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第9話:ダンジョンと農業のサイクル
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シルフィが仲間になってから、俺の農園生活は一変した。
これまで一人きりだった食事は、二人で焚き火を囲む賑やかなものになった。俺がダンジョン産のキノコでスープを作り、シルフィが森で摘んできた香草で風味を添える。他愛もない会話を交わしながら食べる食事は、一人で食べるよりもずっと美味しく感じられた。
彼女は言った通り、寝床は農園の端にある樫の木にハンモックのようなものを吊るして確保していた。朝は俺より早く起き、森の夜露を集めて顔を洗い、瞑想するのが日課らしい。エルフの生活様式は、俺の知らないことばかりで興味深かった。
そして何より、彼女の薬師としての知識は本物だった。
「アルフォンス。そのポーション草は、すり潰す前に少しだけ乾燥させた方が成分が安定します。あと、マナウォーターと混ぜる際の比率は、一対三が黄金比のようです」
シルフィは俺が自己流で作っていたポーションの製造工程を、数日で見事に体系化してしまった。彼女の助言通りに作ったポーションは、以前のものよりさらに効果が高まり、緑色の輝きも増している。
「このスタミナベリーは、ジャムにすれば長期保存が可能です。この葉は解毒作用がありますね。捨ててしまうのはもったいないです」
彼女はダンジョン産の植物を次々と鑑定し、その新たな可能性を見出していく。俺の漠然とした鑑定能力と、彼女の体系的な薬草学の知識。その二つが合わさることで、俺たちの農園はただの食料生産地から、魔法の薬品を生み出す工房へと姿を変えつつあった。
その日も、俺たちは二人でダンジョンに潜っていた。
目的は、ポーション草の栽培区画の手入れと、新たな植物の探索だ。第一階層の穏やかな空間は、もはや俺たちにとって第二の畑と言ってもよかった。
「順調に育っていますね。地上よりも明らかに成長が早い」
シルフィが、俺たちが植えたポーション草の芽を優しく撫でながら言う。まだ植えて数日しか経っていないのに、もう五センチほどに伸びていた。
「この調子なら、すぐに収穫できそうだ」
俺も満足げに頷く。
そんな穏やかな作業の最中だった。
突如、ズシン、という鈍い振動が足元から伝わってきた。
「……今の、揺れか?」
俺が顔を上げると、シルフィも弓に手をかけ、警戒した表情で周囲を見渡していた。
ズズン……。
今度は、先ほどよりも強い揺れが襲う。草原の地面が、まるで生き物のように波打った。
「何か来る……!」
シルフィが鋭く叫んだ。
その言葉を合図にしたかのように、俺たちの目の前の地面が、大きく盛り上がり始めた。土が内側から押し上げられ、巨大な塚がみるみるうちに形成されていく。
そして、次の瞬間。
土が爆ぜ、中から巨大な何かが姿を現した。
「グルオオオ!」
低い咆哮と共に現れたのは、巨大なモグラだった。
全長は三メートルほど。黒光りする体毛は硬質で、鎧のようだ。何よりも目を引くのは、その両腕の先についている巨大な爪。鋼鉄さえも容易く引き裂けそうな、凶悪な刃物だった。
「モンスター……!」
俺は思わず後ずさった。このダンジョンで、初めて遭遇する敵性生物。
シルフィはすでに弓を番え、その切っ先を巨大モグラに向けていた。
「アルフォンス、下がっていてください! こいつはジャイアントモール。土を掘り進む力も爪の威力も脅威ですが、動きは鈍いはずです!」
シルフィの言葉は冷静だったが、その額には汗が滲んでいる。Aランクパーティにいた俺にも分かる。あのモンスターは、少なくともCランク以上の実力を持っている。
だが、ここは俺のダンジョンだ。俺の畑だ。
見知らぬ魔物に、好き勝手されてたまるか。
「いや、俺も戦う」
俺はシルフィの前に立つと、地面に両手をつけた。
戦闘は苦手だ。直接的な攻撃スキルもない。だが、この空間は俺に味方してくれる。
「グルアアア!」
ジャイアントモールが、俺たちを敵と認識して突進してくる。その巨体が迫るだけで、凄まじい圧迫感があった。
「土よ、沼になれ!」
俺はスキルを発動させた。
ジャイアントモールが踏みしめる足元の地面が、瞬時に水分を吸って泥濘へと変わる。
「グ!?」
勢いよく突っ込んできたジャイアントモールは、足を取られてバランスを崩した。その巨体が、ずぶずぶと泥の中に沈んでいく。
「今です!」
俺の叫びに合わせ、シルフィが矢を放った。
ヒュッ、と風を切る音がして、矢は正確にジャイアントモールの右目を射抜いた。
「ギイイイイイッ!」
甲高い悲鳴を上げ、ジャイアントモールが暴れ狂う。泥を撒き散らし、がむしゃらに俺たちへ爪を振り回した。
危ない!
