隣の席のクールな銀髪美少女、俺にだけデレるどころか未来の嫁だと宣言してきた

夏見ナイ

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第29話 密室の攻防、あるいは無言のプレッシャー

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球技大会の熱気は、日が暮れても冷めることを知らなかった。
準優勝という予想外の結果に、俺たちのクラスは祝勝会ムード一色に染まっていた。そして打ち上げの場所に選ばれたのは、駅前のカラオケボックスだった。
「よっしゃー! 歌って騒ぐぜ!」
音頭を取るのはもちろん陽平だ。その手には、しっかりと俺の腕が握られている。
「おい、俺はもう疲れたから帰りたいんだが」
「馬鹿野郎! 今日の主役の一人が帰ってどうすんだよ! 天宮さんだって、お前が来なきゃがっかりするぜ?」
陽平はニヤニヤしながら、俺の耳元で囁いた。その言葉に俺は反論できない。確かに天宮さんには「相沢くんも絶対来てね!」と念を押されている。
俺は深いため息をつき、半ば強制的にカラオケボックスへと連行されていった。

案内されたのは、クラスの半分以上が収容できそうな広めのパーティールームだった。
ミラーボールが回り、大型スクリーンにはアイドルのミュージックビデオが流れている。テーブルの上には、既にポテトフライや唐揚げといったジャンクなフードが並んでいた。
問題は、席順だった。
俺は目立たない部屋の隅にでも座ろうと画策していた。だが、その計画は入室と同時に脆くも崩れ去る。
「相沢くん、こっちこっち!」
天宮さんがソファの真ん中の席をポンポンと叩きながら、太陽の笑顔で俺を呼んだのだ。
その隣には、彼女の友人である女子たちが座っている。反対側には、陽平や俺たちのチームの男子たちが既に陣取っていた。
つまり、俺が座れる場所はただ一つ。
天宮さんの、すぐ隣しかなかった。
「ほら、行けよヒーロー」
陽平に背中を押され、俺はなすすべもなくその席に吸い込まれていった。
クラスの男子たちから、再び嫉妬と怨嗟の視線が突き刺さる。もう慣れた。
俺が席に着くと、天宮さんは嬉しそうに「よろしくね!」と微笑みかけてくる。その距離、数十センチ。彼女の甘い香りがふわりと鼻をかすめた。
心臓が、少しだけ速く脈打つのを感じる。
だが、そのドキドキはすぐに別の種類のドキドキに上書きされた。

―――絶対零度の、殺気に満ちたプレッシャー。

俺は恐る恐る、テーブルの向かい側へと視線を送った。
そこに、彼女は座っていた。
雪城冬花。
彼女は俺たちのグループとは少し離れたソファに、一人で静かに腰掛けていた。
その手にはメニュー表。だが、その目はメニュー表など見ていない。
真っ直ぐに、俺と俺の隣に座る天宮さんを射抜くように見つめていた。
その瞳には何の感情も浮かんでいない。だが、その無表情こそが何よりも雄弁に彼女の怒りを物語っていた。
彼女の周りの空間だけが歪んでいる。ミラーボールの光すら、彼女に届く前に凍りついて霧散してしまいそうな圧倒的な冷気。
俺は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。

カラオケが始まると、俺の苦行も本格化した。
陽平を皮切りに、クラスメイトたちが次々とマイクを握り、流行りの曲を熱唱していく。部屋のボルテージはどんどん上がっていった。
「相沢くんは何歌う?」
天宮さんが顔を寄せて聞いてくる。近い。顔が近い。
「い、いや、俺はいいよ。聞く専門だから」
「えー、そんなこと言わずに! あ、じゃあ、私と一緒にデュエットしない?」
天宮さんの、無邪気で悪意のない爆弾発言。
その瞬間、向かいの席に座る雪城さんの握りしめた拳が、ミシリと音を立てた気がした。彼女が飲んでいるウーロン茶のグラスの中で、氷がカランと不吉な音を立てて割れた。
「む、無理無理無理! 俺、人と合わせるの苦手だから!」
俺は全力で首を横に振って、その提案を拒否した。
天宮さんは「そっかー、残念」と少しだけしょんぼりしたが、すぐに気を取り直して、一人でアイドルの可愛らしい曲を歌い始めた。その歌声はプロ顔負けの上手さだった。

俺は、完全に板挟み状態だった。
天宮さんの好意を無下にするのも心が痛む。彼女は本当に良い子で、俺なんかに、もったいないくらいの笑顔を向けてくれる。
だが、その笑顔が対面の『未来の嫁』の嫉妬ゲージを着実に上昇させているのだ。
彼女は、もうメニュー表すら見ていなかった。ただじっと、テーブルの上に置かれた自分のスマホを見つめている。その画面には何かが表示されているようだった。
俺は自分のポケットのスマホが、今にも震え出すのではないかと気が気ではなかった。
『現在、あなたの隣にいる雌との物理的距離が、許容範囲を超えています。速やかに五メートル以上離れなさい』
そんな業務連絡が飛んできてもおかしくない。

タンバリンを叩いて場を盛り上げる天宮さん。
無言で、しかし確実にプレッシャーを放ち続ける雪城さん。
その間で、俺はポテトフライを口に運ぶことしかできない。味が全くしない。
「お前、さっきから顔色やべえぞ。胃でも痛いのか?」
陽平が心配するフリをしながら、ニヤニヤと俺に話しかけてきた。
「……誰のせいだと思ってるんだ」
「まあ、両手に花ってやつだな。羨ましいぜ、まったく」
この男はやはり、俺の苦悩を最高のエンターテイメントとして楽しんでいる。

そんな地獄のような時間が一時間ほど続いた頃だった。
雪城さんが、すっと静かに立ち上がった。
そしてドリンクバーの方へと、ゆっくりと歩き始める。
その動線は不自然なまでに、俺の背後を通るルートだった。
俺は息を呑んだ。来る。絶対に何か来る。
彼女が俺の真後ろを通り過ぎる、その瞬間。
俺の耳元で、彼女の吐息のように冷たい声が囁かれた。

「―――後で、覚えておきなさい」

ぞくり、と全身の毛が逆立った。
それは今までで一番冷たく、一番静かで、そして一番恐ろしい宣告だった。
彼女はそのまま何事もなかったかのようにドリンクバーへと向かっていく。その美しい後ろ姿は、まるで死神のようだった。
俺は手に持っていたポテトフライを、ポロリと皿の上に落とした。
天宮さんの明るい歌声も、クラスメイトたちの歓声も、もう俺の耳には届かない。
ただ、彼女の残した呪いのような言葉だけが、俺の頭の中で繰り返し響いていた。
長い夜は、まだ始まったばかりだった。
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