で、ただ祈っているだけで本当にいいのでしょうか」
その問いに、マーサさんは言葉を詰まらせた。
セバスチャンさんもまた厳しい顔で、しかし何も言えずにただ黙っていた。
「私にはこの国を救う『聖女』としての役目があります。それはアシュレイ様が、国王陛下が、そしてこの国の人々が私に与えてくれた大切な誇りです」
私は自分の両手を胸の前で、固く握りしめた。
「この手で救える命があるのなら。この力で癒せる傷があるのなら。私は行かなければなりません。……それが私の、戦いなのですから」
私の瞳に宿る揺るぎない光。
それはもはや誰にも止めることのできない、聖女としての絶対的な覚悟の光だった。
マーサさんは私のその瞳を見て、全てを悟ったのだろう。
彼女はゆっくりと私の前から道を空けた。その目には涙が溢れていたが、それはもう私を止めるための涙ではなかった。
私の成長を、そしてその気高い決意を心から誇りに思う、温かい涙だった。
「……分かりました」
彼女は震える声で言った。
「ですがリナリア様。決してご無理だけはなさらないでください。あなた様のお身に何かあれば、私達は……そして閣下は……」
「はい。分かっています」
私は彼女の手を優しく握った。
「必ず無事に戻ります。……アシュレイ様と共に」
その約束に、マーサさんは力強く頷いた。
セバスチャンさんが重い鉄の扉を、ゆっくりと開けてくれる。
私は一歩、その外へと足を踏み出した。
「セバスチャンさん。騎士を数名、お借りしてもよろしいでしょうか」
私のその思いもよらない言葉に、セバスチャンさんは驚いたように目を見開いた。
「……どちらへ向かわれるおつもりで?」
私は屋敷の設計図が頭の中に描かれているかのように、はっきりとその目的地を告げた。
「破壊された王都の大結界の、基部へと参ります」
その言葉の意味を、セバスチャンさんは瞬時に理解した。
そしてその老練な瞳に畏敬と、そして興奮の色が浮かび上がった。
「……御意。このセバスチャン、命に代えてもリナリア様をその場所までお連れいたします」
彼は完璧な執事の礼をすると、私の前を力強い足取りで歩き始めた。
私はその背中を迷いなく追った。
アシュレイ様が剣で人々を、街を守っている。
ならば私は私の力で、この国そのものを守る。
それぞれの戦場で、私たちは同じ想いを胸に戦っていた。
必ず全てを守り抜き、そして再び互いの元へ生きて帰るのだ、と。
私の聖女としての本当の戦いが、今、始まった。
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