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第6話:街での噂
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半日ほど歩き、テルマの街の門が見えてきた。
以前に来た時とは、まるで違う気分だった。あの時は追放された直後で、心は不安と焦燥感で満たされていた。だが今は違う。背負った袋の中にある十数本の小瓶が、俺に確かな自信を与えてくれていた。
街の中は相変わらず活気に満ちている。市場の呼び声、子供たちのはしゃぐ声、荷馬車が石畳を駆ける音。それらの音が、心地よいBGMのように聞こえた。
俺が向かう先は一つ。冒険者ギルドだ。
ポーションのような特殊なアイテムを正当な価格で、かつ安全に売るにはギルドを通すのが一番手っ取り早い。それに、俺が作ったポーションの価値を最も正確に判断できるのも、日頃から薬や魔道具を扱っているギルドの人間のはずだ。
ギルドの建物は街の広場に面して建っている。年季の入った木造の扉を押し開けると、酒と汗の匂いが混じった熱気が顔を撫でた。中では、いかにもといった風体の冒険者たちが、酒を酌み交わしたり依頼書を眺めたりして騒いでいる。王都の洗練されたギルドとは違う、辺境らしい荒々しさがそこにはあった。
俺は人々の視線を避けるように壁際を歩き、一番奥にある買取カウンターへと向かった。
カウンターの向こう側では、亜麻色の髪をポニーテールにした女性職員が、退屈そうに頬杖をついていた。胸元のネームプレートには「エリーゼ」と書かれている。
「すみません。買い取ってほしいものが」
俺が声をかけると、彼女は気だるげに顔を上げた。そして、フードを目深にかぶった俺の姿と、背負った汚れた袋を見て、露骨に眉をひそめた。
「……はいはい。依頼の達成報告はあちらの窓口ですよ。ここで受け付けるのは素材とか、アイテムの類だけです」
どうやら、ゴブリンの耳でも持ってきた新米冒険者だと思われたらしい。
「いえ、アイテムの買取で間違いありません」
俺はそう言うと、背負い袋の中から布に包んだ小瓶を一つ取り出し、カウンターの上にそっと置いた。手作り感満載の、歪なガラス瓶だ。
エリーゼはそれを一瞥すると、ふんと鼻を鳴らした。
「ポーションですか。自作のもの? 悪いことは言いません、品質の低いポーションは買い叩かれますよ。薬草をそのまま売った方がマシな値段になることもあります」
その態度は、俺のポーションをガラクタだと決めつけているようだった。まあ、無理もない。こんな得体の知れない男が持ってきた手製の薬など、誰も信用しないだろう。
「とにかく、鑑定をお願いします」
俺は冷静に言った。
「はぁ……分かりました。鑑定料は買取価格から引かせてもらいますからね」
エリーゼは面倒くさそうに言うと、カウンターの下から手のひらサイズの水晶玉を取り出した。鑑定用の魔道具だ。彼女は水晶玉を小瓶にかざし、魔力を流し込み始めた。
「えーっと、成分は……ポーション草と、清浄な水。純度は……」
鑑定を進める彼女の顔が、次第に険しくなっていく。最初は退屈そうだった瞳が、驚きに見開かれていった。
「純度、測定不能……? なにこれ。回復効果、特Aランク……いや、測定限界を超えてる……!?」
彼女の口から漏れた呟きは、思ったよりも大きかった。近くで飲んでいた冒険者たちが「なんだなんだ」とこちらに視線を向ける。
「そ、そんなはずは……! 魔道具の故障かしら……!」
エリーゼは額に汗を浮かべ、何度も水晶玉を覗き込んだ。だが、結果は変わらない。彼女の顔はみるみるうちに青ざめていった。
「あ、あの……! お、お客様! このポーションは、一体……!」
先ほどまでの侮った態度はどこへやら。彼女はすっかり狼狽していた。
「見ての通りの、ただのポーションです」
俺が平然と答えると、彼女は信じられないという顔で俺と小瓶を交互に見た。
その時だった。
ギルドの扉が勢いよく開き、屈強な男たちが数人なだれ込んできた。そのうちの一人は左腕から血を流しており、仲間の方に担がれている。
「くそっ! ワイルドボアの牙が思ったより深かった!」
「エリーゼさん! ポーションを! 一番高いやつを頼む!」
ギルド内がにわかに騒がしくなる。
エリーゼは負傷した冒険者を見てハッとした顔をすると、俺に向かって懇願するように言った。
「お、お客様! もしよろしければ、そのポーションの効果を、ここで試させて頂けませんか!? もちろん、代金はこちらで……!」
渡りに船とはこのことだ。実物を見せるのが、一番の証明になる。
「いいですよ。ただし、瓶ごと渡すわけにはいきません。俺が直接使います」
「は、はい! お願いします!」
