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第7話:森のエルフ、シルフィ
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テルマの街から農園への帰り道。俺の足取りは驚くほど軽かった。
背負った袋には、新調したばかりの鋼鉄製のクワとシャベル、それに大量の種や苗木が入っている。腰の革袋には、ずしりとした金貨の重み。あの日、ガイウスに投げつけられた銀貨数枚とは比べ物にならない財産だ。
「これだけあれば、しばらくは安泰だな」
だが、浮かれてはいられない。俺のポーションの噂は、おそらくもう街中に広まっている。今はまだ「謎の薬師が作ったすごいポーション」で済んでいるが、出所が俺の農園だと知られるのも時間の問題だろう。そうなれば、厄介な連中が嗅ぎつけてくるかもしれない。
農園に戻った俺は、まず買ってきた道具を拠点に運び込んだ。鋼鉄製のクワは、これまでの安物とは輝きが違う。スキルで土を柔らかくできるとはいえ、頑丈な道具があればさらに作業効率が上がるはずだ。
一息つくと、俺はすぐにダンジョンへと向かった。
第一階層の草原は、昨日と何も変わらない穏やかな光景が広がっていた。俺はまず、ポーション草が群生している一角を、新しいクワで丁寧に耕した。ここに、収穫したポーション草から取った種を蒔き、栽培を試みるつもりだ。マナウォーターを定期的に撒けば、きっとすぐに芽吹くだろう。
次に、スタミナベリーの木から数本枝を切り取り、地上に持ち帰る。挿し木で増やせるかもしれないと思ったからだ。ダンジョン産の植物が地上で育つかは未知数だが、試してみる価値はある。
俺の生活は、地上とダンジョンを行き来する新たなサイクルで回り始めた。
地上では畑を広げ、野菜の種を蒔く。ダンジョンではポーション草を栽培し、未探索のエリアを少しずつ調べる。食事はダンジョンで採れた栄養満点のキノコやベリー。夜は満点の星空の下で眠る。
追放されたことなど、もう遠い昔の出来事のように感じられた。満ち足りた、静かで穏やかな日々。この生活がずっと続けばいい。俺は心からそう願っていた。
そんなある日の昼下がり。
俺が地上の畑で、種芋を植え付ける作業をしている時だった。
ふと、視線を感じた。
振り返るが、そこには誰もいない。ただ、広大な畑と、その向こうに広がる「嘆きの森」の木々が見えるだけだ。
気のせいか。俺はそう思い、作業を再開しようとした。
だが、視線は消えない。それどころか、ますます強くなっている。それは敵意とは違う、もっと純粋な探究心と警戒心が入り混じったような、鋭い視線だった。
俺はゆっくりと立ち上がり、森の方向を睨んだ。
「……そこにいるのは誰だ」
俺の声に応えるように、森の木々の間から、一人の人影がすっと姿を現した。
俺は思わず息を呑んだ。
現れたのは、一人のエルフだった。
陽光を反射して輝く銀色の長い髪。尖った耳。彫刻のように整った顔立ち。その姿は、まるで物語から抜け出してきたかのように幻想的で、人間離れした美しさをたたえていた。
歳は俺と同じくらいに見えるが、長命なエルフのことだ、実年齢は分からない。翠玉(すいぎょく)のような瞳が、真っ直ぐに俺を射抜いている。背中には美しい装飾が施された弓を背負い、腰には短剣を差していた。ただ者ではないことが、一目で分かった。
彼女は警戒を解かないまま、ゆっくりと森から出て、俺の畑の境界線で足を止めた。
「……あなたが、この土地の主ですか」
凛とした、鈴の鳴るような声だった。