俺はシルフィの前に土の壁を瞬時に作り出し、爪の攻撃を防いだ。ガギン、と硬い音がして、土壁に深い亀裂が入る。だが、完全に破壊されるまでには至らない。
「アルフォンス!」
「まだだ!」
俺はさらにスキルに意識を集中する。
泥に沈み、自由を奪われたジャイアントモールの真下。その地面を、槍のように鋭く硬化させるイメージ。
「突き抜けろ!」
ドゴォッ!
轟音と共に、硬化した土の槍が地面を突き破り、ジャイアントモールの腹を串刺しにした。
「グ……ガ……」
巨体が大きく痙攣し、やがてその動きを完全に止めた。
静寂が戻る。
俺は荒い息をつきながら、その場にへたり込んだ。スキルを戦闘で、しかもこれほど大規模に使ったのは初めてだ。体中の魔力がごっそりと持っていかれたような疲労感があった。
「大丈夫ですか、アルフォンス!」
シルフィが駆け寄ってくる。
「ああ、なんとかな……。あんたこそ、怪我はないか?」
「はい。あなたのスキルのおかげです。まさか、【土いじり】にこのような力があったとは……」
シルフィは驚嘆の目で、俺と、俺が生み出した土の壁や槍を見比べていた。
俺たちは、仕留めたジャイアントモールの死骸の前に立った。
「しかし、困りましたね。これだけ大きいと、どう処理したものか……」
シルフィが言う通りだった。このまま放置すれば腐敗し、この清浄な空間を汚してしまうだろう。
その時、俺はふと思いついた。
このダンジョン内の植物なら鑑定できた。なら、モンスターもできるんじゃないか?
俺はジャイアントモールの死骸に、おそるおそる手を触れてみた。
すると、頭の中に再び情報が流れ込んできた。
【ジャイアントモールの死骸:鑑定結果】
【効果:極上の魔力肥料となる。土に還すことで、土壌を大幅に改良し、植物の成長を著しく促進する。爪と毛皮は素材として利用可能。】
【状態:極めて新鮮。】
「……肥料に、なる……?」
俺は鑑定結果をシルフィに伝えた。彼女は最初こそ驚いていたが、やがて納得したように頷いた。
「なるほど……。このダンジョンでは、命の循環が完結しているのですね。モンスターさえも、大地を豊かにする恵みとなる……」
俺たちは顔を見合わせた。
これは、とてつもない発見だった。
モンスターを倒す。その死骸が肥料になる。その肥料で土が豊かになり、より優れた薬草や作物が育つ。
ダンジョンでの戦闘が、直接的に農業の発展に繋がる。
完璧なサイクルが、そこにはあった。
「アルフォンス。このダンジョンは、あなたのためのものなのかもしれません」
シルフィが、どこか畏敬の念を込めた瞳で俺を見つめる。
俺はジャイアントモールの死骸に再び手を触れた。
「土に還れ」
スキルを発動させると、巨大な死骸はゆっくりと地面に沈み込み、やがて完全に土の中に溶けて消えた。
そして、死骸が消えた場所の土は、目に見えて黒々と、そして生命力に満ちたものに変わっていた。
俺たちの農園は、新たなステージへと足を踏み入れた。
それは、ただの穏やかなスローライフではない。危険と恵みが表裏一体となった、もっとダイナミックな何かの始まりだった。
これまで一人きりだった食事は、二人で焚き火を囲む賑やかなものになった。俺がダンジョン産のキノコでスープを作り、シルフィが森で摘んできた香草で風味を添える。他愛もない会話を交わしながら食べる食事は、一人で食べるよりもずっと美味しく感じられた。
彼女は言った通り、寝床は農園の端にある樫の木にハンモックのようなものを吊るして確保していた。朝は俺より早く起き、森の夜露を集めて顔を洗い、瞑想するのが日課らしい。エルフの生活様式は、俺の知らないことばかりで興味深かった。
そして何より、彼女の薬師としての知識は本物だった。
