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第41話 力強い抱擁、あるいは守るべき誓い
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遠くで、ドン、という低い音が響き、夜空に大輪の花が咲いた。
花火大会が始まってしまったらしい。
だが、そんなことは今の俺にとってはどうでもよかった。
目の前で声を殺して泣きじゃくる、たった一人の大切な少女。
彼女が一人で背負い続けてきた途方もない重圧と孤独。
その全てを知ってしまった今、俺がすべきことは決まっていた。
未来がどうとか、事故がどうとか、記憶がどうとか。
そんな複雑な話は今はいい。
ただ、俺の目の前で、俺のためにこんなにも傷つき、怯えている女の子がいる。
だったら俺がすることはただ一つだ。
俺は一歩前に進んだ。
そして、泣きじゃくる彼女の華奢な体を、力強く、しかし壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめた。
「……え?」
突然のことに、彼女の小さな体がびくりと震えた。
俺の腕の中で彼女が顔を上げるのが気配で分かる。
浴衣の布越しに、彼女の震えと熱い涙が俺の胸に伝わってきた。
「もう、大丈夫だから」
俺は、彼女の髪に自分の顔をうずめるようにして囁いた。
シャンプーと線香花火のような、甘くて切ない夏の匂い。
「お前が一人で抱え込む必要なんて、もうないんだ」
俺の言葉に、彼女の体が再びこわばるのが分かった。
俺はさらに強く、彼女を抱きしめる力を込める。
「俺も一緒に戦うから」
「……え?」
「お前が言ってた、その『事故』ってやつも、俺がいない未来ってやつも。俺が絶対に、そんなもの来させないようにするから」
未来の知識なんて俺にはない。タイムリープする能力もない。
俺にできることなんて限られている。
でも、そんなことは関係ない。
「だから、もう一人で泣くな」
俺は子供に言い聞かせるように、ゆっくりと、しかしはっきりと告げた。
「俺は、どこにも行かない」
その言葉は誓いだった。
未来の俺が彼女にしてやれなかった誓い。
この時代で、今の俺が彼女に捧げる、たった一つの絶対的な約束。
俺の腕の中で、彼女の体の力がふっと抜けていくのが分かった。
そして彼女は俺の胸に顔をうずめると、今度は声を上げてわんわんと泣き始めた。
子供が母親に甘えるように。
今までずっと溜め込んできた、全ての不安と恐怖と孤独を、全部吐き出すかのように。
俺は何も言わずに、ただ彼女の背中を優しく何度も、何度もさすり続けた。
彼女の涙が俺の甚平をどんどん濡らしていく。
それでよかった。
彼女が俺の前でこうして素直に泣いてくれることが、何よりも嬉しかった。
夜空には次々と色とりどりの花火が打ち上がる。
その華やかでけたたましい音が、彼女の泣き声を優しくかき消してくれているようだった。
俺たちはしばらくの間、ただそうしていた。
言葉もなく、人目を憚ることもなく、ただお互いの存在を確かめるように強く、強く、抱きしめ合っていた。
やがて彼女の泣き声が、少しずつしゃくり上げるような嗚咽に変わっていった。
俺はゆっくりと体を離す。
彼女の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。あの完璧な美貌が台無しだ。
でも俺は、その顔が今まで見たどんな彼女の顔よりも、一番愛おしいと思った。
俺は自分の甚平の袖で、彼女の目元を優しく拭ってやる。
「……ひどい顔」
俺が少しだけ意地悪く言うと、彼女は赤くなった目で俺をじろりと睨みつけた。
そして小さな声で、「あなたのせいです」と呟いた。
そのいつも通りの少しだけ棘のある返答に、俺は心底ホッとして笑ってしまった。
「ああ、そうだな。俺のせいだ」
俺は彼女の頭をわしゃわしゃと優しく撫でた。
彼女は少しだけ驚いた顔をしたが、抵抗はしなかった。ただ猫のように気持ちよさそうに目を細めている。
その仕草に、またしても俺の心臓が大きく跳ねた。
花火はまだ打ち上がり続けている。
だが、俺たちはもうそれを見てはいなかった。
俺たちの瞳に映っているのは、ただお互いの姿だけ。
未来の悲劇も過去の思い出も、今はもう関係ない。
俺と彼女。
ただ、それだけで十分だった。
「ごめんなさい。取り乱してしまって」
落ち着きを取り戻した彼女が、恥ずかしそうに謝る。
「いいって。お前の弱いところ、初めて見れて正直ちょっと嬉しかった」
「……意地悪」
唇を尖らせる彼女。その表情は、もういつもの彼女に戻っていた。
俺たちはどちらからともなく顔を見合わせて、小さく笑った。
この力強い抱擁が、俺たちの関係をまた一つ新しいステージへと押し上げた。
それは未来の恋人でも、過去の夫婦でもない。
ただ今の時代を共に生きる、たった二人の共犯者としての始まりの合図だった。
