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第51話:没落した元リーダー
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第一回の収穫祭を終えたアルカディア村は、新たな季節の訪れと共にさらなる発展の段階へと足を踏み入れていた。
冬に向けた備えは万全だった。村の共同倉庫には収穫された小麦や野菜が山と積まれ、リズベットの工房で開発された燻製機を使えば、ダンジョンで手に入る肉類も長期保存が可能になった。
シルバークレイン商会との交易も軌道に乗り、村は経済的にも文化的にも日に日に豊かになっていく。人々は安定した暮らしの中で未来への希望を語り合い、子供たちの笑い声が村のあちこちで響いていた。
俺たちの理想郷は、確かな形をもってここに存在していた。
そんな穏やかな昼下がり。
村の門で見張りをしていた元兵士の男が、慌てた様子で俺の元へと駆け込んできた。
「りょ、領主様! 門の前に、ひどく……その、みすぼらしい男が倒れておりまして……」
俺がリズベットと共に門へと向かうと、そこには一人の男がうずくまっていた。
身につけている革鎧は擦り切れ、所々が破れている。腰に差した剣は錆びつき、手入れされた形跡がない。髪は伸び放題で顔は無精髭に覆われ、やつれきっている。全身から酸っぱい酒と汗の匂いが漂っていた。
だが、その顔には見覚えがあった。
たとえどれほど落ちぶれようとも、忘れるはずがない。
「……ガイウス」
俺が呟いたその名前に、男はゆっくりと顔を上げた。
その虚ろな瞳が俺の姿を捉える。そして俺の隣に立つリズベット、その後ろに広がる豊かで平和な村の光景を見て、彼の瞳にどす黒い嫉妬と憎悪の光が宿った。
元Aランクパーティ「竜の牙」のリーダー、ガイウス。
俺を追放した張本人が、こんな形で俺の前に再び姿を現したのだ。
「……よお、アルフォンス。ずいぶんと良い暮らしをしているじゃねえか」
ガイウスはふらつきながらも立ち上がった。その声はかすれ、以前のような覇気は微塵も感じられない。
「何の用だ」
俺は静かに問いかけた。
「何の用だ、だと? ハッ、白々しいことを言うな」
ガイウスは唾を吐き捨てるように言った。「王都で噂を聞いたぜ。辺境の地に奇跡のポーションを生み出す楽園がある、と。その領主はアルフォンスという若い男……まさかとは思ったが、本当に、お前だったとはな」
彼は村を囲む巨大な壁を見上げ、そして働くゴンスケたちを忌々しげに睨みつけた。
「……運が良かっただけの、雑用係が」
その言葉に、隣のリズベットの眉がぴくりと動いた。彼女は俺とガイウスの間にただならぬ因縁があることを察し、黙って状況を見守っている。
「運か。そうかもしれないな」
俺は彼の挑発には乗らなかった。「だが、その運を掴んでこの村を育ててきたのは、俺と、ここにいる仲間たちだ。お前には関係のないことだ」
「関係なくはないさ」
ガイウスは卑屈な笑みを浮かべた。「俺たちはかつて同じ釜の飯を食った『仲間』じゃねえか。なあアルフォンス。お前は成功した。大金持ちになったんだろう? なら少しぐらい、昔の仲間に分け前をくれてもバチは当たらねえはずだ」
金をせびりに来たのだ。
そのあまりに浅ましく見苦しい要求に、俺は怒りよりも先に深い哀れみを覚えた。
かつてあれほどまでに誇り高く、傲慢だった男が、今はプライドも何もかも捨てて自分が追い出した相手に金の無心をしている。
「竜の牙は、どうしたんだ」
俺は尋ねずにはいられなかった。
その問いに、ガイウスの顔が苦々しく歪んだ。
「……ボルガンとリオネルは俺を裏切って出て行った。パーティはもうない」
彼はその責任が自分にあるとは、微塵も考えていないようだった。
「すべてお前がいなくなったせいだ。お前が俺たちのパーティの歯車を狂わせたんだ!」
責任転嫁。
どこまでも自分本位な男だった。
俺は深くため息をついた。もう、こいつと話すことは何もない。
俺たちの間にある溝は、もはや埋めようのないほど深く、そして暗い。
「金はやれない」
俺はきっぱりと告げた。「お前に渡す金など、一銭たりともない」
「……なんだと?」
