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第二十六話 リノの居候、決定
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アリアが深い感銘(と勘違い)と共に去っていった後、俺はようやく静寂を取り戻せると思った。だが、俺の家の前には、まだ一人、厄介な存在が残っていた。
天才エルフ魔術師、リノ・シルヴァリー。
彼女は、俺がアリアに言い放った暴言の数々を、なぜかキラキラとした瞳で反芻していた。
「素晴らしい……。あのプライドの高い王女騎士を、ああも見事に……。マスターの言葉には、世界の真理が凝縮されている」
「誰がマスターだ。それと、あんたも早く帰れ」
俺は疲れ果てていた。対人コミュニケーションは、俺の精神力をゴリゴリと削る。もう限界だ。一刻も早くベッドにダイブしたい。
だが、リノは俺の言葉など聞こえていないかのように、当たり前の顔で俺の後について家の中に入ってきた。
「さて、と。まずは研究の拠点を確保しないとですね」
彼女はきょろきょろと、がらんとした家の中を見回した。その目は、まるで新しい実験室を与えられた科学者のように、好奇心で爛々と輝いている。
「おい、人の家を勝手に物色するな」
「まあまあ、そう固いことを言わずに。どこか、使っていない部屋はありますか?」
「ない。全部使ってる」
「嘘ですね。この家には、生活感が希薄すぎます。ほとんどの時間を、あのベッドの上で過ごしているのでしょう?」
図星だった。俺はぐっと言葉に詰まる。このエルフ、観察眼が鋭すぎて面倒くさい。
リノは俺の反応など気にせず、勝手に家の中を探索し始めた。そして、埃をかぶった物置同然の部屋を見つけると、ぱっと顔を輝かせた。
「ここがいいです! ここを、今日から私のラボとします!」
彼女はそう宣言すると、どこから取り出したのか、背負っていた革の鞄から次々と研究道具らしきものを取り出し始めた。水晶玉、羊皮紙の巻物、怪しげな液体が入ったフラスコ。あっという間に、ただの物置がマッドサイエンティストの研究室へと様変わりしていく。
俺は、その手際の良さを、ただ呆然と眺めていた。
(……こいつ、本気でここに住み着くつもりだ)
追い出すか? いや、面倒だ。魔法で抵抗されたら、家が半壊するかもしれない。修理の自動化プロセスを組むのは骨が折れる。
では、このまま放置するか。それも問題だ。この探求心の塊のようなエルフが、静かにしているはずがない。夜中に爆発音でも立てられたら、俺の安眠は完全に破壊される。
「……はぁ」
俺は、もはや何度目か分からないため息をついた。どちらを選んでも地獄なら、まだ管理下に置ける分だけマシか。
俺が思考を巡らせていると、リノがくるりとこちらを振り返った。
「マスター。少し、お腹が空きませんか? 議論に熱中して、昼食を食べ損ねてしまいました」
「マスターと呼ぶな。腹なら、俺は空いてない」
嘘だ。腹は減っている。だが、こいつのために食事を準備してやる義理はない。
俺は思考だけで、いつものように【食事準備】のプロセスを発動させた。俺一人分の、簡単な食事。厨房の棚から皿が、地下貯蔵庫から焼きたてのパンとチーズが、ひとりでに宙を飛んでくる。
それらが、俺の目の前のテーブルに、静かに、そして完璧な配置で並べられた。
俺は当たり前の光景としてそれを受け入れ、パンを手に取ろうとした。
だが、その瞬間、背後で息を呑む気配がした。
振り返ると、リノが目を見開き、口をわなわなと震わせながら、テーブルの上を凝視していた。
「……い、今のは……」
彼女の声は、かすれていた。
「魔法、じゃない……。詠唱も、魔法陣もなかった。意思、そう、あなたの意思だけで、物体を……? いや、違う。これは、あらかじめ組み込まれた『法則』の自動執行。事象そのものを、あなたの意のままに書き換えているというのか……!」
リノは一歩、また一歩とテーブルににじり寄る。その瞳は、もはや好奇心を超え、畏怖の色を浮かべていた。
