隣の席のクールな銀髪美少女、俺にだけデレるどころか未来の嫁だと宣言してきた

夏見ナイ

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第4話 待ち伏せる未来の嫁、あるいは平穏の終焉

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昨夜はほとんど眠れなかった。
布団に入っても、まぶたの裏に昨日の光景が焼き付いて離れない。
夕日に染まる教室。銀色の髪。そして、一切の感情を排した声で告げられた「大好きです」という言葉。
あれは夢だ。きっとそうだ。俺は疲れていたんだ。そう何度も自分に言い聞かせたが、脳がそれを拒絶する。用水路に落ちた傷跡の疼きが、あれは現実だったと雄弁に物語っていた。

結局、うつらうつらとしただけで朝を迎えてしまった。目の下にはうっすらとクマができている。
「優斗、あんた顔色悪いわよ。夜更かしでもしたの?」
リビングで朝食のパンをかじっていると、母親に心配された。
「いや、まあ……ちょっと考え事してて」
「悩み事ならお母さんに言いなさいよ。あ、もしかして彼女でもできた?」
「ゲホッ! ごほっ!」
ニヤニヤとからかう母親の言葉に、思わず牛乳を吹き出しそうになった。彼女。未来の嫁を自称する女子なら、昨日できた。いや、できてしまった。そんなこと、口が裂けても言えるはずがない。
「ち、違う! そんなんじゃないから!」
必死に否定する俺を見て、母は「ふーん?」と意味ありげに微笑むだけだった。勘弁してほしい。

重い足取りで自室に戻り、通学鞄を手に取る。
大丈夫だ。落ち着け、相沢優斗。昨日のあれは、きっと雪城さんなりの手の込んだジョークだ。真面目そうな顔して、ああいう突拍子もないことを言うタイプなんだ。きっとそうだ。そうに違いない。
だから、今日学校で会っても、何事もなかったかのように振る舞えばいい。「昨日は面白かったよ」とでも言ってやれば、彼女も「冗談ですよ」と笑ってくれるはずだ。
いや、彼女が笑う姿は想像できないが。
とにかく、いつも通りにしていれば、日常は戻ってくる。

俺は自分にそう言い聞かせ、覚悟を決めて玄関のドアノブに手をかけた。
ガチャリ、と音を立ててドアを開ける。
「行ってきまーす」

そして、俺の淡い期待と平凡な日常は、木っ端微塵に粉砕された。

「おはようございます、優斗さん」

家の前の、公道。
まだ朝の光が柔らかい住宅街の風景に、その存在は異物のように溶け込まずに際立っていた。
そこに立っていたのは、雪城冬花だった。
昨日と同じ、寸分の隙もなく着こなされた制服。風にさらさらと流れる銀色の髪。朝日に照らされて、その美しさは昨日よりもさらに現実味がない。
彼女は俺の家の門に寄りかかるでもなく、ただ真っ直ぐな姿勢で、静かにそこに佇んでいた。まるで、最初からそこに設置されていた彫刻作品のように。

「……なんで、ここにいるんだ」
絞り出した俺の声は、自分でも情けないほどにかすれていた。
彼女は小さく首を傾げた。その仕草すら、計算され尽くしたように愛らしい。
「おかしなことを聞くのですね。未来では毎朝こうして、私があなたの家まで迎えに来て、一緒に登校していましたから。それを再現しているだけです」
「未来の話はいいんだよ!」
思わず声を荒らげてしまった。慌てて周囲を見回す。通勤や通学の準備をする近所の人たちが、何事かとこちらに視線を向けている。そして、雪城さんの異次元の美貌に気づき、誰もが足を止めてヒソヒソと噂話を始めていた。
「おい、相沢さんちの息子さん、あの綺麗な子とどういう関係だ?」
「朝からお迎え? もしかして彼女かしら」
聞こえてくる声に、俺の胃がキリキリと痛む。顔から火が出そうだ。