ガイウスの顔から卑屈な笑みが消えた。「おいおい、冗談だろ? 俺はここまで来るのに、どれだけ苦労したと思ってやがる。有り金はたいて馬車に乗って、そこから三日も森を歩き通しだったんだぞ! なのにその仕打ちはねえだろうが!」
「自業自得だ」
俺の言葉は冷たかった。「お前は俺を『役立たず』だと言って追い出した。俺の三年間をはした金で叩き返した。そんなお前に助けを乞う資格などない」
俺の揺るぎない拒絶。
それがガイウスの中に残っていた、最後のなけなしのプライドを粉々に打ち砕いた。
彼の顔が屈辱に、そして純粋な憎悪に醜く歪んでいく。
「……そうかよ。そうやって俺を見下すか。成功したからって、調子に乗りやがって……!」
彼は錆びついた剣の柄に手をかけた。
「いいだろう。なら力ずくで奪ってやるまでだ! お前が築き上げたこの楽園も富も女も、すべて俺が貰い受けてやる!」
狂気に駆られたガイウスが俺に向かって斬りかかろうとした、その瞬間。
彼の前に巨大な影が立ちはだかった。
「……そこまでだ、小僧」
リズベットがいつの間にか手にしていたウォーハンマーを、ガイウスの喉元に突きつけていた。
「お頭にその汚ねえ剣を向けるんじゃねえ。一瞬で頭蓋をカチ割るぞ」
ドワーフの女傑が放つ本物の殺気。
ガイウスは、その圧倒的な圧力の前に完全に動きを止めた。その顔は恐怖で青ざめている。
「……帰れ」
俺は最後の通告を突きつけた。「そして二度と、この村の土を踏むな。次に会う時がお前の最期だと思え」
ガイウスはリズベットの殺気に竦み上がりながらも、俺を喰ってかからんばかりの形相で睨みつけた。
そして屈辱に震える声で捨て台詞を吐いた。
「……覚えていろ、アルフォンス……! 必ず、必ず、お前をその椅子から引きずり下ろし、すべてを奪ってやるからな……!」
彼はそう言うと、よろめきながらも背を向け、憎悪を撒き散らしながら森の中へと消えていった。
その後ろ姿は英雄のそれではなく、ただの破滅へと向かう哀れな亡霊のようだった。
俺は彼が消えた森の闇を、静かに、そして冷たい目で見つめていた。
これで終わりではない。
俺たちの間の因縁はこれから、もっと最悪な形で再び交わることになるだろう。
そんな予感が、俺の胸に重くのしかかっていた。
冬に向けた備えは万全だった。村の共同倉庫には収穫された小麦や野菜が山と積まれ、リズベットの工房で開発された燻製機を使えば、ダンジョンで手に入る肉類も長期保存が可能になった。
シルバークレイン商会との交易も軌道に乗り、村は経済的にも文化的にも日に日に豊かになっていく。人々は安定した暮らしの中で未来への希望を語り合い、子供たちの笑い声が村のあちこちで響いていた。
俺たちの理想郷は、確かな形をもってここに存在していた。
そんな穏やかな昼下がり。
村の門で見張りをしていた元兵士の男が、慌てた様子で俺の元へと駆け込んできた。
「りょ、領主様! 門の前に、ひどく……その、みすぼらしい男が倒れておりまして……」
俺がリズベットと共に門へと向かうと、そこには一人の男がうずくまっていた。
身につけている革鎧は擦り切れ、所々が破れている。腰に差した剣は錆びつき、手入れされた形跡がない。髪は伸び放題で顔は無精髭に覆われ、やつれきっている。全身から酸っぱい酒と汗の匂いが漂っていた。
だが、その顔には見覚えがあった。
たとえどれほど落ちぶれようとも、忘れるはずがない。
「……ガイウス」
俺が呟いたその名前に、男はゆっくりと顔を上げた。
その虚ろな瞳が俺の姿を捉える。そして俺の隣に立つリズベット、その後ろに広がる豊かで平和な村の光景を見て、彼の瞳にどす黒い嫉妬と憎悪の光が宿った。
元Aランクパーティ「竜の牙」のリーダー、ガイウス。
俺を追放した張本人が、こんな形で俺の前に再び姿を現したのだ。
「……よお、アルフォンス。ずいぶんと良い暮らしをしているじゃねえか」
ガイウスはふらつきながらも立ち上がった。その声はかすれ、以前のような覇気は微塵も感じられない。
「何の用だ」
俺は静かに問いかけた。
「何の用だ、だと? ハッ、白々しいことを言うな」