「アルフォンス。そのポーション草は、すり潰す前に少しだけ乾燥させた方が成分が安定します。あと、マナウォーターと混ぜる際の比率は、一対三が黄金比のようです」
シルフィは俺が自己流で作っていたポーションの製造工程を、数日で見事に体系化してしまった。彼女の助言通りに作ったポーションは、以前のものよりさらに効果が高まり、緑色の輝きも増している。
「このスタミナベリーは、ジャムにすれば長期保存が可能です。この葉は解毒作用がありますね。捨ててしまうのはもったいないです」
彼女はダンジョン産の植物を次々と鑑定し、その新たな可能性を見出していく。俺の漠然とした鑑定能力と、彼女の体系的な薬草学の知識。その二つが合わさることで、俺たちの農園はただの食料生産地から、魔法の薬品を生み出す工房へと姿を変えつつあった。
その日も、俺たちは二人でダンジョンに潜っていた。
目的は、ポーション草の栽培区画の手入れと、新たな植物の探索だ。第一階層の穏やかな空間は、もはや俺たちにとって第二の畑と言ってもよかった。
「順調に育っていますね。地上よりも明らかに成長が早い」
シルフィが、俺たちが植えたポーション草の芽を優しく撫でながら言う。まだ植えて数日しか経っていないのに、もう五センチほどに伸びていた。
「この調子なら、すぐに収穫できそうだ」
俺も満足げに頷く。
そんな穏やかな作業の最中だった。
突如、ズシン、という鈍い振動が足元から伝わってきた。
「……今の、揺れか?」
俺が顔を上げると、シルフィも弓に手をかけ、警戒した表情で周囲を見渡していた。
ズズン……。
今度は、先ほどよりも強い揺れが襲う。草原の地面が、まるで生き物のように波打った。
「何か来る……!」
シルフィが鋭く叫んだ。
その言葉を合図にしたかのように、俺たちの目の前の地面が、大きく盛り上がり始めた。土が内側から押し上げられ、巨大な塚がみるみるうちに形成されていく。
そして、次の瞬間。
土が爆ぜ、中から巨大な何かが姿を現した。
「グルオオオ!」
低い咆哮と共に現れたのは、巨大なモグラだった。
全長は三メートルほど。黒光りする体毛は硬質で、鎧のようだ。何よりも目を引くのは、その両腕の先についている巨大な爪。鋼鉄さえも容易く引き裂けそうな、凶悪な刃物だった。
「モンスター……!」
俺は思わず後ずさった。このダンジョンで、初めて遭遇する敵性生物。
シルフィはすでに弓を番え、その切っ先を巨大モグラに向けていた。
「アルフォンス、下がっていてください! こいつはジャイアントモール。土を掘り進む力も爪の威力も脅威ですが、動きは鈍いはずです!」
シルフィの言葉は冷静だったが、その額には汗が滲んでいる。Aランクパーティにいた俺にも分かる。あのモンスターは、少なくともCランク以上の実力を持っている。
だが、ここは俺のダンジョンだ。俺の畑だ。
見知らぬ魔物に、好き勝手されてたまるか。
「いや、俺も戦う」
俺はシルフィの前に立つと、地面に両手をつけた。
戦闘は苦手だ。直接的な攻撃スキルもない。だが、この空間は俺に味方してくれる。
「グルアアア!」
ジャイアントモールが、俺たちを敵と認識して突進してくる。その巨体が迫るだけで、凄まじい圧迫感があった。
「土よ、沼になれ!」
俺はスキルを発動させた。
ジャイアントモールが踏みしめる足元の地面が、瞬時に水分を吸って泥濘へと変わる。
「グ!?」
勢いよく突っ込んできたジャイアントモールは、足を取られてバランスを崩した。その巨体が、ずぶずぶと泥の中に沈んでいく。
「今です!」
俺の叫びに合わせ、シルフィが矢を放った。
ヒュッ、と風を切る音がして、矢は正確にジャイアントモールの右目を射抜いた。
「ギイイイイイッ!」
甲高い悲鳴を上げ、ジャイアントモールが暴れ狂う。泥を撒き散らし、がむしゃらに俺たちへ爪を振り回した。
危ない!
