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第72話:自給自足国家
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俺が告げたあまりにも突拍子もない作戦名に、シルフィとリズベットは一瞬呆気に取られたような顔をした。
「……収穫祭? お頭、あんた、この状況で何を言ってるんだい?」
リズベットが信じられないといった様子で聞き返す。
「ええ。史上最大の収穫祭です」
俺は真剣な顔で頷いた。「敵の狙いは俺たちを孤立させ、疲弊させること。ならば俺たちはその逆を行く。この籠城生活を楽しんでみせる。俺たちの村がどれほど豊かで、いかなる状況でも揺らぐことのない真の『理想郷』であるかを、敵に、そして世界に見せつけてやるんだ」
俺の作戦の意図を理解した二人の顔に、やがて悪戯っぽい笑みが浮かんだ。
「……なるほど。物理的な攻撃ではなく、精神的な攻撃で敵の心を折るというわけですね。実にあなたらしい、意地の悪い作戦ですわ」
シルフィが楽しそうに微笑む。
「へっ、面白え! 最高じゃねえか! 奴らが飢えと寒さで震えてる横で、アタシたちは美味い飯食って宴会を開くってわけかい! これ以上痛快な仕返しはねえな!」
リズベットも腹を抱えて笑った。
俺たちの奇妙な反撃作戦は、その日のうちから開始された。
まず、俺は【ガイア・ウェザー】を使い、村の上空だけを穏やかな晴天へと変えた。壁一枚隔てた外では冷たい風が吹き荒れているというのに、村の中だけは春のような暖かな陽光が降り注いでいる。
次に、俺は村人たちをシェルターから出し、広場に集めた。
そして、宣言した。
「皆、聞いてくれ! 今日から毎日が収穫祭だ!」
俺の言葉に最初は戸惑っていた村人たちも、俺の真意を理解するとやがて歓声を上げた。
恐怖に怯えているだけでは何も変わらない。ならば、この逆境を楽しんでやろう。アルカディアの民の底力が試される時だった。
広場には再び屋台が立ち並んだ。
オーギュストの食堂はこれまでにないほど豪華な料理を、毎日無料で振る舞った。ダンジョンの各階層から直送される新鮮で栄養満点の食材。グロウマッシュルームのステーキ、スタミナベリーのタルト、そして第四階層の爆炎唐辛子を使った体が芯から温まる激辛スープ。
その食欲をそそる匂いは風に乗って、壁の外の帝国軍の陣地まで容赦なく届けられた。
リズベットの工房では弟子たちが楽器を作り、村の音楽好きたちが陽気な音楽を奏で始めた。広場では昼夜を問わず宴が繰り広げられる。
シルフィは薬草を調合し、心安らぐ香りのアロマを村中に焚いた。それは周期的に響く砲撃の轟音によるストレスを和らげる効果があった。
俺たちの村は戦場とは思えないほどの平和と活気と、そして幸福な匂いに満ち溢れていた。
その光景は壁の外で、日に日に厳しい状況に追い込まれていく帝国軍の兵士たちにとって、まさに地獄の光景だった。
彼らが口にしているのは冷たく硬い携帯用のレーションだけ。
夜は寒さと、いつ飛んでくるか分からない砲撃の恐怖に怯えながら仮眠を取る。
そんな彼らの鼻腔を毎日毎日、香ばしい肉の焼ける匂いやパンの焼ける甘い香りがくすぐるのだ。
壁の向こうから聞こえてくる楽しげな音楽と人々の笑い声。
自分たちは一体何と戦っているのか。
何のためにこんな過酷な状況に耐えているのか。
兵士たちの心に疑念と、そして強烈な『羨望』が芽生え始めていた。
「……将軍閣下。兵士たちの間で動揺が広がっております」
帝国軍の本陣で、副官が苦々しい顔でヴァルケンハインに報告した。「敵は我々の兵糧攻めなど全く意に介していない模様。それどころか我々を挑発するかのように、連日祝祭を繰り広げております。兵たちの士気は日に日に低下しており……」
ヴァルケンハインは黙って望遠鏡で壁の内側の様子を眺めていた。
彼の鉄仮面のような表情は変わらない。
だが、その瞳の奥では彼の完璧な計算が根底から覆されつつあることへの、静かな焦りが渦巻いていた。
彼はアルカディアをただの要塞だと考えていた。
だが、違った。
この村はそれ自体が食料も資源も娯楽さえも、すべてを自給自足で生み出し続ける一個の『完結した世界』だったのだ。
外部からの補給を断つという兵糧攻めの概念が、そもそも通用しない相手だった。
それどころか補給を絶たれ先に飢えるのは、むしろ包囲している自分たちの方なのだ。
このまま長期戦になれば先に音を上げるのは、間違いなく帝国軍。
ヴァルケンハインは生まれて初めて自分の立てた作戦が完全に裏目に出たことを、認めざるを得なかった。
「……面白い」
彼は再びそう呟いた。
だが、その声にはもはや余裕の色はない。
「ここまで私を追い詰めるとはな。アルフォンス……。貴様はただの魔術師ではない。一つの国の王として認めてやらねばなるまい」
彼は望遠鏡を置くと静かに立ち上がった。
その顔には冷徹な計算者のものではなく、獲物を前にした一人の武人としての闘争本能が燃え上がっていた。
「……全軍に伝えろ」
彼は副官に最後の命令を下した。
「小細工は終わりだ」
「明日、夜明けと共に総攻撃を開始する」
ヴァルケンハインはついにその最大の切り札を切ることを決意した。
物量による一点突破。
