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第二十一話 天才エルフ、リノ
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アリアは怒りに燃える心を抑えつけ、レイジの家から乱暴に退出した。扉を閉める音だけが、彼女の不快感を物語っていた。
外で待っていた護衛騎士たちが、緊張した面持ちで駆け寄ってくる。
「アリア様、いかがでしたか!」
「あの男が、本当に賢者なのでしょうか」
アリアは彼らの問いに、吐き捨てるように答えた。
「賢者? 笑わせるな。あれはただの怠け者だ。それも、村人を騙して生きる卑劣な詐欺師にすぎん」
その断定的な言葉に、騎士たちは「やはり」と頷き合った。彼らもまた、あのボロ家と噂の乖離に違和感を覚えていたのだ。村長のバルガスだけが、信じられないという顔で立ち尽くしている。
「そんな……賢者様が、詐欺師などと……」
「目を覚ませ、村長。貴殿らは騙されているのだ。あの男からは、ひとかけらの知性も威厳も感じられなかった。ただ、全てが面倒だという澱んだ空気を漂わせているだけだったぞ」
アリアの言葉は、まるで鋭い刃のようにバルガスの心を抉った。
だが、その緊迫したやり取りの中心で、一人だけ全く違う場所に意識を飛ばしている者がいた。エルフの魔術師、リノ・シルヴァリーだ。
彼女は、アリアたちの会話などまるで耳に入っていないかのように、ただじっと、レイジの家を観察していた。いや、家そのものではない。その家を取り巻く、目に見えない何かを。
(……おかしい)
リノの紫色の瞳には、常人には決して視認できない魔力の流れが、色鮮やかな光の線として映っていた。そして、彼女が今見ている光景は、彼女が持つ数百年分の知識と経験の、その全てを根底から覆すものだった。
(この家の基礎……魔力が網の目のように張り巡らされている。これは、防衛術式? それも、自己修復機能までついている。なんだこの効率的な術式構造は。教科書に載っているどんな古代魔法よりも洗練されている)
彼女の視線が、家の裏手にある井戸へと移る。
(井戸から、畑へと向かう安定した魔力の流れ。地下にパイプラインでもあるのか? いや、違う。水そのものを魔力で誘導している? 馬鹿な。そんな大規模な物質操作、長時間の維持は不可能のはずだ)
そして、視線は広大な畑全体へと広がる。
(畑を覆う、この巨大な結界はなんだ。半球状のドーム。多層構造になっている。外敵の物理的侵入を防ぐ第一層。特定の波長の魔力だけを透過させる第二層。内部の環境を一定に保つための第三層……。まるで生き物のようだ。こんな複雑な結界、伝説級の大魔術師が数人がかりで、数年かけて構築できるかどうか……)
リノの額に、冷や汗が滲んだ。
一つ一つの魔法が、常軌を逸している。だが、本当に恐ろしいのはそこではなかった。
(……繋がっている)
そうだ。防衛術式も、水の誘導も、巨大な結界も、全てがバラバラに機能しているのではない。家の中心、おそらくはあのやる気のない男がいるであろう一点を核として、完璧に連携し、一つの巨大なシステムとして機能している。魔力は無駄なく循環し、互いの機能を補い合っている。
これは、魔法ではない。
(……魔法生態系、とでも呼ぶべき何かだ)
リノはごくりと喉を鳴らした。これは、一人の人間が成し遂げられる業ではない。古代文明の遺産か? いや、それにしては新しすぎる。無駄がなさすぎる。まるで、神が設計図を描き、それを寸分の狂いもなく再現したかのようだ。
「リノ、聞いているのか!」
アリアの鋭い声に、リノはハッと我に返った。
「申し訳ありません、アリア様。少し、考え事を」
「考え事だと? 私は今、あの男が詐欺師だと断定したのだ。貴様の意見も聞こう。魔術的な観点から見て、何か気づいたことはないか。村人を騙すための、何かトリックの痕跡でも」
アリアの問いに、リノは静かに首を横に振った。そして、ゆっくりと口を開いた。その声には、彼女自身も気づかないほどの興奮が滲んでいた。
「アリア様。貴方の評価は、おそらく間違っています」
「何?」
「あの男が何者なのかは、私にも分かりません。ですが、この村で起きていることは、紛れもなく本物です。トリックなどという生易しいものではありません。これは……我々の知る魔法の歴史を、全て塗り替えるほどの『奇跡』です」
リノの言葉に、アリアも騎士たちも眉をひそめた。
「リノ、何を言って……」
「アリア様には見えないでしょうが、この一帯には、信じられないほど高度で複雑な魔法術式が張り巡らされています。そのどれもが、私の知識を遥かに超えている。もし、あれを詐欺だというのなら、その詐欺師は、歴史上のどんな大魔術師よりも偉大な存在ということになります」
リノは、レイジの家を指さした。
「そして、その全てのシステムは、あの中にいる人物を中心として稼働しています。彼が詐欺師かどうかは分かりません。怠け者なのかもしれません。ですが、同時に彼は、神の領域に足を踏み入れた、規格外の魔術師である可能性が高い」
アリアは、リノの言葉をすぐには飲み込めなかった。あの、生気のない、怠惰の塊のような男が? 神の領域の魔術師?
