隣の席のクールな銀髪美少女、俺にだけデレるどころか未来の嫁だと宣言してきた

夏見ナイ

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第30話 公開処刑、あるいは魂のラブソング

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「―――後で、覚えておきなさい」

雪城冬花が俺の耳元に残していった、氷の刃のような言葉。
その呪いはカラオケボックスの喧騒の中、俺の魂に深く、冷たく突き刺さっていた。
ドリンクバーから戻ってきた彼女は、再び向かいのソファに腰を下ろし、何事もなかったかのようにオレンジジュースのグラスを傾けている。だが、俺には分かる。その静寂は、これから始まるであろう処刑の前の最後の猶予期間に過ぎない。
俺はもはや生きた心地がしなかった。隣で天宮さんが「この曲、知ってる?」と話しかけてきても、「あ、うん」と上の空の返事しかできない。

そんな俺の絶望を知ってか知らずか、カラオケはますます盛り上がっていく。
陽平がマイクを握り、お調子者の男子数人と共に激しいロックナンバーを熱唱して部屋の温度をさらに上げた。
「次は誰か女子! しっとりした曲も聞きたいぜー!」
陽平がそう煽ると、何人かの女子が「えー、どうしようかな」と顔を見合わせる。
その時だった。
今まで部屋の隅で静かにジュースを飲んでいた雪城さんが、すっと立ち上がった。
そして、誰もが予想しなかった行動に出た。
彼女は、テーブルに置かれたデンモク(電子目次本)を手に取り、無言で何かを操作し始めたのだ。
その行動に、クラス中の視線が一斉に彼女へと集まる。
「え、雪城さん?」「歌うの?」
「マジかよ、氷の女王が歌うとか、絶対音感とか持ってそう」
「どんな曲入れるんだろ。クラシックとか?」
クラスメイトたちのざわめきを、彼女は意にも介さない。
ピッ、と予約ボタンを押すと、彼女はデンモクをテーブルに戻し、マイクスタンドの前に静かに立った。
その姿は、これから歌を披露するアーティストというよりは、法廷で証言台に立つ重要参考人のようだった。

やがて、部屋の照明が少し落ち、イントロが流れ始める。
それは誰もが知っている、王道のラブバラードだった。失恋の切なさと、それでも変わらない愛を歌い上げた、涙なしには聞けないと評判の名曲。
意外な選曲に、クラス中がどよめく。
そして雪城冬花は、静かに息を吸い込むと、その唇を開いた。

その歌声は、まるで澄み切った冬の夜空に響く教会の鐘の音のようだった。
どこまでも透明で、清らかで、そして聴く者の心を鷲掴みにする圧倒的な表現力。
技術的に上手い、とか、そういう次元の話ではなかった。
歌に込められた感情が、音の粒となって直接魂に流れ込んでくるようだった。
切なくて、愛おしくて、胸が締め付けられるような、痛いほどの純情。
教室で見せるクールな彼女からは、到底想像もできないような情熱的な歌声。
体育館中が、完全に静まり返った。
誰もが、その歌声に、その世界観に完全に魅了されていた。

俺も呆然と、その姿に見惚れていた。
すごい。
素直にそう思った。
こんなにも人の心を揺さぶる歌声があるなんて。
だが、その感動はすぐに別の感情に塗り替えられた。
恐怖、である。

彼女は歌っている間、ずっと俺だけを見ていた。
マイクスタンドを握りしめ、その氷の瞳で、真っ直ぐに俺だけを。
他の誰でもない。隣に座る天宮さんでも、騒いでいる陽平でもない。
ただ俺一人を、射抜くように見つめながら愛の歌を歌い続けているのだ。
歌詞の一つ一つが、まるで彼女から俺へのメッセージのように聞こえてくる。

『たとえ世界があなたを忘れても 私だけは、あなたのそばにいる』
『すれ違う心 届かない想い それでも、あなたを愛している』

それは、ラブソングという名の公開処刑だった。
俺はクラス全員の視線が、歌っている彼女と、その視線の先にいる俺との間を行ったり来たりしているのを肌で感じていた。
「おい、あれって……」「完全に相沢のこと見て歌ってるよな」「ガチじゃん……」
ひそひそと交わされる声が、俺の耳に突き刺さる。
隣に座る天宮さんもさすがに気づいたのだろう。彼女の顔から、いつもの太陽のような笑顔が消え、少しだけ寂しそうな表情でスクリーンを見つめていた。
俺はもはや針の筵の上に座っている気分だった。背中には滝のような冷や汗が流れている。

やがて、曲がクライマックスに差し掛かる。
彼女の歌声は、さらに熱を帯びていく。
『何度生まれ変わっても きっと、あなたを探し出すから』
そのフレーズを歌い上げた瞬間、彼女の瞳から一筋の涙が、きらりとこぼれ落ちた。
その涙は照明に照らされて、ダイヤモンドのように輝いて見えた。
その、あまりにも美しく、あまりにも切ない光景に、俺は息をすることを忘れた。
彼女は本当に、俺を探してこの時代までやってきたのだ。
その事実が、歌声と共に俺の胸に重く、深く突き刺さった。

曲が終わり、静寂が部屋を支配する。
数秒後、誰からともなく割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「すげえええええ!」「感動した!」「雪城さん、最高!」
クラスメイトたちは、スタンディングオベーションで彼女を称賛している。
だが、彼女はそんな賞賛など耳に入っていないようだった。
マイクを静かにスタンドに戻すと、涙の跡が残る顔で再び俺を真っ直ぐに見つめた。
その瞳は、こう問いかけていた。
『私の想い、伝わりましたか』と。
俺は何も言えず、ただ、こくりと頷くことしかできなかった。
それは降参の合図だった。
完敗だ。俺の負けだ。
嫉妬、独占欲、そして時空をも超えるほどの一途な愛。
その全てを歌声に乗せて叩きつけられ、俺に抵抗する術など残っているはずもなかった。

彼女は俺の反応を見ると、満足したように小さく微笑んだ。
そして何事もなかったかのように、自分の席へと戻っていく。
後に残された俺は、しばらくの間放心状態から抜け出すことができなかった。
隣の天宮さんが小さな声で「……雪城さん、相沢くんのこと、本当に好きなんだね」と呟いたのが、やけに鮮明に耳に残った。
カラオケボックスでの打ち上げは、俺にとって忘れられない、甘くも恐ろしい公開処刑の夜となったのだった。
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