隣の席のクールな銀髪美少女、俺にだけデレるどころか未来の嫁だと宣言してきた

夏見ナイ

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第39話 人混みという名の奔流、あるいは迷子の女神

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繋がれた手のひらから伝わる、雪城冬花の温もり。
それが今の俺にとっての世界の全てだった。
夏祭りの喧騒も、甘い綿あめの匂いも、景気の良い太iko no otoも、全てが俺たちのためのBGMのように聞こえる。
俺たちは彼女が立てた『完璧な計画書』通りに、屋台を巡った。

まずはリンゴ飴。真っ赤に輝く飴を、二人で一つのものを分け合って食べる。
「未来のあなたは、いつも最初の一口を私にくれました」
彼女がそう言うので、俺も倣って最初の一口を彼女に譲った。シャリ、と小さな音を立てて飴をかじる彼女の横顔が、提灯の光に照らされてあまりにも綺麗だった。
「……甘い、ですね」
そう言ってはにかむ彼女の言葉が、リンゴ飴のことなのか、それとも別の何かなのか俺には判断がつかなかった。

次に射的。
店主のおじさんが差し出すコルク銃を、彼女は慣れた手つきで構えた。
「未来のあなたは、射的が驚くほど下手でした。だからいつも、私があなたの欲しい景品を全て撃ち落としてあげていたんです」
そう宣言する通り、彼女はまるで熟練のスナイパーのように、次々と的を撃ち抜いていく。そのクールな横顔と、銃を構える姿のギャップに、俺はまたしても心を奪われた。
最終的に、俺たちは両手いっぱいの駄菓子を景品として手に入れた。

そして金魚すくい。
「これは、未来のあなたが唯一、私よりも得意だったものです」
彼女がそう言うので、俺は少しだけ得意になってポイ(金魚をすくう紙の網)を水に浸した。
だが、結果は惨敗。俺のポイは一匹もすくえぬまま、あっけなく破れた。
一方の彼女は涼しい顔で、ひらりひらりと泳ぐ金魚をいとも簡単そうに五匹もすくい上げてみせた。
「……おかしいですね。未来のデータと矛盾しています」
彼女は小さな袋の中で泳ぐ金魚を見つめながら、不思議そうに首を傾げている。その姿が子供みたいで、可愛らしくて。俺は自分の不甲斐なさも忘れて、笑ってしまった。
未来なんて関係ない。
今、こうして彼女と笑い合えるこの瞬間が、何よりも大切で愛おしい。
俺は心からそう思った。

楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
祭りの熱気が最高潮に達し、神社の境内は身動きが取れないほどの人でごった返していた。
「そろそろ花火が始まる時間ですね。計画書によれば、最高の観覧スポットは神社の裏手にある小高い丘です」
彼女がそう言って、俺の手を引いた。
俺たちは人の波をかき分けるようにして、丘へと向かう。
繋いだ手に、ぎゅっと力が入る。はぐれないように、という彼女の無言の意思が伝わってきた。

その、瞬間だった。
前を歩いていた子供が突然転んだ。それに驚いた周囲の人々が、将棋倒しのようにぐらりと体勢を崩す。
人の波が、津波のように俺たちに襲いかかってきた。
「うわっ!」
俺は彼女を庇うようにして、人の波に耐える。
数秒間の圧迫感と、混乱。
やて、人の流れが元に戻った時、俺は自分の右手に感じていたはずの、あの温もりと感触が消え失せていることに気づいた。

「……雪城さん?」

はぐれてしまった。
あれだけはぐれないようにと、強く握っていたはずなのに。
俺の心に、さっと焦りの色が広がった。
だが、すぐに俺は気持ちを落ち着かせようと努めた。大丈夫だ、すぐに見つかる。この人混みだ、少し離れてしまっただけだ。
俺は背伸びをして、周囲を見回した。
だが、あの美しい藍色の浴衣も、きらりと光る銀色のかんざしもどこにも見当たらない。
人、人、人。同じような浴衣を着た、無数の人々。
その中に彼女の姿は、完全に飲み込まれてしまっていた。
「雪城さん!」
俺は声を張り上げようとして、寸前で踏みとどまる。ここで大声を出せば、彼女に恥をかかせてしまうかもしれない。
俺の脳裏に、彼女が言っていた『未来の思い出』が蘇る。
『未来であなたが、はぐれた私を必死に探してくれた日』。
これはその再現なのか? だとしたら、彼女はどこかで俺が探しに来るのを待っているのだろうか。
いや、違う。
そんなことはどうでもいい。
未来の再現とか、計画書とか、そんなことよりも、今、この瞬間に彼女が一人で、この人混みの中で不安な思いをしているかもしれない。
そう思った瞬間、俺の心臓は焦燥感で激しく脈打ち始めた。

俺はがむしゃらに走り出した。
人波をかき分け、浴衣の裾が乱れるのも構わずに彼女を探す。
「すみません!」「通してください!」
謝りながら、人々の間をすり抜けていく。
彼女が行きそうな場所はどこだ?
最初に待ち合わせた、鳥居の前か?
それとも、二人で巡った屋台の通りか?
あるいは、俺たちの目的地だった神社の裏手の丘か?
俺は考えられる全ての場所を、必死に探し回った。
だが、どこにも彼女の姿はなかった。
時間だけが無情に過ぎていく。遠くで、花火が打ち上がる、ヒュー、という音が聞こえ始めた。
「くそっ、どこだよ……!」
焦りと不安と、そして彼女を一人にしてしまった自分への不甲斐なさで、目の前が滲みそうになる。

その時、ふと俺の足が止まった。
神社の本殿から少しだけ離れた場所。
巨大な御神木の陰になって、提灯の光も届きにくい薄暗い一角。
そこに、ぽつんと一つの人影があった。
藍色の朝顔の浴衣。
夜会巻きに結われた、銀色の髪。
間違いない。雪城冬花だ。

「雪城さん!」
俺は安堵感で全身の力が抜けそうになるのをこらえ、彼女の元へと駆け寄った。
彼女は俺の声に気づき、ゆっくりとこちらを振り返る。
その顔を見て、俺は息を呑んだ。
彼女は泣いてはいなかった。
だが、その表情は俺が今まで見たことのないものだった。
いつものクールな無表情ではない。
ただ、茫然と何かに怯えるように、立ち尽くしている。
その大きな碧色の瞳はどこか遠くを見つめていて、焦点が合っていない。
まるで迷子になった子供のような、心細さと深い不安が、その美しい顔全体に暗い影を落としていた。

「雪城さん……? どうしたんだ、そんな顔して」
俺が心配になって声をかける。
彼女は俺の顔を、まるで初めて見るかのようにしばらくの間じっと見つめていた。
そして、その唇が、か細く震え始めた。
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