鋼鉄の虐殺者と呼ばれた男の最も得意とする、そして最も残忍な戦術。
アルカディアの偽りの収穫祭は終わろうとしていた。
そして本当の、血で血を洗う最終決戦の火蓋が切って落とされようとしていた。
「……収穫祭? お頭、あんた、この状況で何を言ってるんだい?」
リズベットが信じられないといった様子で聞き返す。
「ええ。史上最大の収穫祭です」
俺は真剣な顔で頷いた。「敵の狙いは俺たちを孤立させ、疲弊させること。ならば俺たちはその逆を行く。この籠城生活を楽しんでみせる。俺たちの村がどれほど豊かで、いかなる状況でも揺らぐことのない真の『理想郷』であるかを、敵に、そして世界に見せつけてやるんだ」
俺の作戦の意図を理解した二人の顔に、やがて悪戯っぽい笑みが浮かんだ。
「……なるほど。物理的な攻撃ではなく、精神的な攻撃で敵の心を折るというわけですね。実にあなたらしい、意地の悪い作戦ですわ」
シルフィが楽しそうに微笑む。
「へっ、面白え! 最高じゃねえか! 奴らが飢えと寒さで震えてる横で、アタシたちは美味い飯食って宴会を開くってわけかい! これ以上痛快な仕返しはねえな!」
リズベットも腹を抱えて笑った。
俺たちの奇妙な反撃作戦は、その日のうちから開始された。
まず、俺は【ガイア・ウェザー】を使い、村の上空だけを穏やかな晴天へと変えた。壁一枚隔てた外では冷たい風が吹き荒れているというのに、村の中だけは春のような暖かな陽光が降り注いでいる。
次に、俺は村人たちをシェルターから出し、広場に集めた。
そして、宣言した。
「皆、聞いてくれ! 今日から毎日が収穫祭だ!」
俺の言葉に最初は戸惑っていた村人たちも、俺の真意を理解するとやがて歓声を上げた。
恐怖に怯えているだけでは何も変わらない。ならば、この逆境を楽しんでやろう。アルカディアの民の底力が試される時だった。
広場には再び屋台が立ち並んだ。
オーギュストの食堂はこれまでにないほど豪華な料理を、毎日無料で振る舞った。ダンジョンの各階層から直送される新鮮で栄養満点の食材。グロウマッシュルームのステーキ、スタミナベリーのタルト、そして第四階層の爆炎唐辛子を使った体が芯から温まる激辛スープ。
その食欲をそそる匂いは風に乗って、壁の外の帝国軍の陣地まで容赦なく届けられた。
リズベットの工房では弟子たちが楽器を作り、村の音楽好きたちが陽気な音楽を奏で始めた。広場では昼夜を問わず宴が繰り広げられる。
シルフィは薬草を調合し、心安らぐ香りのアロマを村中に焚いた。それは周期的に響く砲撃の轟音によるストレスを和らげる効果があった。
俺たちの村は戦場とは思えないほどの平和と活気と、そして幸福な匂いに満ち溢れていた。
その光景は壁の外で、日に日に厳しい状況に追い込まれていく帝国軍の兵士たちにとって、まさに地獄の光景だった。
彼らが口にしているのは冷たく硬い携帯用のレーションだけ。
夜は寒さと、いつ飛んでくるか分からない砲撃の恐怖に怯えながら仮眠を取る。
そんな彼らの鼻腔を毎日毎日、香ばしい肉の焼ける匂いやパンの焼ける甘い香りがくすぐるのだ。
壁の向こうから聞こえてくる楽しげな音楽と人々の笑い声。
自分たちは一体何と戦っているのか。
何のためにこんな過酷な状況に耐えているのか。
兵士たちの心に疑念と、そして強烈な『羨望』が芽生え始めていた。
「……将軍閣下。兵士たちの間で動揺が広がっております」
帝国軍の本陣で、副官が苦々しい顔でヴァルケンハインに報告した。「敵は我々の兵糧攻めなど全く意に介していない模様。それどころか我々を挑発するかのように、連日祝祭を繰り広げております。兵たちの士気は日に日に低下しており……」
ヴァルケンハインは黙って望遠鏡で壁の内側の様子を眺めていた。
彼の鉄仮面のような表情は変わらない。
だが、その瞳の奥では彼の完璧な計算が根底から覆されつつあることへの、静かな焦りが渦巻いていた。
彼はアルカディアをただの要塞だと考えていた。
だが、違った。
この村はそれ自体が食料も資源も娯楽さえも、すべてを自給自足で生み出し続ける一個の『完結した世界』だったのだ。
外部からの補給を断つという兵糧攻めの概念が、そもそも通用しない相手だった。
それどころか補給を絶たれ先に飢えるのは、むしろ包囲している自分たちの方なのだ。
このまま長期戦になれば先に音を上げるのは、間違いなく帝国軍。
ヴァルケンハインは生まれて初めて自分の立てた作戦が完全に裏目に出たことを、認めざるを得なかった。
「……面白い」
彼は再びそう呟いた。
だが、その声にはもはや余裕の色はない。
「ここまで私を追い詰めるとはな。アルフォンス……。貴様はただの魔術師ではない。一つの国の王として認めてやらねばなるまい」
彼は望遠鏡を置くと静かに立ち上がった。
その顔には冷徹な計算者のものではなく、獲物を前にした一人の武人としての闘争本能が燃え上がっていた。
「……全軍に伝えろ」
彼は副官に最後の命令を下した。
「小細工は終わりだ」
「明日、夜明けと共に総攻撃を開始する」
ヴァルケンハインはついにその最大の切り札を切ることを決意した。
物量による一点突破。
鋼鉄の虐殺者と呼ばれた男の最も得意とする、そして最も残忍な戦術。
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