だが、リノは嘘や冗談を言う性格ではない。彼女がここまで言うからには、相応の根拠があるのだ。
アリアの頭の中が、再び混乱に陥る。
やる気のない態度と、神業レベルの魔法技術。この二つが、どうしても結びつかない。一体、あの男は何者なのだ。
リノは、もはやアリアの反応など気にも留めていなかった。彼女の紫色の瞳は、子供のような純粋な好奇心と、研究者の狂的な探求心で爛々と輝いていた。
「面白い。面白すぎる。あの男が、これほどのシステムを、一体何のために? どうやって? あのやる気のなさは、全てを悟りきった賢者の余裕なのか、それとも何か別の理由があるのか」
彼女はぐっと拳を握りしめた。
「私は、この謎を解明しなければならない。アリア様、申し訳ありませんが、私はしばらくこの村に滞在します。あの男に接触し、全ての技術を解き明かすまで、ここを動くつもりはありません」
天才エルフ魔術師の探求心に、一度火がついてしまった。それが、これからさらに事態をややこしくし、レイジの平穏な怠惰を脅かすことになる。
その頃、家の中のベッドでは。
(……ようやく静かになった。やれやれ、面倒な連中だったな。さて、昼寝の続きでもするか)
俺は大きな欠伸を一つすると、再び心地よい眠りの世界へと旅立っていった。
外で待っていた護衛騎士たちが、緊張した面持ちで駆け寄ってくる。
「アリア様、いかがでしたか!」
「あの男が、本当に賢者なのでしょうか」
アリアは彼らの問いに、吐き捨てるように答えた。
「賢者? 笑わせるな。あれはただの怠け者だ。それも、村人を騙して生きる卑劣な詐欺師にすぎん」
その断定的な言葉に、騎士たちは「やはり」と頷き合った。彼らもまた、あのボロ家と噂の乖離に違和感を覚えていたのだ。村長のバルガスだけが、信じられないという顔で立ち尽くしている。
「そんな……賢者様が、詐欺師などと……」
「目を覚ませ、村長。貴殿らは騙されているのだ。あの男からは、ひとかけらの知性も威厳も感じられなかった。ただ、全てが面倒だという澱んだ空気を漂わせているだけだったぞ」
アリアの言葉は、まるで鋭い刃のようにバルガスの心を抉った。
だが、その緊迫したやり取りの中心で、一人だけ全く違う場所に意識を飛ばしている者がいた。エルフの魔術師、リノ・シルヴァリーだ。
彼女は、アリアたちの会話などまるで耳に入っていないかのように、ただじっと、レイジの家を観察していた。いや、家そのものではない。その家を取り巻く、目に見えない何かを。
(……おかしい)
リノの紫色の瞳には、常人には決して視認できない魔力の流れが、色鮮やかな光の線として映っていた。そして、彼女が今見ている光景は、彼女が持つ数百年分の知識と経験の、その全てを根底から覆すものだった。
(この家の基礎……魔力が網の目のように張り巡らされている。これは、防衛術式? それも、自己修復機能までついている。なんだこの効率的な術式構造は。教科書に載っているどんな古代魔法よりも洗練されている)
彼女の視線が、家の裏手にある井戸へと移る。
(井戸から、畑へと向かう安定した魔力の流れ。地下にパイプラインでもあるのか? いや、違う。水そのものを魔力で誘導している? 馬鹿な。そんな大規模な物質操作、長時間の維持は不可能のはずだ)
そして、視線は広大な畑全体へと広がる。
(畑を覆う、この巨大な結界はなんだ。半球状のドーム。多層構造になっている。外敵の物理的侵入を防ぐ第一層。特定の波長の魔力だけを透過させる第二層。内部の環境を一定に保つための第三層……。まるで生き物のようだ。こんな複雑な結界、伝説級の大魔術師が数人がかりで、数年かけて構築できるかどうか……)