「すごい……。すごすぎる……! これが、あなたの力の根源! なんてエレガントで、なんて効率的なシステム! 古代魔法が目指した『万物照応』の理想形が、ここにある!」
彼女は興奮のあまり、早口でまくし立て始めた。俺には何を言っているのか半分も理解できない。
「なあ、マスター! このシステムの動力源は何なんです!? あなた自身の魔力ですか? それとも、大気中のマナを直接エネルギーに変換している? 並列処理のロジックはどうなっているんです!? 複数のオブジェクトを、なぜ衝突させることなく完璧に制御できるんですか!」
矢継ぎ早の質問。俺の頭が痛くなってきた。
「……知らん」
俺は、パンをかじりながら、ぶっきらぼうに答えた。
「面倒だから、そうなるようにしただけだ」
その答えが、再びリノの知的好奇心に火をつけた。
「面倒だから! なんという素晴らしい動機! やはり、あなたは真の探究者だ! 必要は発明の母と言うが、究極の怠惰こそが、究極の効率を生み出す! これは、魔法史におけるコペルニクス的転回だ!」
駄目だ。こいつとの会話は、精神衛生上よろしくない。
俺は食事を早々に切り上げると、ベッドへと向かった。そして、部屋の入り口で振り返り、興奮冷めやらぬエルフに、最後の通告を突きつけた。
「いいか、よく聞け。あんたがここにいることは、百歩譲って黙認してやる。だが、俺の安眠を妨げることだけは、絶対に許さん」
俺は、指を一本ずつ折りながら、この家の絶対的なルールを宣告した。
「第一。俺の寝室には、一歩たりとも入るな」
「第二。俺が寝ている間は、物音一つ立てるな。息も殺せ」
「第三。俺への質問は、一日一個までだ。それ以上は受け付けん」
理不尽極まりない要求。普通の人間なら、怒り出すか、呆れて出て行くだろう。
だが、リノは。
「はい! 承知いたしました、マスター!」
満面の笑みで、敬礼までして見せた。
「マスターの貴重な『思索の時間』(睡眠)を、私が邪魔するわけにはいきませんからね! ご安心ください! 私は、この家の片隅で、マスターが生み出したこの偉大な奇跡を、静かに、そして心ゆくまで堪能させていただきます!」
彼女は、俺の睡眠を、何か高尚な精神活動だと勘違いしているらしい。
もはや、訂正する気力もなかった。
俺は、とんでもない厄介者を家に上げてしまったという、深い後悔と疲労感に包まれながら、自室の扉を閉めた。
バタン、という音が、俺の平穏な怠惰な生活の終わりを告げているようで、やけに重々しく響いた。
天才エルフ魔術師、リノ・シルヴァリー。
彼女は、俺がアリアに言い放った暴言の数々を、なぜかキラキラとした瞳で反芻していた。
「素晴らしい……。あのプライドの高い王女騎士を、ああも見事に……。マスターの言葉には、世界の真理が凝縮されている」
「誰がマスターだ。それと、あんたも早く帰れ」
俺は疲れ果てていた。対人コミュニケーションは、俺の精神力をゴリゴリと削る。もう限界だ。一刻も早くベッドにダイブしたい。
だが、リノは俺の言葉など聞こえていないかのように、当たり前の顔で俺の後について家の中に入ってきた。
「さて、と。まずは研究の拠点を確保しないとですね」
彼女はきょろきょろと、がらんとした家の中を見回した。その目は、まるで新しい実験室を与えられた科学者のように、好奇心で爛々と輝いている。
「おい、人の家を勝手に物色するな」
「まあまあ、そう固いことを言わずに。どこか、使っていない部屋はありますか?」
「ない。全部使ってる」
「嘘ですね。この家には、生活感が希薄すぎます。ほとんどの時間を、あのベッドの上で過ごしているのでしょう?」
図星だった。俺はぐっと言葉に詰まる。このエルフ、観察眼が鋭すぎて面倒くさい。
リノは俺の反応など気にせず、勝手に家の中を探索し始めた。そして、埃をかぶった物置同然の部屋を見つけると、ぱっと顔を輝かせた。
「ここがいいです! ここを、今日から私のラボとします!」
彼女はそう宣言すると、どこから取り出したのか、背負っていた革の鞄から次々と研究道具らしきものを取り出し始めた。水晶玉、羊皮紙の巻物、怪しげな液体が入ったフラスコ。あっという間に、ただの物置がマッドサイエンティストの研究室へと様変わりしていく。