「そうだが、あんたは?」
俺はクワを握りしめたまま、油断なく答えた。
「私の名はシルフィ。森を旅する薬師です」
彼女はそう名乗った。「単刀直入にお聞きします。数日前、テルマの街に突如として現れた特効薬……あのポーションを作ったのは、あなたですね?」
やはり、噂を聞きつけてきたか。
俺の警戒心はさらに強まった。ダンジョンのことは絶対に知られてはならない。
「……さあ、何のことだか」
俺がしらを切ると、シルフィはわずかに眉を寄せた。
「隠す必要はありません。この土地から、あのポーションと同じ……いいえ、それ以上に濃密な生命の気配がします。これほどの気配を発する薬草を育てられる人間など、そうはいないはずです」
彼女の翠の瞳が、俺の足元の土、そして畑全体を観察するように動く。
「それに、この土……。信じられないほど肥沃で、魔力を帯びている。まるで、世界樹の麓の土のようです」
俺は驚きを隠せなかった。このエルフは、ただの薬師ではない。一目見ただけで、この土地の異常性を見抜いている。
ごまかしは通用しない相手だと、瞬時に悟った。
「……そうだ。俺が作った」
俺が認めると、シルフィの瞳がわずかに輝いた。
「やはり。では、もう一つ質問を。あなたは、どんな薬草を材料にしたのですか? 私が知る限り、既存のどの薬草をどう調合しても、あのような奇跡的な効果は生まれません」
彼女の口調は、詰問というよりは、純粋な学術的好奇心に満ちていた。
俺は言葉を選びながら答える。
「あんたに教える義理はない。それは俺の商売の秘密だ」
「金銭が目的ではありません」
シルフィは即座に否定した。「私は、ある薬草を探しています。エルフの森に伝わる古文書にのみ記された、伝説の薬草……『生命の雫』を」
『生命の雫』。初めて聞く名前だった。
「その薬草は、あらゆる病を癒やし、傷を瞬時に再生させ、枯れた大地さえも蘇らせる力を持つと言われています。あなたのポーションには、その伝説の薬草と酷似した特性がある。私は、その手がかりを求めてここまで来たのです」
彼女の言葉には、切実な響きがあった。ただの興味本位ではない。何か、強い目的意識を持っている。
俺は少し考えた後、口を開いた。
「俺が使ったのは、この畑で偶然見つけた新種の薬草だ。名前は……『ポーション草』とでも呼んでおこう」
嘘ではない。ダンジョンは俺の畑の下にあるのだから、俺の畑で見つけたと言っても間違いではないはずだ。
「新種……。この土地で、ですか?」
「ああ。俺のスキルが、この土地と相性が良かったらしい」
シルフィは疑うように俺の顔をじっと見つめた。その視線は、人の心の奥底まで見透かすかのようだ。
しばらく沈黙が続いた。畑を渡る風の音だけが、やけに大きく聞こえる。
やがて、彼女は決心したように口を開いた。
「分かりました。あなたの言葉を信じましょう。ですが、納得するには足りません」
彼女は一歩、畑の中に足を踏み入れた。
「その『ポーション草』を、この目で見せていただくことはできませんか? 薬師として、伝説の真偽を確かめたいのです。決して、他言はしません。エルフの名にかけて誓います」
真剣な眼差しだった。そこに嘘や悪意は感じられない。ただ、薬草の真実を知りたいという、研究者としての純粋な探求心だけが燃えている。
だが、俺は躊躇した。
ポーション草はダンジョンの中にしかない。彼女に見せるには、あの入り口を、ダンジョンの存在を明かす必要がある。
このエルフは信用できるのか?
彼女をダンジョンに案内することが、この手に入れたばかりの平穏な生活を脅かすことにはならないか?