リノの額に、冷や汗が滲んだ。
一つ一つの魔法が、常軌を逸している。だが、本当に恐ろしいのはそこではなかった。
(……繋がっている)
そうだ。防衛術式も、水の誘導も、巨大な結界も、全てがバラバラに機能しているのではない。家の中心、おそらくはあのやる気のない男がいるであろう一点を核として、完璧に連携し、一つの巨大なシステムとして機能している。魔力は無駄なく循環し、互いの機能を補い合っている。
これは、魔法ではない。
(……魔法生態系、とでも呼ぶべき何かだ)
リノはごくりと喉を鳴らした。これは、一人の人間が成し遂げられる業ではない。古代文明の遺産か? いや、それにしては新しすぎる。無駄がなさすぎる。まるで、神が設計図を描き、それを寸分の狂いもなく再現したかのようだ。
「リノ、聞いているのか!」
アリアの鋭い声に、リノはハッと我に返った。
「申し訳ありません、アリア様。少し、考え事を」
「考え事だと? 私は今、あの男が詐欺師だと断定したのだ。貴様の意見も聞こう。魔術的な観点から見て、何か気づいたことはないか。村人を騙すための、何かトリックの痕跡でも」
アリアの問いに、リノは静かに首を横に振った。そして、ゆっくりと口を開いた。その声には、彼女自身も気づかないほどの興奮が滲んでいた。
「アリア様。貴方の評価は、おそらく間違っています」
「何?」
「あの男が何者なのかは、私にも分かりません。ですが、この村で起きていることは、紛れもなく本物です。トリックなどという生易しいものではありません。これは……我々の知る魔法の歴史を、全て塗り替えるほどの『奇跡』です」
リノの言葉に、アリアも騎士たちも眉をひそめた。
「リノ、何を言って……」
「アリア様には見えないでしょうが、この一帯には、信じられないほど高度で複雑な魔法術式が張り巡らされています。そのどれもが、私の知識を遥かに超えている。もし、あれを詐欺だというのなら、その詐欺師は、歴史上のどんな大魔術師よりも偉大な存在ということになります」
リノは、レイジの家を指さした。
「そして、その全てのシステムは、あの中にいる人物を中心として稼働しています。彼が詐欺師かどうかは分かりません。怠け者なのかもしれません。ですが、同時に彼は、神の領域に足を踏み入れた、規格外の魔術師である可能性が高い」
アリアは、リノの言葉をすぐには飲み込めなかった。あの、生気のない、怠惰の塊のような男が? 神の領域の魔術師?
だが、リノは嘘や冗談を言う性格ではない。彼女がここまで言うからには、相応の根拠があるのだ。
アリアの頭の中が、再び混乱に陥る。
やる気のない態度と、神業レベルの魔法技術。この二つが、どうしても結びつかない。一体、あの男は何者なのだ。
リノは、もはやアリアの反応など気にも留めていなかった。彼女の紫色の瞳は、子供のような純粋な好奇心と、研究者の狂的な探求心で爛々と輝いていた。
「面白い。面白すぎる。あの男が、これほどのシステムを、一体何のために? どうやって? あのやる気のなさは、全てを悟りきった賢者の余裕なのか、それとも何か別の理由があるのか」
彼女はぐっと拳を握りしめた。
「私は、この謎を解明しなければならない。アリア様、申し訳ありませんが、私はしばらくこの村に滞在します。あの男に接触し、全ての技術を解き明かすまで、ここを動くつもりはありません」
天才エルフ魔術師の探求心に、一度火がついてしまった。それが、これからさらに事態をややこしくし、レイジの平穏な怠惰を脅かすことになる。
その頃、家の中のベッドでは。
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