俺をフッた幼馴染が、トップアイドルになって「もう一度やり直したい」と言ってきた

夏見ナイ

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第37話:勝者のいない部屋

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橘の裁定が下された後のコントロールルームは、まるで激しい嵐が通り過ぎた後のように、奇妙な静けさと疲労感に包まれていた。誰もが、今しがた目の前で繰り広げられた壮絶なドラマの余韻から、抜け出せずにいた。

最初に動いたのは、星宮瑠奈だった。彼女は、誰に言うでもなく、「……頭、冷やしてくる」とだけ呟くと、ふらつく足取りで部屋を出て行った。その背中には、敗北を刻まれた女王の、痛々しいほどの孤独が滲んでいた。

残されたのは、蓮と、陽葵、そして橘たちスタッフだった。
陽葵は、まだ自分の身に起きたことが信じられないというように、呆然と立ち尽くしている。自分の歌が、あのLUNAを打ち負かす一因になった。その事実が、彼女のキャパシティを遥かに超えていた。

「……朝霧陽葵くん」
橘が、静かに彼女の名前を呼んだ。陽葵は、びくりと肩を揺らして、恐る恐る橘を見る。

「今日の君の歌は、素晴らしかった。プロデューサーとして、君の才能に敬意を表する」
その言葉は、紛れもない本心だった。橘の瞳には、先ほどまでの冷徹さはなく、一人の才能ある若者に対する、純粋な賞賛の色が浮かんでいた。

「だが、忘れるな。これは、君の勝利ではない。LUNAが、次のステージへ進むための、ただの『きっかけ』だ。勘違いして、驕り高ぶるなよ」
賞賛の後に、釘を刺すことも忘れない。それが、橘のやり方だった。

「は、はい……」
陽葵は、か細い声で頷くことしかできない。

橘は、満足げに頷くと、今度は蓮の方に向き直った。
「藤堂君。君にも、礼を言う。君が、彼女の才能をここまで引き出した。そして、LUNAに、あれだけの『覚悟』を決めさせた。君という存在がいなければ、今日のこの奇跡は起きなかっただろう。……君を、このプロジェクトに引きずり込んで、正解だったよ」

その言葉は、蓮にとって、何の慰めにもならなかった。むしろ、自分の罪を、改めて突きつけられたような気分だった。
自分が、この残酷なショーの脚本家の一人なのだと。

「……今日は、もう解散だ。二人とも、よく休め。本当の戦いは、これからだぞ」
橘は、それだけ言うと、スタッフたちに何事か指示を出しながら、部屋を出て行った。マネージャーの田中も、深々と頭を下げて、その後を追う。

コントロールルームには、再び、蓮と陽葵、二人だけが残された。
気まずい沈黙。
蓮は、何と言えばいいのか分からなかった。陽葵は、勝負に負けたのだ。残酷な条件を突きつけられ、蓮との未来を奪われかけた。そんな彼女に、どんな顔で向き合えばいいのか。

「……すごいよ、朝霧」
長い沈黙の末、蓮が絞り出したのは、その一言だった。
「お前は、本当にすごかった。俺は……感動した」
それは、何の飾りもない、心の底からの言葉だった。

その言葉を聞いた瞬間、今まで気丈に振る舞っていた陽葵の目から、堪えていた涙が、堰を切ったように溢れ出した。

「……う、うわあああああん……!」

子供のように、声を上げて泣きじゃくる。
怖かった。
悔しかった。
そして、何より、蓮に褒めてもらえたことが、嬉しかった。
いろんな感情が、ごちゃ混ぜになって、涙となって溢れ出てくる。

蓮は、何も言わずに、そんな彼女の隣に立った。そして、不器用な手つきで、その小さな頭を、優しく撫でた。
「……よく、頑張ったな」

その、温かい手のひらと、優しい声が、陽葵の最後の理性を決壊させた。彼女は、蓮の胸に顔を埋めると、さらに大きな声で泣き続けた。蓮のTシャツが、彼女の涙で、じっとりと濡れていく。
蓮は、ただ黙って、彼女が泣き止むまで、その背中をさすり続けていた。

どれくらいの時間が、経っただろうか。
陽葵の嗚咽が、少しずつしゃくり上げる声に変わってきた頃。
彼女は、顔を上げた。その目は、真っ赤に腫れている。

「……ごめんなさい、先輩。服、濡らしちゃって……」
「別に、いい」
蓮は、少しだけ照れくさそうに、視線を逸らした。

「あの……」
陽葵は、おずおずと口を開いた。
「私……負けちゃいましたね」
その声は、まだ少し震えていた。

「負けてない」
蓮は、きっぱりと否定した。
「お前の歌は、LUNAと、橘さんと、そして何より、俺の心を動かした。それは、紛れもない事実だ。勝敗なんて、関係ない。お前は、勝者だよ」

その、真っ直ぐな言葉に、陽葵の胸は、再び熱くなった。
そうだ。私は、負けてなんかいない。
自分の全てを出し切って、そして、自分の歌で、確かに人の心を動かすことができたのだから。

「……ありがとうございます、先輩」
陽葵は、涙で濡れた顔で、最高の笑顔を浮かべた。
それは、嵐が過ぎ去った後に差し込む、陽だまりのような、温かい笑顔だった。

二人の間には、もう気まずい空気はなかった。
共に、過酷な戦いを乗り越えた、戦友としての、強固な絆がそこにはあった。

「帰るか」
「……はい」

スタジオを出て、ビルの外に出ると、ひんやりとした夜風が、火照った頬を撫でた。
空には、いつの間にか、雲の切れ間から、小さな星が瞬き始めていた。

勝者なき裁定。
それは、誰もが傷つき、そして誰もが、何かを得た、奇妙な戦いだった。
瑠奈は、敗北を知り、新たな覚悟を得た。
陽葵は、敗北を知り、表現者としての自信を得た。
そして、蓮は。

彼は、自分が守りたかったはずの陽葵に、逆に守られてしまった。
彼女の強さと、気高さ。それを、改めて思い知らされた。
そして、誓った。
今度こそ、自分が彼女を守る番だと。
どんな手を使っても、彼女の笑顔を、二度と曇らせはしないと。

蓮は、隣を歩く陽葵の、小さな横顔を、そっと見つめた。
今はまだ、言えない。
この戦いの裏側にある、醜い真実も、自分の本当の気持ちも。
だが、いつか、必ず。

全ての戦いが終わった時、君に、伝えたい言葉がある。
蓮は、夜空の星に、そう静かに誓うのだった。
勝者のいない部屋に残されたのは、次なる戦いへと向かう、若者たちの、静かで、しかし熱い決意だけだった。
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