隣の席のクールな銀髪美少女、俺にだけデレるどころか未来の嫁だと宣言してきた

夏見ナイ

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第5話 どよめく教室、あるいは親友からの尋問

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教室のドアを開けるのが、これほど億劫だったことはない。まるで断頭台へ向かう罪人のような気分だ。俺は一度深呼吸をし、意を決して教室へと足を踏み入れた。

瞬間、今まで騒がしかった教室の空気が凍りついた。
数十の視線が、まるで一つの生き物のように一斉に俺を捉える。昨日までの、俺という存在を風景の一部としてしか認識していなかった視線とは全く違う。そこには好奇、嫉妬、驚愕、そして若干の敵意がごちゃ混ぜになって渦巻いていた。
俺は気づかないふりを装い、自分の席へと向かう。その短い距離が、果てしなく長く感じられた。背中に突き刺さる視線が痛い。
「おい、相沢だ」
「マジで雪城さんと一緒に来たのかよ」
「信じられない……どういう手を使ったんだ?」
「ていうか、雪城さん普通に歩いてたんだ。空飛んだりしないんだね」
最後のやつ、彼女を何だと思ってるんだ。
ひそひそと交わされる会話が、嫌でも耳に入ってくる。俺の胃は、朝の母親の追及からずっとキリキリと痛んだままだ。

俺が席に着くと、すでにそこには雪城冬花が座っていた。
彼女はいつも通り、文庫本を開いて静かに読書をしている。周囲の喧騒などまるで存在しないかのように、彼女の周りだけが静寂に包まれていた。その完璧な横顔からは、今の状況を楽しんでいるのか、あるいは迷惑に思っているのか、全く読み取ることができない。
この状況を作り出した張本人が、涼しい顔で本を読んでいる。その事実に、俺は無性に腹が立った。しかし、ここで彼女に何か言ったところで、事態が好転するはずもない。むしろ「未来ではこれが普通でした」と返されて、さらに悪化するのが目に見えている。
俺は諦めて、鞄から教科書を取り出すふりをしながら、机に突っ伏した。視線から逃れるには、これしかなかった。

「よお、大罪人」
不意に、頭上から楽しそうな声が降ってきた。顔を上げると、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた陽平が、俺の机の前に仁王立ちしていた。
「……何の用だ、陽平」
「何の用だ、じゃねえよ! 説明しろ、説明! どういうことだ、アレは!」
陽平は声を潜めつつも、興奮を隠しきれない様子で俺に詰め寄る。その目は「面白いネタを見つけた」とキラキラ輝いていた。
「アレってなんだよ」
「とぼけんな! 雪城さんと一緒に登校してただろ! 俺、ベランダから見ちまったんだぞ! お前んちの前で、あの氷の女王様が仁王立ちしてる衝撃映像を!」
「よりにもよってお前に見られるとはな……」
俺は額を押さえた。最悪の目撃者だ。こいつは面白がるだけ面白がって、絶対に助けてはくれないタイプの親友だ。
「いいから洗いざらい白状しろ! いつからだ!? 何があった!? あの雪城さんをどうやって口説き落としたんだ!?」
「口説いてなんかない! 俺は被害者だ!」
思わず本音が漏れたが、陽平は全く信じていない。
「被害者ぁ? あの国宝級美少女に朝のお迎えをされておいて、どの口が言うんだ。全校男子を敵に回すぞ、お前」
「現に回してるだろ……見てみろよ、この教室の空気を」
俺が周囲を指し示すと、クラスメイトたちが遠巻きにこちらを窺っているのが見えた。特に男子たちの視線は、もはや殺意すら感じられるレベルだ。
「まあ、それはそれとしてだ。早く教えろって。まさかとは思うが……付き合ってんのか?」
陽平が真剣な顔で尋ねてくる。俺は全力で首を横に振った。
「違う! 断じて違う!」
「じゃあ、なんで一緒に登校なんかしてるんだよ」
「それは……家が近かった、とか」
我ながら苦しい言い訳だと思った。
案の定、陽平は鼻で笑った。
「嘘つけ。雪城さんの前の住所、俺、名簿で確認したぞ。お前んちとは真逆の方向だ。転校に合わせて引っ越してきたとでも言うのか? お前のために?」
「うぐっ……」
鋭い。こいつ、こういう時だけ頭が切れるのが腹立たしい。
「じゃあ、なんだよ。告白でもしたのか? いや、お前にそんな度胸ないか。じゃあまさかの、雪城さんから?」
「……っ!」
図星を突かれて、俺は息を呑んだ。陽平の目がカッと見開かれる。
「マジかよ!? あの雪城さんが、お前に!? なんで!? お前のどこにそんな要素があったんだ!? 平凡と没個性を掛け合わせて、平均で割ったようなお前によぉ!」
「お前の俺に対する評価、ひどくないか?」
「事実だろ! いいから教えろって! 何て言われたんだよ!」
陽平が机に身を乗り出してくる。まずい。このままだと、訳の分からないことを口走ってしまいそうだ。『俺の未来の嫁なんだ』なんて言った日には、俺は親友の手で精神病院に送られることになるだろう。

