外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ

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第88話:破壊された結界の修復

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公爵邸の地下通路は、ひんやりとした湿った空気に満ちていた。
セバスチャンさんの掲げるランプの光だけを頼りに、私と護衛のために選抜された数名の騎士たちは、迷路のように入り組んだ通路を早足で進んでいく。
この通路は、有事の際に王宮と公爵邸を密かに繋ぐための秘密の通路だと、セバスチャンさんは教えてくれた。
「リナリア様。本当に、よろしいのですな」
私の隣を歩きながら、護衛の騎士の一人が心配そうに尋ねた。
「大結界の基部は、王宮の最も深い地下にございます。そこは王都の魔力の源流が渦巻く非常に危険な場所。並の魔法使いでは、近づくことさえままなりませぬ」
「大丈夫です」
私はきっぱりと答えた。
「私が行かなければ、この混乱は終わりません」
私のその揺るぎない声に、騎士はそれ以上何も言わず、ただ固く口を結んだ。
どれくらい歩いただろうか。
やがて、セバスチャンさんが一つの重厚な鉄の扉の前で足を止めた。
「……ここが、王宮の地下聖堂へと続く入り口でございます」
彼が複雑な手順で錠を解くと、ギイ、という重い音を立てて扉が開かれた。
その瞬間。
ごう、という嵐のような魔力の奔流が、扉の向こうから私たちに叩きつけられた。
「うわっ!」
騎士たちが思わず後ずさる。
それは純粋な魔力の、暴力的なまでの嵐だった。制御を失い荒れ狂うエネルギーが渦を巻いている。
しかし、私はその奔流の前に一歩も引かなかった。
私の身体の周りを、淡い黄金色の光がオーラのように自然と立ち上り、荒れ狂う魔力を優しくいなしていく。
「……リナリア様」
騎士たちが息をのんで私を見つめている。
私は振り返ることなく、その魔力の嵐の中へと静かに一歩を踏み出した。

扉の向こうに広がっていたのは、広大な円形の地下空間だった。
天井はドーム状になっており、壁には古代のルーン文字がびっしりと刻まれている。
そして、その中央に全ての元凶はあった。
直径十メートルはあろうかという巨大な水晶の塊。
それこそが、王都全域を百年以上もの間あらゆる脅威から守り続けてきた大結界の心臓部、『王都の心核(ハート・オブ・キャピタル)』だった。
しかし今、その心核は見るも無惨な姿を晒していた。
本来であれば清らかな青い光を放っているはずの水晶は、どす黒く不気味な紫色に変色し、その表面には無数の深い亀裂が走っている。
そして、その亀裂の最も大きな三か所から、先ほど私たちが感じた荒れ狂う魔力が、まるで傷口から血が噴き出すかのように漏れ出していた。
ゼノビアの魔術師たちは王都の三か所に、同時に強力な破壊魔法を打ち込むことで、この心核そのものに致命的なダメージを与えたのだ。
結界が破られただけでなく、その機能自体が暴走している。このまま放置すれば、いずれこの心核は自らの魔力の重さに耐えきれず大爆発を起こすだろう。
そうなれば、王都は魔物に蹂躙されるまでもなく跡形もなく消し飛んでしまう。
「……ひどい」
私は、苦しげに呻く心核を見つめ呟いた。
それはまるで瀕死の重傷を負った巨大な生き物のように見えた。
私は覚悟を決めた。
そして、セバスチャンさんと騎士たちに振り返って告げた。
「皆様はここでお下がりください。これより先はわたくし一人で行います」
「し、しかしリナリア様! お一人では危険すぎます!」
「大丈夫です。……これは、わたくしにしかできないことですから」
私の瞳に宿る絶対的な決意を見て、彼らは何も言えなくなった。
セバスチャンさんが深く、深く頭を下げる。
「……リナリア様。王都の、いえ、この国の未来をあなた様にお託しいたします」
「はい。お任せください」
私は力強く頷くと、一人、心核へと向かって歩き始めた。
近づくにつれて魔力の嵐はさらに激しさを増す。私の身体を見えない刃が何度も何度も切りつけてくるようだった。
しかし、私の周りを覆う黄金色の光がその全てを弾き返してくれる。
湖の女神から与えられた生命の加護。それが私の守りをさらに強固なものにしてくれていた。
ついに、私は心核の前に辿り着いた。
目の前で見上げる傷ついた巨大な水晶。その表面に走る痛々しい亀裂。
私はゆっくりと、その亀裂に両手をそっと触れさせた。
ひんやりとした、しかし微かに苦痛の脈動を伝える水晶の感触。
私は目を閉じた。
そして、私の魂の全てをこの一瞬に注ぎ込む。
スキル【修復】。
お願い。
目覚めて。
傷つき苦しんでいる、この偉大なる守護者よ。
あなたの本来の清らかな姿に。
――還りなさい!
私の全身から、これまでで最大級の黄金色の光が迸った。
それはもはや光というよりも、黄金の太陽そのものだった。
地下聖堂の全てが神々しいまでの輝きに包まれる。
私の力は、亀裂を通じて心核の内部へと一気に流れ込んでいく。
荒れ狂っていた魔力の奔流が私の光に触れた瞬間、まるで嵐が凪ぐかのようにその勢いを急速に失っていった。
そして、心核の表面に走っていた無数の亀裂が。
ミシ、ミシシッ……という心地よい音を立てながら、ゆっくりと、しかし確実に塞がっていく。
どす黒い紫色に染まっていた水晶の色が、内側から本来の澄み切った青色へと変わっていく。
それはまさしく、国家そのものを『修復』する壮大な奇跡の始まりだった。
私の意識は完全に傷ついた心核と一つに溶け合っていた。
その集中が極限まで高まった瞬間。
私は気づかなかった。
私の背後、地下聖堂の入り口の闇の中に。
二つの新たな人影が音もなく姿を現していたことに。
そして、そのうちの一人が邪悪な笑みを浮かべながら、私に向かってゆっくりとその手をかざそうとしていたことに。
私の聖女としての最大の戦いは、まだ始まったばかりだった。
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