俺はエリーゼの許可を得てカウンターから出ると、負傷した冒険者の元へ歩み寄った。彼は痛みで顔を歪めている。傷は深く、骨まで見えそうなほどだった。これほどの傷なら、最高級ポーションでも完治には数日を要するだろう。
「動かないでください」
俺は短く告げると、小瓶の蓋を開け、傷口に緑色の液体をほんの一滴だけ、垂らした。
次の瞬間、その場にいた全員が息を呑んだ。
液体が傷に触れた途端、眩いほどの緑の光が溢れ出す。まるで小さな太陽がそこにあるかのようだ。光は傷口を完全に覆い隠し、温かい魔力が周囲に満ちていく。
数秒後、光が収まった時、そこには信じられない光景が広がっていた。
あれほど深かった傷は、跡形もなく消え去っていた。
血も、裂けた皮膚も、何もかもが元通りになっている。まるで、最初から何もなかったかのように。
「……は?」
怪我をしていた冒険者本人が、一番呆然としていた。彼は自分の腕を何度もさすり、信じられないという表情で固まっている。
「き、傷が……消えた……? 痛みも、全くない……」
静寂がギルドを支配した。
酒場の喧騒が、嘘のように止まっている。誰もが、目の前で起こった奇跡に言葉を失っていた。
最初に我に返ったのは、買取係のエリーゼだった。
彼女はカウンターから駆け寄ってくると、俺の前に立ち、深々と頭を下げた。
「も、申し訳ありませんでした! わたくしは、とんでもないものを見て見ぬふりをするところでした! この通り、お詫びいたします!」
その見事な土下座に、今度は別の意味でギルドがどよめいた。
「おいおい、ギルドのエリーゼが頭を下げてるぞ」
「一体何なんだ、あのポーションは……」
「聖女様の奇跡かよ……」
俺はエリーゼに頭を上げるように促すと、静かに告げた。
「これと同じものが、あと十数本あります。全部、買い取ってもらえますか」
「もちろんです! ぜひ! ぜひ、お売りください!」
エリーゼは勢いよく立ち上がると、俺をVIPルームへと案内した。残された冒険者たちは、まだ呆然としながら、俺たちが消えた方角を見つめていた。
結局、俺のポーションはギルドが提示できる最高額で買い取られることになった。手渡された革袋はずしりと重く、中には金貨が何枚も入っていた。追放された時に渡されたはした金とは、比べ物にならない大金だ。
俺がギルドを後にすると、すぐにギルドマスターの元へ報告が飛んだらしい。
『謎の男が、奇跡のポーションを持ち込んだ』
その噂は、テルマの街の冒険者たちの間で、瞬く間に広がっていった。
俺の静かな農園生活は、俺が思うよりもずっと早く、世間の注目を浴びることになりそうだった。
以前に来た時とは、まるで違う気分だった。あの時は追放された直後で、心は不安と焦燥感で満たされていた。だが今は違う。背負った袋の中にある十数本の小瓶が、俺に確かな自信を与えてくれていた。
街の中は相変わらず活気に満ちている。市場の呼び声、子供たちのはしゃぐ声、荷馬車が石畳を駆ける音。それらの音が、心地よいBGMのように聞こえた。
俺が向かう先は一つ。冒険者ギルドだ。
ポーションのような特殊なアイテムを正当な価格で、かつ安全に売るにはギルドを通すのが一番手っ取り早い。それに、俺が作ったポーションの価値を最も正確に判断できるのも、日頃から薬や魔道具を扱っているギルドの人間のはずだ。
ギルドの建物は街の広場に面して建っている。年季の入った木造の扉を押し開けると、酒と汗の匂いが混じった熱気が顔を撫でた。中では、いかにもといった風体の冒険者たちが、酒を酌み交わしたり依頼書を眺めたりして騒いでいる。王都の洗練されたギルドとは違う、辺境らしい荒々しさがそこにはあった。
俺は人々の視線を避けるように壁際を歩き、一番奥にある買取カウンターへと向かった。
カウンターの向こう側では、亜麻色の髪をポニーテールにした女性職員が、退屈そうに頬杖をついていた。胸元のネームプレートには「エリーゼ」と書かれている。
「すみません。買い取ってほしいものが」
俺が声をかけると、彼女は気だるげに顔を上げた。そして、フードを目深にかぶった俺の姿と、背負った汚れた袋を見て、露骨に眉をひそめた。
「……はいはい。依頼の達成報告はあちらの窓口ですよ。ここで受け付けるのは素材とか、アイテムの類だけです」
どうやら、ゴブリンの耳でも持ってきた新米冒険者だと思われたらしい。
「いえ、アイテムの買取で間違いありません」
俺はそう言うと、背負い袋の中から布に包んだ小瓶を一つ取り出し、カウンターの上にそっと置いた。手作り感満載の、歪なガラス瓶だ。
エリーゼはそれを一瞥すると、ふんと鼻を鳴らした。
「ポーションですか。自作のもの? 悪いことは言いません、品質の低いポーションは買い叩かれますよ。薬草をそのまま売った方がマシな値段になることもあります」
