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第3話 脳がバグる、あるいはクールな告白
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時間が止まった。いや、俺の脳の活動が停止したのかもしれない。
目の前の美少女が何を言ったのか、反芻しようとしても言葉にならない。未来? 妻? 俺の? まるで知らない外国語を聞いているかのようだ。
俺はゆっくりと瞬きをした。疲れているんだ。きっとそうだ。日直の仕事と、慣れないクラスでの緊張が、俺にとんでもない幻覚を見せているに違いない。
「……悪い、雪城さん。ちょっと耳がおかしくなったみたいだ。もう一回言ってくれないか?」
俺は乾いた笑いを浮かべながら、必死に平静を装った。ドッキリだ。きっとそうだ。教室のどこかに隠しカメラがあって、陽平あたりがモニターの前で腹を抱えて笑っているに違いない。そうでもなければ、この状況は説明がつかない。
しかし、雪城冬花は俺の期待を無慈悲に打ち砕いた。
彼女は先ほどの柔らかな微笑みをすっと消し、いつもの無表情に戻っていた。その氷のような碧眼が、俺を真っ直ぐに見据える。
「聞き間違いではありません。私はあなたの未来の妻、雪城冬花です」
淡々と、しかしはっきりと彼女は繰り返した。その声には一片の冗談も、ためらいも感じられない。
「信じられないのも無理はありません。ですが、これは確定した未来の事実です」
「いや、確定したって言われても……」
「私たちはこの高校二年生の時に出会い、同じ大学へ進学し、交際を開始。あなたが二十五歳、私が二十四歳の時に結婚しました」
「はあ!?」
あまりに具体的すぎる情報に、俺は素っ頓狂な声を上げた。まるで、年表でも読み上げるかのような淀みのなさだ。
「待て待て待て。落ち着け。まず君が落ち着け」
「私は至って冷静です」
「冷静な人間はそんな電波なこと言わないんだよ! 大体なんだ、未来って。タイムマシンでもあるっていうのか?」
「厳密には違います。私の場合は、未来の記憶と意識だけを、こちらの時代の肉体へと転送させた、という方が正確です」
専門用語を並べるように、彼女はすらすらと答える。俺の常識が、ガラガラと音を立てて崩れていく。
「証拠がなければ信じられない、とお考えでしょう。当然です」
雪城さんはそう言うと、わずかに顎を引いた。
「あなたの好物は、母親が作る生姜焼き。ただし、隠し味に味噌を入れた甘めのやつ。小学生の頃、サッカーボールを追いかけて用水路に落ちたことがある。右のふくらはぎに、今もうっすらと傷跡が残っているはずです」
「なっ……!」
俺は絶句した。生姜焼きの好みは、家族しか知らない。用水路の件に至っては、誰にも話したことのない、俺だけの黒歴史だ。なんで、それを。
「中学の卒業式の日、第二ボタンを誰にも渡せず、家に帰ってからこっそり自分で制服から引きちぎって捨てた」
「やめろ! それ以上言うな!」
俺は思わず耳を塞いだ。心の奥底に封印していたトラウマが、白日の下に晒されていく。こいつ、まさか本物か? いや、そんな馬鹿な。凄腕の探偵か何かを雇って俺の身辺調査を……? あり得ない。何のために。
俺が混乱の極みに達しているのを、雪城さんは意にも介さない。彼女はただ、淡々と事実を積み重ねていく。それが彼女にとっての「証明」なのだろう。
「私たちの未来は、とても幸せなものでした。毎朝一緒に目を覚まし、一緒に朝食をとり、一緒に家を出る。休日は映画を見たり、公園を散歩したり。あなたは、いつも私のことを一番に考えてくれる、優しい夫でした」
未来の俺たちの生活を語る彼女の声は、相変わらず平坦だ。表情もほとんど動かない。
なのに、その言葉の一つ一つが、なぜか俺の胸にずしりと重く響いた。想像してしまった。この完璧な美少女と、俺が。そんな未来を。
あり得ない。絶対にあり得ない。俺のような凡人と、彼女のような天上人が結ばれるなんて、天地がひっくり返っても起こるはずがない。
「……悪いけど、俺には信じられない。何かの手の込んだ悪戯としか思えない」
俺は最後の抵抗として、首を横に振った。認めてはいけない。こんな非現実的な話を、まともに受け取ってしまったら、俺の平凡な日常は本当に終わってしまう。
すると、雪城さんは小さくため息をついた。それは諦めのため息ではなかった。むしろ、「仕方ありませんね」とでも言うような、どこか呆れた響きを持っていた。
彼女は一歩、俺に近づいた。その距離、手を伸ばせば触れられてしまいそうなほど。
夕日が彼女の銀髪を縁取り、後光のように輝いている。俺はゴクリと喉を鳴らした。
「信じられないのも無理はありません。ですが、これだけは紛れもない事実であり、私たちの関係性の根幹を成すものです」
彼女はそう前置きすると、少しの間、言葉を切った。
そして、クールな無表情のまま。一切の感情を読み取らせない完璧なポーカーフェイスで。
真っ直ぐに俺の目を見て、こう告げた。
「私は、あなたのことが大好きです。優斗さん」
―――ブツン。
何かが、俺の中で切れた。
大好きです。
ダイスキデス。
daisukidesu.