「頼むから帰ってくれ。俺は一人で行く」
「それはできません。未来の夫を一人で登校させるなど、妻として失格です」
「まだ夫でも妻でもないだろうが!」
「時間軸の問題です。私たちの関係性は、すでに確定しています」
ダメだ、話が通じない。彼女の中では、未来の出来事が絶対的な真理として君臨している。俺の常識や現実など、まるで意味をなさないのだ。
俺が頭を抱えていると、雪城さんはすっと俺の隣に並んだ。そして、ごく自然な動作で俺の鞄を持とうとする。
「ひっ! な、何するんだ!」
「未来では、私があなたの鞄を持っていました」
「させないから! 絶対にさせないから!」
俺は必死で鞄を死守する。こんなこと、もし陽平にでも見られたら一生ネタにされる。
押し問答を続けている間にも、ギャラリーは増える一方だ。このままではラチが明かない。俺は観念して、重いため息をついた。
「……わかった。わかったから、とりあえず行こう。ここでこれ以上騒ぎを起こすのはごめんだ」
「はい、優斗さん」
俺の言葉に、彼女は満足そうに頷いた。

こうして、俺と雪城冬花の奇妙な登校が始まった。
並んで歩き出すが、俺は意識して彼女から距離を取ろうとする。しかし、彼女はまるで磁石のように、すぐに適切な距離――恋人同士が歩くような、わずかな間隔――までスッと詰めてくる。
「少し離れて歩いてくれないか」
「なぜです? 未来ではいつも腕を組んでいましたが」
「だから未来の話はいいって!」
「では、手をつなぎますか?」
「それもダメだ!」
彼女は心底不思議そうな顔でこちらを見る。悪気がないのが一番タチが悪い。彼女にとっては、これが「普通」なのだ。
通学路は、さながら処刑場だった。
すれ違う生徒たちが、例外なく全員振り返る。男子生徒からは突き刺すような嫉妬の視線、女子生徒からは好奇心と侮蔑が入り混じった冷ややかな視線。
「おい、あれって雪城さんじゃね?」
「なんで相沢なんかと……」
「信じらんない。どういうこと?」
あらゆる声が、俺の背中に突き刺さる。平穏を愛する俺にとって、これほどの地獄はない。俺はただ、アスファルトを見つめて歩くことしかできなかった。

一方、注目の的であるはずの雪城さんは、そんな周囲の視線など全く気にしていない。彼女の意識は、百パーセント俺にだけ向けられていた。
「優斗さん、昨夜はよく眠れましたか? 少し顔色が優れないようですが」
「誰のせいだと思ってるんだ……」
「今日の朝食は? 未来のあなたは和食派でしたが、この時代ではまだパン食でしたね」
「なんでそこまで知ってるんだよ怖い……」
「放課後は何か予定はありますか? もし無ければ、未来でよく行っていたカフェに行きましょう。あなたの好きなチーズケーキが美味しい店です」
次から次へと繰り出される未来情報に、俺の精神はゴリゴリと削られていく。
学校の校門が見えてきた時、俺は心底ホッとした。これで、この公開処刑からも解放される。
「じゃあ、俺はここで」
教室に入る前に別れようとすると、彼女はぴたりと足を止めた。
「承知しました。では、教室で」
そう言うと、彼女は俺に背を向け、昇降口へと向かっていった。その背筋はやはり、どこまでも真っ直ぐだった。

一人残された俺は、その場にへたり込みそうになるのを必死でこらえた。
まだ一日が始まったばかりだというのに、疲労困憊だ。
これが、毎日? 毎朝、家の前で彼女が待っていて、この地獄の通学路を歩くのか?
想像しただけで、目の前が暗くなった。
雪城冬花による、俺の日常侵食計画。それは俺が思っていたよりも遥かに強力で、計画的で、そして容赦のないものだった。
俺の平穏な日々は、昨日、あの教室で完全に終わりを告げたのだ。
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