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第40話 初めて見せる弱さ、あるいは失われる未来の記憶
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「雪城さん……? どうしたんだ、そんな顔して」
俺の声は夏の夜の喧騒にかき消されそうなほど、小さかったかもしれない。
だが、それは確かに彼女の心に届いたようだった。
彼女の、どこか遠くを見つめていた虚ろな瞳に、ゆっくりと光が戻ってくる。そして、その瞳に俺の姿がはっきりと映し出された瞬間。
彼女の完璧な仮面が、音を立てて崩れ落ちた。
「……優斗さん」
その声は震えていた。
今まで聞いたことのない、か細く、そして縋るような響き。
彼女は何かを必死に堪えるように、ぐっと唇を噛みしめた。だが、その瞳からは堰を切ったように、大粒の涙がぽろり、ぽろりとこぼれ落ち始めた。
「え、ちょ、な、泣くなよ! 大丈夫か!?」
俺は完全に狼狽した。
あの、決して感情を表に出さなかった雪城冬花が、泣いている。
俺の目の前で、声を殺してただ静かに涙を流している。
その、あまりにも衝撃的な光景に俺の思考は完全に停止した。どうすればいいのか、何を言えばいいのか、全く分からない。
俺がただオロオロと立ち尽くしていると、彼女は震える声で、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
「……怖かった」
そのたった一言が、俺の胸を強く締め付けた。
「人混みの中で、あなたの手の温もりが急に消えて……。周りを見ても、あなたの姿はどこにもなくて……」
彼女は自分の胸元を、ぎゅっと強く握りしめる。
「その瞬間、頭が真っ白になって……」
彼女の言葉は途切れ途切れだった。その一言一言に、彼女が感じていたであろう深い恐怖と孤独が滲み出ている。
「……思い出して、しまったんです」
「何を?」
俺が尋ねると、彼女はまるで告白するように顔を上げた。
その涙に濡れた顔は、ひどく儚げで今にも消えてしまいそうだった。
「優斗さんが、いなくなる未来を、思い出してしまいました」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
いなくなる、未来。
それは一体どういう意味だ。
俺の頭の中に、今まで彼女が時折見せていた、あの寂しげな微笑みがフラッシュバックする。
彼女が一人で抱え込んでいた、重い秘密。
その核心に、今、俺は触れようとしていた。
「私たちの未来は、幸せなことばかりではありませんでした」
彼女は静かに語り続ける。その声はもう震えてはいなかった。ただ、深い、深い悲しみの色を帯びていた。
「あなたと結ばれ、幸せな日々を送っていた、その先に……あなたを失う運命が、待っていました」
「失うって……どういうことだ。俺、死ぬのか?」
俺の直接的な問いに、彼女は静かに首を横に振った。
「いいえ。あなたは、死にはしません。ですが……私との記憶を、全て失ってしまうんです」
「記憶を……?」
「はい。ある事故が原因で、あなたは私と出会ってからの全ての記憶を失い、私のことを完全に忘れてしまう。それが、本来の、確定していたはずの私たちの未来でした」
信じられない話だった。だが、彼女の真剣な瞳はそれが紛れもない事実であることを、雄弁に物語っていた。
「私は、それがどうしても耐えられなかった」
彼女の瞳から、再び涙がこぼれ落ちる。
「あなたとの思い出も、あなたからもらった愛情も、全てがなかったことになるなんて……。あなたが生きていてくれても、あなたが私のことを覚えていない世界で、私一人、生きていくことなんて、できなかった」
「だから、私は来たんです。この時代に」
彼女は涙を拭うこともせず、俺を真っ直ぐに見つめた。
「その『事故』を未然に防ぎ、あなたとの未来を、あなたとの記憶を守るために。何があっても、あなたを失わない、新しい未来を作るために」
それが、彼女が未来から来た本当の理由。
俺の想像を遥かに超える、切実で、そして悲痛な願い。
彼女はただ俺と一緒にいたい。その一心で、時空を超え、たった一人でこの時代にやってきたのだ。
その、あまりにも大きすぎる愛情の重さに、俺は言葉を失った。
「人混みの中で、あなたを見失った瞬間……。あの絶望的な未来の記憶が、蘇ってきたんです」
彼女の声は再び震え始めていた。
「あなたが、私の前から消えてしまう。私のことを、忘れてしまう。あの、どうしようもない孤独と恐怖が……」
彼女はそこまで言うと、もう言葉を続けることができなかった。
ただ、子供のように声を殺して嗚咽を漏らすだけだった。
その、初めて見せる彼女の弱さ。
今まで完璧な仮面の下に、ずっと隠し続けてきた本当の姿。