その態度は、俺のポーションをガラクタだと決めつけているようだった。まあ、無理もない。こんな得体の知れない男が持ってきた手製の薬など、誰も信用しないだろう。
「とにかく、鑑定をお願いします」
俺は冷静に言った。
「はぁ……分かりました。鑑定料は買取価格から引かせてもらいますからね」
エリーゼは面倒くさそうに言うと、カウンターの下から手のひらサイズの水晶玉を取り出した。鑑定用の魔道具だ。彼女は水晶玉を小瓶にかざし、魔力を流し込み始めた。
「えーっと、成分は……ポーション草と、清浄な水。純度は……」
鑑定を進める彼女の顔が、次第に険しくなっていく。最初は退屈そうだった瞳が、驚きに見開かれていった。
「純度、測定不能……? なにこれ。回復効果、特Aランク……いや、測定限界を超えてる……!?」
彼女の口から漏れた呟きは、思ったよりも大きかった。近くで飲んでいた冒険者たちが「なんだなんだ」とこちらに視線を向ける。
「そ、そんなはずは……! 魔道具の故障かしら……!」
エリーゼは額に汗を浮かべ、何度も水晶玉を覗き込んだ。だが、結果は変わらない。彼女の顔はみるみるうちに青ざめていった。
「あ、あの……! お、お客様! このポーションは、一体……!」
先ほどまでの侮った態度はどこへやら。彼女はすっかり狼狽していた。
「見ての通りの、ただのポーションです」
俺が平然と答えると、彼女は信じられないという顔で俺と小瓶を交互に見た。
その時だった。
ギルドの扉が勢いよく開き、屈強な男たちが数人なだれ込んできた。そのうちの一人は左腕から血を流しており、仲間の方に担がれている。
「くそっ! ワイルドボアの牙が思ったより深かった!」
「エリーゼさん! ポーションを! 一番高いやつを頼む!」
ギルド内がにわかに騒がしくなる。
エリーゼは負傷した冒険者を見てハッとした顔をすると、俺に向かって懇願するように言った。
「お、お客様! もしよろしければ、そのポーションの効果を、ここで試させて頂けませんか!? もちろん、代金はこちらで……!」
渡りに船とはこのことだ。実物を見せるのが、一番の証明になる。
「いいですよ。ただし、瓶ごと渡すわけにはいきません。俺が直接使います」
「は、はい! お願いします!」
俺はエリーゼの許可を得てカウンターから出ると、負傷した冒険者の元へ歩み寄った。彼は痛みで顔を歪めている。傷は深く、骨まで見えそうなほどだった。これほどの傷なら、最高級ポーションでも完治には数日を要するだろう。
「動かないでください」
俺は短く告げると、小瓶の蓋を開け、傷口に緑色の液体をほんの一滴だけ、垂らした。
次の瞬間、その場にいた全員が息を呑んだ。
液体が傷に触れた途端、眩いほどの緑の光が溢れ出す。まるで小さな太陽がそこにあるかのようだ。光は傷口を完全に覆い隠し、温かい魔力が周囲に満ちていく。
数秒後、光が収まった時、そこには信じられない光景が広がっていた。
あれほど深かった傷は、跡形もなく消え去っていた。
血も、裂けた皮膚も、何もかもが元通りになっている。まるで、最初から何もなかったかのように。
「……は?」
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「き、傷が……消えた……? 痛みも、全くない……」
静寂がギルドを支配した。
酒場の喧騒が、嘘のように止まっている。誰もが、目の前で起こった奇跡に言葉を失っていた。
最初に我に返ったのは、買取係のエリーゼだった。
彼女はカウンターから駆け寄ってくると、俺の前に立ち、深々と頭を下げた。
「も、申し訳ありませんでした! わたくしは、とんでもないものを見て見ぬふりをするところでした! この通り、お詫びいたします!」
その見事な土下座に、今度は別の意味でギルドがどよめいた。
「おいおい、ギルドのエリーゼが頭を下げてるぞ」
「一体何なんだ、あのポーションは……」
「聖女様の奇跡かよ……」
俺はエリーゼに頭を上げるように促すと、静かに告げた。
「これと同じものが、あと十数本あります。全部、買い取ってもらえますか」
「もちろんです! ぜひ! ぜひ、お売りください!」
エリーゼは勢いよく立ち上がると、俺をVIPルームへと案内した。残された冒険者たちは、まだ呆然としながら、俺たちが消えた方角を見つめていた。
結局、俺のポーションはギルドが提示できる最高額で買い取られることになった。手渡された革袋はずしりと重く、中には金貨が何枚も入っていた。追放された時に渡されたはした金とは、比べ物にならない大金だ。
俺がギルドを後にすると、すぐにギルドマスターの元へ報告が飛んだらしい。
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