隣の席のクールな銀髪美少女、俺にだけデレるどころか未来の嫁だと宣言してきた

夏見ナイ

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第96話 安堵の涙、あるいは俺たちの勝利

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午後二時十七分。
時計の長針が、その呪われた一本の線を静かに越えた。
世界は何も変わらなかった。
部屋が揺れることも、窓の外で轟音が響くことも、電話が再び鳴り出すこともない。
ただいつもと変わらない、穏やかな午後の時間がそこにあるだけ。
カチ、カチ、と壁の時計の秒針が無機質に時を刻み続けている。
そのあまりにも平穏な現実。
それが逆に、俺たちの緊張を極限まで高めていた。

「……終わった、のか?」
俺のか細い声が、静寂に満ちた部屋に虚しく響いた。
目の前に座る冬花は、何も答えない。
ただその大きな碧色の瞳を、信じられないというように見開いたまま、時計と俺の顔を交互に見ている。
握りしめたお互いの手のひらには、じっとりと汗が滲んでいた。
まだだ。
まだ油断してはいけない。
運命が最後の、最後の罠を仕掛けてくるかもしれない。
俺たちは息を殺して、ただ時が過ぎるのを待った。

午後二時十八分。
十九分。
二十分。

時間だけが無情なほど正確に過ぎていく。
もう何も起こらない。
本当に終わったんだ。
俺たちが戦ってきた、あの巨大で理不尽な運命の干渉。
その全ての元凶となる分岐点が、今、確かに過ぎ去ったのだ。
俺は全身からふっと力が抜けていくのを感じた。
張り詰めていた緊張の糸が、ぷつりと音を立てて切れた。
「……ははっ」
俺の口から乾いた笑いが漏れた。
「……勝った。俺たち、本当に勝ったんだ……」
その実感がじわじわと体の芯から湧き上がってくる。
安堵感。
途方もない安堵感が津波のように、俺の全身を飲み込んでいった。
俺は隣にいる彼女の顔を見た。
「やったな、冬花! 俺たちの勝ちだ!」
俺が喜びを込めてそう言った、瞬間だった。

彼女の、その完璧な氷の仮面が。
ぱり、と音を立てて砕け散った。

彼女の大きな瞳から、ぽろりと一粒の涙がこぼれ落ちた。
そしてそれは堰を切ったように、次々と、次々と溢れ出してくる。
「……う」
彼女の唇からか細い嗚咽が漏れた。
それはすぐに声を殺した、しゃくり上げるような泣き声に変わった。
彼女は小さな子供のように、両手で自分の顔を覆った。
その華奢な肩が、激しく、激しく震えている。
今までずっと気丈に振る舞い続けてきた。
俺の前では決して弱さを見せまいと、完璧な司令官を演じ続けてきた。
その彼女が今、俺の目の前で声を上げて泣きじゃくっている。
未来からたった一人でこの時代に来て。
途方もない孤独と恐怖と戦い続けてきた。
俺を失うかもしれないという、絶望的な未来にたった一人で抗い続けてきた。
その彼女が今までずっと心の中に溜め込んできた、全ての感情。
それが今、安堵という引き金によって完全に決壊したのだ。
そのあまりにも痛々しくて、あまりにもいじらしい泣き声。
俺はもう何も言えなかった。
ただそっと立ち上がると、泣き崩れる彼女のその小さな体を力強く、そして壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめた。

「……うわあああああああん!」

俺の胸の中で彼女はついに、子供のように声を上げて泣き始めた。
その小さな背中を俺は優しく、何度も何度もさすり続ける。
彼女の熱い涙が、俺のセーターをどんどん濡らしていく。
それでよかった。
今はそれでいいんだ。
泣け。
好きなだけ泣けばいい。
お前が今まで一人で背負ってきた全てのものを、今ここで全部吐き出してしまえばいい。
俺が全部受け止めてやるから。

どのくらいそうしていただろうか。
彼女の激しい泣き声が少しずつ、しゃくり上げるような嗚咽に変わっていった頃。
俺は彼女の銀色の髪に自分の顔をうずめるようにして、囁いた。
そのたった一つの真実を。
俺たちの勝利を宣言するために。

「俺たちが、勝ったんだ」

俺のその力強い言葉。
それを聞いた彼女の体が、俺の腕の中でびくりと震えた。
彼女はゆっくりと顔を上げた。
その顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。あの完璧な美貌が台無しだ。
でも俺は、その顔が今まで見たどんな彼女の顔よりも一番愛おしいと思った。
俺はそんな彼女の潤んだ瞳を真っ直ぐに見つめ返して、微笑んだ。
「お前が守ってくれたんだ。俺たちの未来を」
俺がそう言うと、彼女はふるふると首を横に振った。
そして涙で濡れた声で、初めて反論した。
「……ちがいます」
「……優斗さんと、一緒だったからです」
「一人じゃ、絶対に無理でした……!」
その言葉。
それが俺が一番聞きたかった言葉だった。
俺はもう一度彼女を、強く、強く抱きしめた。
ああ、そうだ。
俺たちは勝ったんだ。
二人で力を合わせて、あのくだらなくて理不尽な運命に打ち勝ったんだ。
もう何も怖くない。
俺たちの未来を遮るものは、もう何もないのだから。
薄暗いカーテンの隙間から、ほんの少しだけ西日が差し込んできていた。
その温かい光が、まるで俺たちの新しい未来を祝福してくれているかのようだった。
俺たちの長い、長い戦いは、今、確かに終わりを告げたのだった。
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