俺が秘密を明かした途端、彼女が豹変してすべてを奪おうとする可能性だって、ゼロではない。
「……どうして、そこまでしてその薬草を?」
俺は問いかけた。
シルフィは少し目を伏せ、遠い目をした。
「……故郷の森が、病んでいます。原因不明の病で、古き木々が次々と枯れているのです。エルフの賢者たちも、手の施しようがないと。もし『生命の雫』が実在するのなら、森を救えるかもしれない」
彼女の横顔に、深い憂いと悲しみが浮かんでいた。
故郷を救いたい。その一心で、彼女は旅をしているのだ。
俺の心は大きく揺れた。
追放され、孤独になった俺にとって、この農園は唯一の安息の地だ。誰にも邪魔されたくない。
だが、目の前には助けを求める者がいる。彼女の目的は、私利私欲ではない。
俺はどうするべきなのか。
クワを握る手に、じっとりと汗が滲んだ。
シルフィは、俺の答えを静かに待っていた。
背負った袋には、新調したばかりの鋼鉄製のクワとシャベル、それに大量の種や苗木が入っている。腰の革袋には、ずしりとした金貨の重み。あの日、ガイウスに投げつけられた銀貨数枚とは比べ物にならない財産だ。
「これだけあれば、しばらくは安泰だな」
だが、浮かれてはいられない。俺のポーションの噂は、おそらくもう街中に広まっている。今はまだ「謎の薬師が作ったすごいポーション」で済んでいるが、出所が俺の農園だと知られるのも時間の問題だろう。そうなれば、厄介な連中が嗅ぎつけてくるかもしれない。
農園に戻った俺は、まず買ってきた道具を拠点に運び込んだ。鋼鉄製のクワは、これまでの安物とは輝きが違う。スキルで土を柔らかくできるとはいえ、頑丈な道具があればさらに作業効率が上がるはずだ。
一息つくと、俺はすぐにダンジョンへと向かった。
第一階層の草原は、昨日と何も変わらない穏やかな光景が広がっていた。俺はまず、ポーション草が群生している一角を、新しいクワで丁寧に耕した。ここに、収穫したポーション草から取った種を蒔き、栽培を試みるつもりだ。マナウォーターを定期的に撒けば、きっとすぐに芽吹くだろう。
次に、スタミナベリーの木から数本枝を切り取り、地上に持ち帰る。挿し木で増やせるかもしれないと思ったからだ。ダンジョン産の植物が地上で育つかは未知数だが、試してみる価値はある。
俺の生活は、地上とダンジョンを行き来する新たなサイクルで回り始めた。
地上では畑を広げ、野菜の種を蒔く。ダンジョンではポーション草を栽培し、未探索のエリアを少しずつ調べる。食事はダンジョンで採れた栄養満点のキノコやベリー。夜は満点の星空の下で眠る。
追放されたことなど、もう遠い昔の出来事のように感じられた。満ち足りた、静かで穏やかな日々。この生活がずっと続けばいい。俺は心からそう願っていた。
そんなある日の昼下がり。
俺が地上の畑で、種芋を植え付ける作業をしている時だった。
ふと、視線を感じた。
振り返るが、そこには誰もいない。ただ、広大な畑と、その向こうに広がる「嘆きの森」の木々が見えるだけだ。
気のせいか。俺はそう思い、作業を再開しようとした。
だが、視線は消えない。それどころか、ますます強くなっている。それは敵意とは違う、もっと純粋な探究心と警戒心が入り混じったような、鋭い視線だった。
俺はゆっくりと立ち上がり、森の方向を睨んだ。
「……そこにいるのは誰だ」
俺の声に応えるように、森の木々の間から、一人の人影がすっと姿を現した。
俺は思わず息を呑んだ。
現れたのは、一人のエルフだった。
陽光を反射して輝く銀色の長い髪。尖った耳。彫刻のように整った顔立ち。その姿は、まるで物語から抜け出してきたかのように幻想的で、人間離れした美しさをたたえていた。
歳は俺と同じくらいに見えるが、長命なエルフのことだ、実年齢は分からない。翠玉(すいぎょく)のような瞳が、真っ直ぐに俺を射抜いている。背中には美しい装飾が施された弓を背負い、腰には短剣を差していた。ただ者ではないことが、一目で分かった。
彼女は警戒を解かないまま、ゆっくりと森から出て、俺の畑の境界線で足を止めた。
「……あなたが、この土地の主ですか」
凛とした、鈴の鳴るような声だった。
「そうだが、あんたは?」
俺はクワを握りしめたまま、油断なく答えた。
「私の名はシルフィ。森を旅する薬師です」
彼女はそう名乗った。「単刀直入にお聞きします。数日前、テルマの街に突如として現れた特効薬……あのポーションを作ったのは、あなたですね?」
