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第42話 二人だけの花火、あるいは未来を超える今
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彼女の涙が止まり、俺たちの間に少しだけ気まずい、でも温かい沈黙が流れた。
遠くで鳴り響く花火の音が、まるで俺たちの心の高鳴りを代弁しているかのようだ。
「……花火、見に行かなくていいのか?」
俺が尋ねると、雪城さんは静かに首を横に振った。
「いいんです。計画書では丘の上から見ることになっていましたが……もう、どうでもよくなりました」
彼女はそう言って、ふわりと微笑んだ。その笑顔には吹っ切れたような清々しい色が浮かんでいる。
「計画や未来の再現なんて、もう意味がないのかもしれません」
「え?」
「未来の私たちは、確かにはぐれました。でも、こんな風にあなたが泣いている私を抱きしめてくれるなんてことは、なかったから」
彼女は少しだけ照れたように視線を落とす。
「未来のあなたはもっと不器用で……私を見つけてくれた時も、『心配させやがって』と怒ることしかできなかった。それでも、私は嬉しかったけれど」
彼女は続ける。
「でも、今のあなたは未来のあなたよりもずっと優しくて、ずっと頼もしいです」
そのあまりにもストレートな賞賛の言葉に、俺の顔がカッと熱くなった。
「だから、もう未来の再現はやめにします。今のあなたとの時間を、大切にしたいから」
彼女はそう言って、俺の目を真っ直ぐに見つめた。
その瞳には、もう未来への不安や過去への執着の色はない。ただ純粋に、今の俺だけを映していた。
そのあまりにも強い光に、俺はただ頷くことしかできなかった。
「でも、せっかくだから」
俺は言った。
「花火、見ようぜ。ここからでも見えるだろ」
俺が御神木の隙間から見える夜空を指さすと、彼女はこくりと頷いた。
俺たちはどちらからともなく、神社の石段に並んで腰を下ろした。
二人だけの特等席。
人混みの喧騒は嘘のように遠い。聞こえるのは、リズミカルに打ち上がる花火の音と、夏の夜虫の声、そしてお互いの呼吸の音だけ。
ヒュルルル……という物悲しい音の後に、ドンッ、と空気が震えるほどの大きな音が響き渡る。
そして、夜空いっぱいに色とりどりの光の花が咲き乱れた。
赤、青、緑、金。
その刹那の輝きが、俺たちの顔を幻想的に照らし出す。
「……きれい」
隣で彼女がぽつりと呟いた。
その横顔は花火の光に照らされて、今まで見たどんな彼女よりも美しく、そして儚げに見えた。
俺は、その横顔から目を離すことができなかった。
「未来でも、あなたと一緒に何度も花火を見ました」
彼女は夜空を見上げたまま、静かに語り始めた。
「あなたの実家のベランダから。旅行先の温泉旅館の窓から。結婚してからは、私たちの家のリビングから。たくさんの綺麗な花火を、あなたと二人で見てきました」
その言葉の一つ一つが、俺の知らない幸せな未来の光景を俺の心に描き出していく。
それは少しだけ嫉妬するような、でもどうしようもなく温かい気持ちになる、不思議な感覚だった。
「でも」
彼女はゆっくりとこちらを振り返った。
その潤んだ碧色の瞳には、夜空に咲く無数の光の花が、きらきらと映り込んでいる。
「今、ここであなたと見ているこの花火が、今まで見たどの花火よりも、一番綺麗です」
その言葉は、俺の心の一番深い場所にすとんと落ちてきた。
未来を超えた、今。
彼女が本当に大切にしたいと思っているのは、確定した未来の幸せではなく、不確かで、危うくて、でもだからこそ愛おしい、今のこの瞬間なのだ。
その事実がたまらなく嬉しくて、俺の胸は喜びで張り裂けそうだった。
俺はもう何も言わなかった。
ただ、そっと彼女の肩を自分の肩に引き寄せた。
彼女の体が、一瞬だけびくりと震えたが、抵抗はしなかった。
むしろ安心したように、俺の肩にこてんと頭を預けてくる。
銀色の髪が俺の首筋をくすぐる。甘いシャンプーの香り。伝わってくる彼女の温もり。
俺の心臓は、もう花火の音と同じくらい大きな音を立てていた。
俺たちはそうして、ただ黙って夜空を見上げていた。
打ち上がるたびに歓声も上げない。感想も言わない。
ただ寄り添って、同じ光を、同じ音を、共有する。
その静かで穏やかな時間が、何よりも雄弁に俺たちの気持ちを語っているようだった。
未来とか、過去とか、そんなものはもうどうでもいい。
大事なのは、今この瞬間、俺の隣に彼女がいること。
そして、彼女の隣に俺がいること。
それだけで、俺たちの世界は完璧だった。
やがて、最後の一番大きな花火が、ひときわ大きな音を立てて夜空いっぱいに広がった。
その光が俺たちの姿を、一瞬だけ真昼のように照らし出す。
光が消え、静寂が戻った時。
俺は意を決して、彼女の顔をそっと覗き込んだ。
彼女も同じように、俺の顔をじっと見上げていた。
その距離、数センチ。
お互いの吐息が感じられるほどの距離。
彼女の瞳に映る俺。俺の瞳に映る彼女。
時間が永遠に止まってしまったかのようだった。
「……そろそろ、帰ろうか」
どちらからともなくそう囁いたのは、ほとんど同時だった。
俺たちは顔を見合わせて小さく笑う。
そして、名残惜しそうにゆっくりと立ち上がった。
繋いだ手のひらは、もう離すことはなかった。
帰り道、俺たちはもうはぐれることはないだろう。
なぜなら俺たちの心は、この夏の夜空の下で固く、固く結ばれたのだから。