俺はシルフィの前に土の壁を瞬時に作り出し、爪の攻撃を防いだ。ガギン、と硬い音がして、土壁に深い亀裂が入る。だが、完全に破壊されるまでには至らない。
「アルフォンス!」
「まだだ!」
俺はさらにスキルに意識を集中する。
泥に沈み、自由を奪われたジャイアントモールの真下。その地面を、槍のように鋭く硬化させるイメージ。
「突き抜けろ!」
ドゴォッ!
轟音と共に、硬化した土の槍が地面を突き破り、ジャイアントモールの腹を串刺しにした。
「グ……ガ……」
巨体が大きく痙攣し、やがてその動きを完全に止めた。
静寂が戻る。
俺は荒い息をつきながら、その場にへたり込んだ。スキルを戦闘で、しかもこれほど大規模に使ったのは初めてだ。体中の魔力がごっそりと持っていかれたような疲労感があった。
「大丈夫ですか、アルフォンス!」
シルフィが駆け寄ってくる。
「ああ、なんとかな……。あんたこそ、怪我はないか?」
「はい。あなたのスキルのおかげです。まさか、【土いじり】にこのような力があったとは……」
シルフィは驚嘆の目で、俺と、俺が生み出した土の壁や槍を見比べていた。
俺たちは、仕留めたジャイアントモールの死骸の前に立った。
「しかし、困りましたね。これだけ大きいと、どう処理したものか……」
シルフィが言う通りだった。このまま放置すれば腐敗し、この清浄な空間を汚してしまうだろう。
その時、俺はふと思いついた。
このダンジョン内の植物なら鑑定できた。なら、モンスターもできるんじゃないか?
俺はジャイアントモールの死骸に、おそるおそる手を触れてみた。
すると、頭の中に再び情報が流れ込んできた。
【ジャイアントモールの死骸:鑑定結果】
【効果:極上の魔力肥料となる。土に還すことで、土壌を大幅に改良し、植物の成長を著しく促進する。爪と毛皮は素材として利用可能。】
【状態:極めて新鮮。】
「……肥料に、なる……?」
俺は鑑定結果をシルフィに伝えた。彼女は最初こそ驚いていたが、やがて納得したように頷いた。
「なるほど……。このダンジョンでは、命の循環が完結しているのですね。モンスターさえも、大地を豊かにする恵みとなる……」
俺たちは顔を見合わせた。
これは、とてつもない発見だった。
モンスターを倒す。その死骸が肥料になる。その肥料で土が豊かになり、より優れた薬草や作物が育つ。
ダンジョンでの戦闘が、直接的に農業の発展に繋がる。
完璧なサイクルが、そこにはあった。
「アルフォンス。このダンジョンは、あなたのためのものなのかもしれません」
シルフィが、どこか畏敬の念を込めた瞳で俺を見つめる。
俺はジャイアントモールの死骸に再び手を触れた。
「土に還れ」
スキルを発動させると、巨大な死骸はゆっくりと地面に沈み込み、やがて完全に土の中に溶けて消えた。
そして、死骸が消えた場所の土は、目に見えて黒々と、そして生命力に満ちたものに変わっていた。
俺たちの農園は、新たなステージへと足を踏み入れた。
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