やはり、噂を聞きつけてきたか。
俺の警戒心はさらに強まった。ダンジョンのことは絶対に知られてはならない。
「……さあ、何のことだか」
俺がしらを切ると、シルフィはわずかに眉を寄せた。
「隠す必要はありません。この土地から、あのポーションと同じ……いいえ、それ以上に濃密な生命の気配がします。これほどの気配を発する薬草を育てられる人間など、そうはいないはずです」
彼女の翠の瞳が、俺の足元の土、そして畑全体を観察するように動く。
「それに、この土……。信じられないほど肥沃で、魔力を帯びている。まるで、世界樹の麓の土のようです」
俺は驚きを隠せなかった。このエルフは、ただの薬師ではない。一目見ただけで、この土地の異常性を見抜いている。
ごまかしは通用しない相手だと、瞬時に悟った。
「……そうだ。俺が作った」
俺が認めると、シルフィの瞳がわずかに輝いた。
「やはり。では、もう一つ質問を。あなたは、どんな薬草を材料にしたのですか? 私が知る限り、既存のどの薬草をどう調合しても、あのような奇跡的な効果は生まれません」
彼女の口調は、詰問というよりは、純粋な学術的好奇心に満ちていた。
俺は言葉を選びながら答える。
「あんたに教える義理はない。それは俺の商売の秘密だ」
「金銭が目的ではありません」
シルフィは即座に否定した。「私は、ある薬草を探しています。エルフの森に伝わる古文書にのみ記された、伝説の薬草……『生命の雫』を」
『生命の雫』。初めて聞く名前だった。
「その薬草は、あらゆる病を癒やし、傷を瞬時に再生させ、枯れた大地さえも蘇らせる力を持つと言われています。あなたのポーションには、その伝説の薬草と酷似した特性がある。私は、その手がかりを求めてここまで来たのです」
彼女の言葉には、切実な響きがあった。ただの興味本位ではない。何か、強い目的意識を持っている。
俺は少し考えた後、口を開いた。
「俺が使ったのは、この畑で偶然見つけた新種の薬草だ。名前は……『ポーション草』とでも呼んでおこう」
嘘ではない。ダンジョンは俺の畑の下にあるのだから、俺の畑で見つけたと言っても間違いではないはずだ。
「新種……。この土地で、ですか?」
「ああ。俺のスキルが、この土地と相性が良かったらしい」
シルフィは疑うように俺の顔をじっと見つめた。その視線は、人の心の奥底まで見透かすかのようだ。
しばらく沈黙が続いた。畑を渡る風の音だけが、やけに大きく聞こえる。
やがて、彼女は決心したように口を開いた。
「分かりました。あなたの言葉を信じましょう。ですが、納得するには足りません」
彼女は一歩、畑の中に足を踏み入れた。
「その『ポーション草』を、この目で見せていただくことはできませんか? 薬師として、伝説の真偽を確かめたいのです。決して、他言はしません。エルフの名にかけて誓います」
真剣な眼差しだった。そこに嘘や悪意は感じられない。ただ、薬草の真実を知りたいという、研究者としての純粋な探求心だけが燃えている。
だが、俺は躊躇した。
ポーション草はダンジョンの中にしかない。彼女に見せるには、あの入り口を、ダンジョンの存在を明かす必要がある。
このエルフは信用できるのか?
彼女をダンジョンに案内することが、この手に入れたばかりの平穏な生活を脅かすことにはならないか?
俺が秘密を明かした途端、彼女が豹変してすべてを奪おうとする可能性だって、ゼロではない。
「……どうして、そこまでしてその薬草を?」
俺は問いかけた。
シルフィは少し目を伏せ、遠い目をした。
「……故郷の森が、病んでいます。原因不明の病で、古き木々が次々と枯れているのです。エルフの賢者たちも、手の施しようがないと。もし『生命の雫』が実在するのなら、森を救えるかもしれない」
彼女の横顔に、深い憂いと悲しみが浮かんでいた。
故郷を救いたい。その一心で、彼女は旅をしているのだ。
俺の心は大きく揺れた。
追放され、孤独になった俺にとって、この農園は唯一の安息の地だ。誰にも邪魔されたくない。
だが、目の前には助けを求める者がいる。彼女の目的は、私利私欲ではない。
俺はどうするべきなのか。
クワを握る手に、じっとりと汗が滲んだ。
シルフィは、俺の答えを静かに待っていた。
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