俺は、その手際の良さを、ただ呆然と眺めていた。
(……こいつ、本気でここに住み着くつもりだ)
追い出すか? いや、面倒だ。魔法で抵抗されたら、家が半壊するかもしれない。修理の自動化プロセスを組むのは骨が折れる。
では、このまま放置するか。それも問題だ。この探求心の塊のようなエルフが、静かにしているはずがない。夜中に爆発音でも立てられたら、俺の安眠は完全に破壊される。
「……はぁ」
俺は、もはや何度目か分からないため息をついた。どちらを選んでも地獄なら、まだ管理下に置ける分だけマシか。
俺が思考を巡らせていると、リノがくるりとこちらを振り返った。
「マスター。少し、お腹が空きませんか? 議論に熱中して、昼食を食べ損ねてしまいました」
「マスターと呼ぶな。腹なら、俺は空いてない」
嘘だ。腹は減っている。だが、こいつのために食事を準備してやる義理はない。
俺は思考だけで、いつものように【食事準備】のプロセスを発動させた。俺一人分の、簡単な食事。厨房の棚から皿が、地下貯蔵庫から焼きたてのパンとチーズが、ひとりでに宙を飛んでくる。
それらが、俺の目の前のテーブルに、静かに、そして完璧な配置で並べられた。
俺は当たり前の光景としてそれを受け入れ、パンを手に取ろうとした。
だが、その瞬間、背後で息を呑む気配がした。
振り返ると、リノが目を見開き、口をわなわなと震わせながら、テーブルの上を凝視していた。
「……い、今のは……」
彼女の声は、かすれていた。
「魔法、じゃない……。詠唱も、魔法陣もなかった。意思、そう、あなたの意思だけで、物体を……? いや、違う。これは、あらかじめ組み込まれた『法則』の自動執行。事象そのものを、あなたの意のままに書き換えているというのか……!」
リノは一歩、また一歩とテーブルににじり寄る。その瞳は、もはや好奇心を超え、畏怖の色を浮かべていた。
「すごい……。すごすぎる……! これが、あなたの力の根源! なんてエレガントで、なんて効率的なシステム! 古代魔法が目指した『万物照応』の理想形が、ここにある!」
彼女は興奮のあまり、早口でまくし立て始めた。俺には何を言っているのか半分も理解できない。
「なあ、マスター! このシステムの動力源は何なんです!? あなた自身の魔力ですか? それとも、大気中のマナを直接エネルギーに変換している? 並列処理のロジックはどうなっているんです!? 複数のオブジェクトを、なぜ衝突させることなく完璧に制御できるんですか!」
矢継ぎ早の質問。俺の頭が痛くなってきた。
「……知らん」
俺は、パンをかじりながら、ぶっきらぼうに答えた。
「面倒だから、そうなるようにしただけだ」
その答えが、再びリノの知的好奇心に火をつけた。
「面倒だから! なんという素晴らしい動機! やはり、あなたは真の探究者だ! 必要は発明の母と言うが、究極の怠惰こそが、究極の効率を生み出す! これは、魔法史におけるコペルニクス的転回だ!」
駄目だ。こいつとの会話は、精神衛生上よろしくない。
俺は食事を早々に切り上げると、ベッドへと向かった。そして、部屋の入り口で振り返り、興奮冷めやらぬエルフに、最後の通告を突きつけた。
「いいか、よく聞け。あんたがここにいることは、百歩譲って黙認してやる。だが、俺の安眠を妨げることだけは、絶対に許さん」
俺は、指を一本ずつ折りながら、この家の絶対的なルールを宣告した。
「第一。俺の寝室には、一歩たりとも入るな」
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だが、リノは。
「はい! 承知いたしました、マスター!」
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もはや、訂正する気力もなかった。
俺は、とんでもない厄介者を家に上げてしまったという、深い後悔と疲労感に包まれながら、自室の扉を閉めた。
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