俺は彼女を守ると誓った。
そして彼女は、初めて俺にその弱さを預けてくれた。
それだけで俺たちの絆は、どんな未来よりも強く、確かなものになった気がした。
花火大会が始まってしまったらしい。
だが、そんなことは今の俺にとってはどうでもよかった。
目の前で声を殺して泣きじゃくる、たった一人の大切な少女。
彼女が一人で背負い続けてきた途方もない重圧と孤独。
その全てを知ってしまった今、俺がすべきことは決まっていた。
未来がどうとか、事故がどうとか、記憶がどうとか。
そんな複雑な話は今はいい。
ただ、俺の目の前で、俺のためにこんなにも傷つき、怯えている女の子がいる。
だったら俺がすることはただ一つだ。
俺は一歩前に進んだ。
そして、泣きじゃくる彼女の華奢な体を、力強く、しかし壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめた。
「……え?」
突然のことに、彼女の小さな体がびくりと震えた。
俺の腕の中で彼女が顔を上げるのが気配で分かる。
浴衣の布越しに、彼女の震えと熱い涙が俺の胸に伝わってきた。
「もう、大丈夫だから」
俺は、彼女の髪に自分の顔をうずめるようにして囁いた。
シャンプーと線香花火のような、甘くて切ない夏の匂い。
「お前が一人で抱え込む必要なんて、もうないんだ」
俺の言葉に、彼女の体が再びこわばるのが分かった。
俺はさらに強く、彼女を抱きしめる力を込める。
「俺も一緒に戦うから」
「……え?」
「お前が言ってた、その『事故』ってやつも、俺がいない未来ってやつも。俺が絶対に、そんなもの来させないようにするから」
未来の知識なんて俺にはない。タイムリープする能力もない。
俺にできることなんて限られている。
でも、そんなことは関係ない。
「だから、もう一人で泣くな」
俺は子供に言い聞かせるように、ゆっくりと、しかしはっきりと告げた。
「俺は、どこにも行かない」
その言葉は誓いだった。
未来の俺が彼女にしてやれなかった誓い。
この時代で、今の俺が彼女に捧げる、たった一つの絶対的な約束。
俺の腕の中で、彼女の体の力がふっと抜けていくのが分かった。
そして彼女は俺の胸に顔をうずめると、今度は声を上げてわんわんと泣き始めた。
子供が母親に甘えるように。
今までずっと溜め込んできた、全ての不安と恐怖と孤独を、全部吐き出すかのように。
俺は何も言わずに、ただ彼女の背中を優しく何度も、何度もさすり続けた。
彼女の涙が俺の甚平をどんどん濡らしていく。
それでよかった。
彼女が俺の前でこうして素直に泣いてくれることが、何よりも嬉しかった。
夜空には次々と色とりどりの花火が打ち上がる。
その華やかでけたたましい音が、彼女の泣き声を優しくかき消してくれているようだった。
俺たちはしばらくの間、ただそうしていた。
言葉もなく、人目を憚ることもなく、ただお互いの存在を確かめるように強く、強く、抱きしめ合っていた。
やがて彼女の泣き声が、少しずつしゃくり上げるような嗚咽に変わっていった。
俺はゆっくりと体を離す。
彼女の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。あの完璧な美貌が台無しだ。
でも俺は、その顔が今まで見たどんな彼女の顔よりも、一番愛おしいと思った。
俺は自分の甚平の袖で、彼女の目元を優しく拭ってやる。
「……ひどい顔」
俺が少しだけ意地悪く言うと、彼女は赤くなった目で俺をじろりと睨みつけた。
そして小さな声で、「あなたのせいです」と呟いた。
そのいつも通りの少しだけ棘のある返答に、俺は心底ホッとして笑ってしまった。
「ああ、そうだな。俺のせいだ」
俺は彼女の頭をわしゃわしゃと優しく撫でた。
彼女は少しだけ驚いた顔をしたが、抵抗はしなかった。ただ猫のように気持ちよさそうに目を細めている。
その仕草に、またしても俺の心臓が大きく跳ねた。
花火はまだ打ち上がり続けている。
だが、俺たちはもうそれを見てはいなかった。
俺たちの瞳に映っているのは、ただお互いの姿だけ。
未来の悲劇も過去の思い出も、今はもう関係ない。
俺と彼女。
ただ、それだけで十分だった。
「ごめんなさい。取り乱してしまって」
落ち着きを取り戻した彼女が、恥ずかしそうに謝る。
「いいって。お前の弱いところ、初めて見れて正直ちょっと嬉しかった」
「……意地悪」
唇を尖らせる彼女。その表情は、もういつもの彼女に戻っていた。
俺たちはどちらからともなく顔を見合わせて、小さく笑った。
この力強い抱擁が、俺たちの関係をまた一つ新しいステージへと押し上げた。
それは未来の恋人でも、過去の夫婦でもない。
ただ今の時代を共に生きる、たった二人の共犯者としての始まりの合図だった。
俺は彼女を守ると誓った。
そして彼女は、初めて俺にその弱さを預けてくれた。
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