スキル【土いじり】でパーティを追放された俺、開墾した畑からダンジョンが生えてきた。

夏見ナイ

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第54話:セレスティアの囁き

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森の闇から現れたセレスティア。その姿は俺が知る聖女のそれとは全くの別物だった。
彼女の周りには慈愛に満ちた聖なるオーラの代わりに、ぞっとするほど冷たく邪悪な気配が渦巻いている。その美しい微笑みはまるで精巧に作られた人形のようで、瞳の奥には人間的な感情が一切感じられなかった。

「……セレスティア」
俺は警戒を最大に引き上げながら、その名を呼んだ。
「まあ、アルフォンス様。わたくしのことを覚えていてくださったのですね。光栄ですわ」
彼女は芝居がかった仕草で胸に手を当てた。その声はかつて俺をパーティから追い出した時と同じ、鈴を転がすような美しい響き。だがその裏に潜む冷酷さを、今の俺は見抜くことができた。

「久しぶりだな。ずいぶんと雰囲気が変わったじゃないか」
「ふふ、お褒めに預かり光栄です。あなた様こそ見違えましたわね。ただの土いじりが得意なだけの冴えない雑用係が、今や一国の主とは。人生、何が起こるか分かりませんわね」
彼女の言葉には棘があった。
俺たちの間の空気は、目に見えない火花を散らして張り詰めていく。

「お頭、こいつが……」
リズベットが低い声で尋ねてきた。
「ああ。俺を追放した、もう一人の張本人だ」

その言葉を聞いたセレスティアは、心外だというように小さく首を傾げた。
「人聞きの悪いことをおっしゃらないでくださいな。わたくしはただ、あなたの『器』があの小さなパーティには収まりきらないと見抜いていただけですわ。結果としてあなたはこうして覚醒なされた。むしろ感謝していただきたいくらいですのに」
どこまでも白々しい。
彼女は自分の行いを、すべて正当化するつもりらしい。

その時、俺たちの足元でもはや抜け殻のようになっていたガイウスが、セレスティアの姿を認め、かすれた声で助けを求めた。
「……セレスティア様……。助けてください……。俺は、貴女に力を……」
彼はまだ信じていたのだ。セレスティアが自分を救ってくれる救世主であると。
だがセレスティアはそんな彼に、氷のように冷たい視線を向けただけだった。

「あらあら。まだ生きていらっしゃったのですか、ガイウス様」
彼女はまるで汚物でも見るかのように、ガイウスを見下した。
「……え?」
ガイウスの顔に絶望的な困惑が浮かぶ。
「もうあなたのお役目は終わりですわ。期待したほどの働きもできませんでしたしね。実に期待外れの駒でした」

セレスティアはガイウスの目の前にゆっくりと歩み寄ると、その美しい顔を近づけ悪魔のように囁いた。
「あなたはただの捨て駒。あのアルフォンスとこの村の力を測るための、使い捨ての道具に過ぎませんのよ。お分かりになりましたか、元・英雄様?」

「……あ……ああ……」
ガイウスの瞳から最後の光が消えた。
信頼していた聖女からの、無慈悲な裏切り。
彼の心は今、ここで完全に、そして永遠に砕け散った。

「さて」
セレスティアはもはやガイウスに興味を失ったように、俺たちに向き直った。「駒が一つ使い物にならなくなりましたが、おかげで良いデータが取れましたわ。あなたの力、そしてこの村の価値。それは我々の計画にとって、実に……実に素晴らしい『供物』となるでしょう」
「お前たちの計画だと?」
俺はガイアズ・エッジを構え直し、問い詰めた。「お前は一体、何者だ」

その問いに、セレスティアは心の底から楽しそうにくすくすと笑い始めた。
「わたくしはセレスティア。偉大なる邪神様の復活を願い、この腐敗した世界を一度更地に戻すことを使命とする、教団『黄昏の蛇』の司祭でございます」
彼女はついにその正体を明かした。
聖女の仮面を脱ぎ捨て、世界を破滅へと導く邪教団の狂信者としての真の顔を。

「邪教団……!」
シルフィが息を呑んだ。エルフの古い伝承にも、世界の終焉の際に現れるという邪神とその信徒たちの話が記されている。それはおとぎ話の中だけの存在のはずだった。

「あなた様のこのアルカディア村。大地からの生命力と人々の幸福な魂の輝きに満ちたこの理想郷。それは我が主、邪神様が復活なされるための、これ以上ないほど極上の祭壇となります」
セレスティアは両腕を広げ、恍惚とした表情で言った。「アルフォンス様。どうかそのすべてを我々に捧げてくださいな。そうすれば新しい世界が生まれた暁には、あなた様を最初の使徒として迎えて差し上げますわ」

狂っている。
こいつは心の底から本気でそう信じている。
俺たちの村を、仲間たちを、ただの生贄としか見ていない。
俺の中で静かな怒りがマグマのように沸騰していく。

「……断る」
俺は静かに、しかしはっきりと彼女の誘いを拒絶した。
「お前たちの狂った計画のために、俺たちの村を明け渡すつもりは微塵もない」
「あら、残念ですわ。交渉決裂、ということですね」
セレスティアは少しも残念そうではなく、むしろそれを待っていたかのように嬉しそうに微笑んだ。

「ならば仕方ありませんわね」
彼女はすっと右手を上げた。
その手にはいつの間にか黒曜石で作られた、禍々しい儀式用の短剣が握られていた。
「今宵はご挨拶だけにしておきましょう。ですが近いうちに必ず、いただきに参りますわ。あなたの、その魂ごとすべてを」

彼女がそう言い放った瞬間。
彼女の足元から濃密な闇が、まるでインクのように溢れ出した。
「逃がすか!」
リズベットがウォーハンマーを振りかぶり、突進しようとする。
だが闇は一瞬でセレスティアの全身を包み込み、次の瞬間には彼女の姿は跡形もなく消え去っていた。
空間転移。それも極めて高度な闇の魔術だ。

後に残されたのは不気味な静寂と、抜け殻のようになったガイウス、そしてセレスティアが放った不吉な宣戦布告だけだった。
俺たちの敵はもはや個人の私怨や一商会の欲望、腐敗した代官といった矮小なものではなかった。
世界の破滅を目論む、巨大な悪意そのもの。

俺はガイウスの前に立ち、その哀れな姿を見下ろした。
彼もまた邪教団に利用された、一人の犠牲者だったのかもしれない。
だが彼が犯した罪が消えるわけではない。

俺は彼に情けをかけることなく、ゴンスケたちにその身柄を拘束させた。
これから彼には犯した罪の重さを、時間をかけて償ってもらうことになるだろう。

俺はセレスティアが消えた森の闇を鋭く睨みつけた。
邪教団『黄昏の蛇』。
俺たちの本当の戦いは、今、始まったばかりだ。
どんな巨大な悪意が相手だろうと、俺は決して屈しない。
このアルカディアを、俺の仲間たちを守り抜く。
その決意を俺は夜空に浮かぶ月に、固く、固く誓った。
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