その言葉が、音としてではなく、意味の塊として、俺の脳に直接叩き込まれた。
感情の乗らない声。動かない表情。それなのに、その言葉に込められた熱量と純度だけは、異常なほどに高かった。矛盾している。何もかもがおかしい。理解できない。
可愛い。いや違う。怖い。でも、可愛い。
思考がぐちゃぐちゃに混ざり合い、ショートする。目の前が真っ白になった。
これが、俗に言う『脳がバグる』という状態なのか。
俺は口を半開きにしたまま、完全にフリーズしてしまった。
そんな俺を見て、雪城さんは満足したように小さく頷いた。
「自己紹介は済みました。明日からは、未来の通りに振る舞わせていただきますので、そのつもりで」
彼女はそれだけ言うと、くるりと踵を返し、今度こそ教室を出て行った。
一人、夕焼けの教室に取り残された俺は、しばらく呆然と立ち尽くしていた。
やがて、完全に思考能力を取り戻した俺の口から、か細い声が漏れた。
「…………は?」
俺の平穏な高校生活が、音を立てて崩壊した瞬間だった。
目の前の美少女が何を言ったのか、反芻しようとしても言葉にならない。未来? 妻? 俺の? まるで知らない外国語を聞いているかのようだ。
俺はゆっくりと瞬きをした。疲れているんだ。きっとそうだ。日直の仕事と、慣れないクラスでの緊張が、俺にとんでもない幻覚を見せているに違いない。
「……悪い、雪城さん。ちょっと耳がおかしくなったみたいだ。もう一回言ってくれないか?」
俺は乾いた笑いを浮かべながら、必死に平静を装った。ドッキリだ。きっとそうだ。教室のどこかに隠しカメラがあって、陽平あたりがモニターの前で腹を抱えて笑っているに違いない。そうでもなければ、この状況は説明がつかない。
しかし、雪城冬花は俺の期待を無慈悲に打ち砕いた。
彼女は先ほどの柔らかな微笑みをすっと消し、いつもの無表情に戻っていた。その氷のような碧眼が、俺を真っ直ぐに見据える。
「聞き間違いではありません。私はあなたの未来の妻、雪城冬花です」
淡々と、しかしはっきりと彼女は繰り返した。その声には一片の冗談も、ためらいも感じられない。
「信じられないのも無理はありません。ですが、これは確定した未来の事実です」
「いや、確定したって言われても……」
「私たちはこの高校二年生の時に出会い、同じ大学へ進学し、交際を開始。あなたが二十五歳、私が二十四歳の時に結婚しました」
「はあ!?」
あまりに具体的すぎる情報に、俺は素っ頓狂な声を上げた。まるで、年表でも読み上げるかのような淀みのなさだ。
「待て待て待て。落ち着け。まず君が落ち着け」
「私は至って冷静です」
「冷静な人間はそんな電波なこと言わないんだよ! 大体なんだ、未来って。タイムマシンでもあるっていうのか?」
「厳密には違います。私の場合は、未来の記憶と意識だけを、こちらの時代の肉体へと転送させた、という方が正確です」
専門用語を並べるように、彼女はすらすらと答える。俺の常識が、ガラガラと音を立てて崩れていく。
「証拠がなければ信じられない、とお考えでしょう。当然です」
雪城さんはそう言うと、わずかに顎を引いた。
「あなたの好物は、母親が作る生姜焼き。ただし、隠し味に味噌を入れた甘めのやつ。小学生の頃、サッカーボールを追いかけて用水路に落ちたことがある。右のふくらはぎに、今もうっすらと傷跡が残っているはずです」
「なっ……!」
俺は絶句した。生姜焼きの好みは、家族しか知らない。用水路の件に至っては、誰にも話したことのない、俺だけの黒歴史だ。なんで、それを。