ガイウスは唾を吐き捨てるように言った。「王都で噂を聞いたぜ。辺境の地に奇跡のポーションを生み出す楽園がある、と。その領主はアルフォンスという若い男……まさかとは思ったが、本当に、お前だったとはな」
彼は村を囲む巨大な壁を見上げ、そして働くゴンスケたちを忌々しげに睨みつけた。
「……運が良かっただけの、雑用係が」
その言葉に、隣のリズベットの眉がぴくりと動いた。彼女は俺とガイウスの間にただならぬ因縁があることを察し、黙って状況を見守っている。
「運か。そうかもしれないな」
俺は彼の挑発には乗らなかった。「だが、その運を掴んでこの村を育ててきたのは、俺と、ここにいる仲間たちだ。お前には関係のないことだ」
「関係なくはないさ」
ガイウスは卑屈な笑みを浮かべた。「俺たちはかつて同じ釜の飯を食った『仲間』じゃねえか。なあアルフォンス。お前は成功した。大金持ちになったんだろう? なら少しぐらい、昔の仲間に分け前をくれてもバチは当たらねえはずだ」
金をせびりに来たのだ。
そのあまりに浅ましく見苦しい要求に、俺は怒りよりも先に深い哀れみを覚えた。
かつてあれほどまでに誇り高く、傲慢だった男が、今はプライドも何もかも捨てて自分が追い出した相手に金の無心をしている。
「竜の牙は、どうしたんだ」
俺は尋ねずにはいられなかった。
その問いに、ガイウスの顔が苦々しく歪んだ。
「……ボルガンとリオネルは俺を裏切って出て行った。パーティはもうない」
彼はその責任が自分にあるとは、微塵も考えていないようだった。
「すべてお前がいなくなったせいだ。お前が俺たちのパーティの歯車を狂わせたんだ!」
責任転嫁。
どこまでも自分本位な男だった。
俺は深くため息をついた。もう、こいつと話すことは何もない。
俺たちの間にある溝は、もはや埋めようのないほど深く、そして暗い。
「金はやれない」
俺はきっぱりと告げた。「お前に渡す金など、一銭たりともない」
「……なんだと?」
ガイウスの顔から卑屈な笑みが消えた。「おいおい、冗談だろ? 俺はここまで来るのに、どれだけ苦労したと思ってやがる。有り金はたいて馬車に乗って、そこから三日も森を歩き通しだったんだぞ! なのにその仕打ちはねえだろうが!」
「自業自得だ」
俺の言葉は冷たかった。「お前は俺を『役立たず』だと言って追い出した。俺の三年間をはした金で叩き返した。そんなお前に助けを乞う資格などない」
俺の揺るぎない拒絶。
それがガイウスの中に残っていた、最後のなけなしのプライドを粉々に打ち砕いた。
彼の顔が屈辱に、そして純粋な憎悪に醜く歪んでいく。
「……そうかよ。そうやって俺を見下すか。成功したからって、調子に乗りやがって……!」
彼は錆びついた剣の柄に手をかけた。
「いいだろう。なら力ずくで奪ってやるまでだ! お前が築き上げたこの楽園も富も女も、すべて俺が貰い受けてやる!」
狂気に駆られたガイウスが俺に向かって斬りかかろうとした、その瞬間。
彼の前に巨大な影が立ちはだかった。
「……そこまでだ、小僧」
リズベットがいつの間にか手にしていたウォーハンマーを、ガイウスの喉元に突きつけていた。
「お頭にその汚ねえ剣を向けるんじゃねえ。一瞬で頭蓋をカチ割るぞ」
ドワーフの女傑が放つ本物の殺気。
ガイウスは、その圧倒的な圧力の前に完全に動きを止めた。その顔は恐怖で青ざめている。
「……帰れ」
俺は最後の通告を突きつけた。「そして二度と、この村の土を踏むな。次に会う時がお前の最期だと思え」
ガイウスはリズベットの殺気に竦み上がりながらも、俺を喰ってかからんばかりの形相で睨みつけた。
そして屈辱に震える声で捨て台詞を吐いた。
「……覚えていろ、アルフォンス……! 必ず、必ず、お前をその椅子から引きずり下ろし、すべてを奪ってやるからな……!」
彼はそう言うと、よろめきながらも背を向け、憎悪を撒き散らしながら森の中へと消えていった。
その後ろ姿は英雄のそれではなく、ただの破滅へと向かう哀れな亡霊のようだった。
俺は彼が消えた森の闇を、静かに、そして冷たい目で見つめていた。
これで終わりではない。
俺たちの間の因縁はこれから、もっと最悪な形で再び交わることになるだろう。
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