それは、どんな未来の約束よりもずっと確かで、ずっと温かい、二人だけの最初の絆だった。
遠くで鳴り響く花火の音が、まるで俺たちの心の高鳴りを代弁しているかのようだ。
「……花火、見に行かなくていいのか?」
俺が尋ねると、雪城さんは静かに首を横に振った。
「いいんです。計画書では丘の上から見ることになっていましたが……もう、どうでもよくなりました」
彼女はそう言って、ふわりと微笑んだ。その笑顔には吹っ切れたような清々しい色が浮かんでいる。
「計画や未来の再現なんて、もう意味がないのかもしれません」
「え?」
「未来の私たちは、確かにはぐれました。でも、こんな風にあなたが泣いている私を抱きしめてくれるなんてことは、なかったから」
彼女は少しだけ照れたように視線を落とす。
「未来のあなたはもっと不器用で……私を見つけてくれた時も、『心配させやがって』と怒ることしかできなかった。それでも、私は嬉しかったけれど」
彼女は続ける。
「でも、今のあなたは未来のあなたよりもずっと優しくて、ずっと頼もしいです」
そのあまりにもストレートな賞賛の言葉に、俺の顔がカッと熱くなった。
「だから、もう未来の再現はやめにします。今のあなたとの時間を、大切にしたいから」
彼女はそう言って、俺の目を真っ直ぐに見つめた。
その瞳には、もう未来への不安や過去への執着の色はない。ただ純粋に、今の俺だけを映していた。
そのあまりにも強い光に、俺はただ頷くことしかできなかった。
「でも、せっかくだから」
俺は言った。
「花火、見ようぜ。ここからでも見えるだろ」
俺が御神木の隙間から見える夜空を指さすと、彼女はこくりと頷いた。
俺たちはどちらからともなく、神社の石段に並んで腰を下ろした。
二人だけの特等席。
人混みの喧騒は嘘のように遠い。聞こえるのは、リズミカルに打ち上がる花火の音と、夏の夜虫の声、そしてお互いの呼吸の音だけ。
ヒュルルル……という物悲しい音の後に、ドンッ、と空気が震えるほどの大きな音が響き渡る。
そして、夜空いっぱいに色とりどりの光の花が咲き乱れた。
赤、青、緑、金。
その刹那の輝きが、俺たちの顔を幻想的に照らし出す。
「……きれい」
隣で彼女がぽつりと呟いた。
その横顔は花火の光に照らされて、今まで見たどんな彼女よりも美しく、そして儚げに見えた。
俺は、その横顔から目を離すことができなかった。
「未来でも、あなたと一緒に何度も花火を見ました」
彼女は夜空を見上げたまま、静かに語り始めた。
「あなたの実家のベランダから。旅行先の温泉旅館の窓から。結婚してからは、私たちの家のリビングから。たくさんの綺麗な花火を、あなたと二人で見てきました」
その言葉の一つ一つが、俺の知らない幸せな未来の光景を俺の心に描き出していく。
それは少しだけ嫉妬するような、でもどうしようもなく温かい気持ちになる、不思議な感覚だった。
「でも」
彼女はゆっくりとこちらを振り返った。
その潤んだ碧色の瞳には、夜空に咲く無数の光の花が、きらきらと映り込んでいる。
「今、ここであなたと見ているこの花火が、今まで見たどの花火よりも、一番綺麗です」
その言葉は、俺の心の一番深い場所にすとんと落ちてきた。
未来を超えた、今。
彼女が本当に大切にしたいと思っているのは、確定した未来の幸せではなく、不確かで、危うくて、でもだからこそ愛おしい、今のこの瞬間なのだ。
その事実がたまらなく嬉しくて、俺の胸は喜びで張り裂けそうだった。
俺はもう何も言わなかった。
ただ、そっと彼女の肩を自分の肩に引き寄せた。
彼女の体が、一瞬だけびくりと震えたが、抵抗はしなかった。
むしろ安心したように、俺の肩にこてんと頭を預けてくる。
銀色の髪が俺の首筋をくすぐる。甘いシャンプーの香り。伝わってくる彼女の温もり。
俺の心臓は、もう花火の音と同じくらい大きな音を立てていた。
俺たちはそうして、ただ黙って夜空を見上げていた。
打ち上がるたびに歓声も上げない。感想も言わない。
ただ寄り添って、同じ光を、同じ音を、共有する。
その静かで穏やかな時間が、何よりも雄弁に俺たちの気持ちを語っているようだった。
未来とか、過去とか、そんなものはもうどうでもいい。
大事なのは、今この瞬間、俺の隣に彼女がいること。
そして、彼女の隣に俺がいること。
それだけで、俺たちの世界は完璧だった。
やがて、最後の一番大きな花火が、ひときわ大きな音を立てて夜空いっぱいに広がった。
その光が俺たちの姿を、一瞬だけ真昼のように照らし出す。
光が消え、静寂が戻った時。
俺は意を決して、彼女の顔をそっと覗き込んだ。
彼女も同じように、俺の顔をじっと見上げていた。
その距離、数センチ。
お互いの吐息が感じられるほどの距離。
彼女の瞳に映る俺。俺の瞳に映る彼女。
時間が永遠に止まってしまったかのようだった。
「……そろそろ、帰ろうか」
どちらからともなくそう囁いたのは、ほとんど同時だった。
俺たちは顔を見合わせて小さく笑う。
そして、名残惜しそうにゆっくりと立ち上がった。
繋いだ手のひらは、もう離すことはなかった。
帰り道、俺たちはもうはぐれることはないだろう。
なぜなら俺たちの心は、この夏の夜空の下で固く、固く結ばれたのだから。
それは、どんな未来の約束よりもずっと確かで、ずっと温かい、二人だけの最初の絆だった。
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