その、あまりにも健気で、あまりにも痛々しい姿を見て、俺の中にあった迷いや戸惑いは全て消え去った。
俺が今、すべきことは、たった一つだけだ。
俺の声は夏の夜の喧騒にかき消されそうなほど、小さかったかもしれない。
だが、それは確かに彼女の心に届いたようだった。
彼女の、どこか遠くを見つめていた虚ろな瞳に、ゆっくりと光が戻ってくる。そして、その瞳に俺の姿がはっきりと映し出された瞬間。
彼女の完璧な仮面が、音を立てて崩れ落ちた。
「……優斗さん」
その声は震えていた。
今まで聞いたことのない、か細く、そして縋るような響き。
彼女は何かを必死に堪えるように、ぐっと唇を噛みしめた。だが、その瞳からは堰を切ったように、大粒の涙がぽろり、ぽろりとこぼれ落ち始めた。
「え、ちょ、な、泣くなよ! 大丈夫か!?」
俺は完全に狼狽した。
あの、決して感情を表に出さなかった雪城冬花が、泣いている。
俺の目の前で、声を殺してただ静かに涙を流している。
その、あまりにも衝撃的な光景に俺の思考は完全に停止した。どうすればいいのか、何を言えばいいのか、全く分からない。
俺がただオロオロと立ち尽くしていると、彼女は震える声で、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
「……怖かった」
そのたった一言が、俺の胸を強く締め付けた。
「人混みの中で、あなたの手の温もりが急に消えて……。周りを見ても、あなたの姿はどこにもなくて……」
彼女は自分の胸元を、ぎゅっと強く握りしめる。
「その瞬間、頭が真っ白になって……」
彼女の言葉は途切れ途切れだった。その一言一言に、彼女が感じていたであろう深い恐怖と孤独が滲み出ている。
「……思い出して、しまったんです」
「何を?」
俺が尋ねると、彼女はまるで告白するように顔を上げた。
その涙に濡れた顔は、ひどく儚げで今にも消えてしまいそうだった。
「優斗さんが、いなくなる未来を、思い出してしまいました」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
いなくなる、未来。
それは一体どういう意味だ。
俺の頭の中に、今まで彼女が時折見せていた、あの寂しげな微笑みがフラッシュバックする。
彼女が一人で抱え込んでいた、重い秘密。
その核心に、今、俺は触れようとしていた。
「私たちの未来は、幸せなことばかりではありませんでした」
彼女は静かに語り続ける。その声はもう震えてはいなかった。ただ、深い、深い悲しみの色を帯びていた。
「あなたと結ばれ、幸せな日々を送っていた、その先に……あなたを失う運命が、待っていました」
「失うって……どういうことだ。俺、死ぬのか?」
俺の直接的な問いに、彼女は静かに首を横に振った。
「いいえ。あなたは、死にはしません。ですが……私との記憶を、全て失ってしまうんです」
「記憶を……?」
「はい。ある事故が原因で、あなたは私と出会ってからの全ての記憶を失い、私のことを完全に忘れてしまう。それが、本来の、確定していたはずの私たちの未来でした」
信じられない話だった。だが、彼女の真剣な瞳はそれが紛れもない事実であることを、雄弁に物語っていた。
「私は、それがどうしても耐えられなかった」
彼女の瞳から、再び涙がこぼれ落ちる。
「あなたとの思い出も、あなたからもらった愛情も、全てがなかったことになるなんて……。あなたが生きていてくれても、あなたが私のことを覚えていない世界で、私一人、生きていくことなんて、できなかった」
「だから、私は来たんです。この時代に」
彼女は涙を拭うこともせず、俺を真っ直ぐに見つめた。
「その『事故』を未然に防ぎ、あなたとの未来を、あなたとの記憶を守るために。何があっても、あなたを失わない、新しい未来を作るために」
それが、彼女が未来から来た本当の理由。
俺の想像を遥かに超える、切実で、そして悲痛な願い。
彼女はただ俺と一緒にいたい。その一心で、時空を超え、たった一人でこの時代にやってきたのだ。
その、あまりにも大きすぎる愛情の重さに、俺は言葉を失った。
「人混みの中で、あなたを見失った瞬間……。あの絶望的な未来の記憶が、蘇ってきたんです」
彼女の声は再び震え始めていた。
「あなたが、私の前から消えてしまう。私のことを、忘れてしまう。あの、どうしようもない孤独と恐怖が……」
彼女はそこまで言うと、もう言葉を続けることができなかった。
ただ、子供のように声を殺して嗚咽を漏らすだけだった。
その、初めて見せる彼女の弱さ。
今まで完璧な仮面の下に、ずっと隠し続けてきた本当の姿。
その、あまりにも健気で、あまりにも痛々しい姿を見て、俺の中にあった迷いや戸惑いは全て消え去った。
俺が今、すべきことは、たった一つだけだ。
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