俺が必死に言い訳を探していると、ふと隣から冷たい視線を感じた。
雪城さんが、いつの間にか本から顔を上げ、俺と陽平のやり取りを無表情で見ていた。
まずい、聞かれてた。
そう思った瞬間、彼女の唇がわずかに動いた。
「赤坂陽平さん。あまり私の夫を困らせないでいただけますか」
その声は小さく、俺と陽平にしか聞こえない絶妙なボリュームだった。しかし、その内容は爆弾級だ。
「ふ、ふおっ!?」
陽平が奇妙な声を上げて飛びのいた。顔が真っ赤になっている。
「お、夫!? 聞いたか優斗! 夫だってよ!」
「聞こえたから! 大声出すな!」
俺は慌てて陽平の口を塞ぐ。しかし、時すでに遅し。周囲の生徒たちが「夫?」とざわつき始めている。
雪城さんはそんな状況を気にも留めず、再び読書の世界へと戻っていった。まるで、嵐を呼ぶだけ呼んで、自分は高みの見物とでも言うように。
俺は陽平を席に引きずって座らせ、必死に弁明した。
「い、今のは冗談だ! 彼女、たまにそういう変な冗談言うんだよ! な? そうだろ?」
誰にともなく同意を求めるが、返事はない。
陽平はしばらく呆然としていたが、やがて何かを理解したように、ポンと手を打った。
「……なるほどな。そういうことか」
「え?」
「お前ら、そういうプレイを楽しんでるわけだ。『未来の夫婦ごっこ』的な? なるほどなるほど、雪城さん、見かけによらず結構大胆なんだな。いやー、奥が深い」
「違う! そんなんじゃない!」
とんでもない勘違いをされている。だが、真実を話すよりは百倍マシかもしれなかった。俺はぐったりと机に突っ伏した。もう、どうにでもなれ。
陽平は満足げに頷くと、俺の肩を力強く叩いた。
「まあ、何があったかは知らんが、大変そうだな。だが、ちょっと羨ましいのも事実だ。とりあえず、応援はしてやるよ。せいぜい全校男子の嫉妬の炎で燃え尽きないようにな!」
そう言うと、彼は自分の席へと戻っていった。その背中は、心なしか楽しそうに揺れていた。

嵐のような尋問タイムが終わり、俺は完全に燃え尽きていた。
これから先、学校にいる間は常に好奇と嫉妬の目に晒され、家に帰れば未来の嫁(自称)が待ち伏せている。俺の人生に、平穏という文字はもう存在しないのかもしれない。
深いため息をつくと、隣から小さな声が聞こえた。
「陽平さんとは、未来でも仲が良かったですよ。私たちの結婚式では、彼が友人代表スピーチをしてくれました」
「……もう、本当にやめてくれ……」
俺は心の中で、誰にともなく悲鳴を上げた。
まだ二日。たった二日で、俺の世界は完全に彼女の色に染め上げられようとしていた。
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