「中学の卒業式の日、第二ボタンを誰にも渡せず、家に帰ってからこっそり自分で制服から引きちぎって捨てた」
「やめろ! それ以上言うな!」
俺は思わず耳を塞いだ。心の奥底に封印していたトラウマが、白日の下に晒されていく。こいつ、まさか本物か? いや、そんな馬鹿な。凄腕の探偵か何かを雇って俺の身辺調査を……? あり得ない。何のために。
俺が混乱の極みに達しているのを、雪城さんは意にも介さない。彼女はただ、淡々と事実を積み重ねていく。それが彼女にとっての「証明」なのだろう。
「私たちの未来は、とても幸せなものでした。毎朝一緒に目を覚まし、一緒に朝食をとり、一緒に家を出る。休日は映画を見たり、公園を散歩したり。あなたは、いつも私のことを一番に考えてくれる、優しい夫でした」
未来の俺たちの生活を語る彼女の声は、相変わらず平坦だ。表情もほとんど動かない。
なのに、その言葉の一つ一つが、なぜか俺の胸にずしりと重く響いた。想像してしまった。この完璧な美少女と、俺が。そんな未来を。
あり得ない。絶対にあり得ない。俺のような凡人と、彼女のような天上人が結ばれるなんて、天地がひっくり返っても起こるはずがない。
「……悪いけど、俺には信じられない。何かの手の込んだ悪戯としか思えない」
俺は最後の抵抗として、首を横に振った。認めてはいけない。こんな非現実的な話を、まともに受け取ってしまったら、俺の平凡な日常は本当に終わってしまう。
すると、雪城さんは小さくため息をついた。それは諦めのため息ではなかった。むしろ、「仕方ありませんね」とでも言うような、どこか呆れた響きを持っていた。
彼女は一歩、俺に近づいた。その距離、手を伸ばせば触れられてしまいそうなほど。
夕日が彼女の銀髪を縁取り、後光のように輝いている。俺はゴクリと喉を鳴らした。
「信じられないのも無理はありません。ですが、これだけは紛れもない事実であり、私たちの関係性の根幹を成すものです」
彼女はそう前置きすると、少しの間、言葉を切った。
そして、クールな無表情のまま。一切の感情を読み取らせない完璧なポーカーフェイスで。
真っ直ぐに俺の目を見て、こう告げた。
「私は、あなたのことが大好きです。優斗さん」
―――ブツン。
何かが、俺の中で切れた。
大好きです。
ダイスキデス。
daisukidesu.
その言葉が、音としてではなく、意味の塊として、俺の脳に直接叩き込まれた。
感情の乗らない声。動かない表情。それなのに、その言葉に込められた熱量と純度だけは、異常なほどに高かった。矛盾している。何もかもがおかしい。理解できない。
可愛い。いや違う。怖い。でも、可愛い。
思考がぐちゃぐちゃに混ざり合い、ショートする。目の前が真っ白になった。
これが、俗に言う『脳がバグる』という状態なのか。
俺は口を半開きにしたまま、完全にフリーズしてしまった。
そんな俺を見て、雪城さんは満足したように小さく頷いた。
「自己紹介は済みました。明日からは、未来の通りに振る舞わせていただきますので、そのつもりで」
彼女はそれだけ言うと、くるりと踵を返し、今度こそ教室を出て行った。
一人、夕焼けの教室に取り残された俺は、しばらく呆然と立ち尽くしていた。
やがて、完全に思考能力を取り戻した俺の口から、か細い声が漏れた。
「…………は?」
俺の平穏な高校生活が、音を立てて崩壊した瞬間だった。
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