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第12話:瀕死の騎士
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決意を固めた足は、もう迷わなかった。リリアーナは草木をかき分け、匂いの元へと向かう。進むにつれて、血の匂いはますます濃くなり、魔瘴の気配が肌を刺すようにまとわりついてきた。空気は重く冷たく、呼吸をするたびに肺が穢れていくような錯覚に陥る。
森の木々が、異様な姿に変わっていく。緑豊かだった葉は黒ずみ、幹には不気味な模様が浮かび上がっていた。大地は生命力を失い、ひび割れた地面からは黒い靄のようなものが立ち上っている。魔瘴が、この一帯の自然を蝕んでいるのだ。
リリアーナの体の奥で、聖女の力が激しく脈打っていた。穢れを浄化せよと、彼女の中で叫んでいる。これまで呪いでしかなかった力が、今は羅針盤のように進むべき方向を示していた。
やがて、木々の切れ間から不自然な光が漏れているのが見えた。小さな開けた場所に出る。
リリアーナは息をのんだ。
そこは、凄惨な戦いの跡だった。
大地は抉れ、木々はなぎ倒されている。周囲には、異形の魔物のものと思われる黒い体液が飛び散り、数体の巨大な魔物の死骸が転がっていた。それはまるで、地獄の一片を切り取ったかのような光景だった。
そして、その中心に。
一人の男性が倒れていた。
リリアーナは、その場に凍りついた。
まず目に飛び込んできたのは、その髪の色だった。月光を溶かして練り上げたかのような、艶やかな銀。泥と血に汚れてなお、その輝きは失われていない。
彼は大木の根に背を預けるようにして、ぐったりと体を横たえていた。傍らには、刀身の折れた長剣が転がっている。身にまとった黒い騎士服は引き裂かれ、あちこちから血が滲んでいた。
しかし、リリアーナが心を奪われたのは、その顔立ちだった。
神が気まぐれに、己の美の粋を集めて創り上げたかのような完璧な造形。閉じられた瞼にかかる長い睫毛。すっと通った鼻筋。固く結ばれているが、形の良い唇。その全てが、人間離れした美しさをたたえていた。
だが、その神々しいまでの美貌は、今、死の影に覆われている。
彼の体から、黒い靄のようなものがゆらゆらと立ち上っていた。魔瘴だ。呪いが、彼の全身を蝕んでいる。肌には、血管に沿うように黒い痣が浮かび上がり、苦痛に歪んだ顔は蒼白で血の気がなかった。
胸のあたりが、かろうじて僅かに上下している。
まだ、息はある。
しかし、その命の灯火は、風の前の蝋燭のように弱々しく揺らめき、今にも消えそうだった。
美しい。
そして、あまりにも痛々しい。
相反する感情が、リリアーナの胸を締め付ける。
これほどの美しさを持つ人が、こんな場所で、これほどの苦痛に苛まれながら、一人で死んでいこうとしている。
その事実が、たまらなく悲しかった。
彼が誰なのか、どうしてこんなことになったのか、何も知らない。けれど、そんなことは関係なかった。
助けたい。
ただ、その一心だった。
怖いとか、自分にできるだろうかとか、そんな思考はどこかへ消え去っていた。目の前の消えそうな命を、このまま見過ごすことなど、到底できなかった。
リリアー-ナは、まるで何かに導かれるように、ゆっくりと彼に歩み寄った。一歩近づくごとに、魔瘴の圧力が強くなる。空気が凍りつき、肌がひりつくようだ。それでも、彼女は足を止めなかった。
彼のすぐそばまで来ると、苦しげな呼吸音が聞こえた。時折、うめき声と共に体が小さく痙攣する。呪いの苦痛が、彼の意識を苛んでいるのだろう。
リリアーナは彼の前に跪いた。
そして、震える手を、そっと伸ばす。
自分のこの手にある力が、彼を救うのか、それともさらに傷つけるのか。結果は誰にも分からない。
それでも、彼女は手を伸ばした。
自分の人生で初めて、誰かを救いたいという強い意志を持って。
森の木々が、異様な姿に変わっていく。緑豊かだった葉は黒ずみ、幹には不気味な模様が浮かび上がっていた。大地は生命力を失い、ひび割れた地面からは黒い靄のようなものが立ち上っている。魔瘴が、この一帯の自然を蝕んでいるのだ。
リリアーナの体の奥で、聖女の力が激しく脈打っていた。穢れを浄化せよと、彼女の中で叫んでいる。これまで呪いでしかなかった力が、今は羅針盤のように進むべき方向を示していた。
やがて、木々の切れ間から不自然な光が漏れているのが見えた。小さな開けた場所に出る。
リリアーナは息をのんだ。
そこは、凄惨な戦いの跡だった。
大地は抉れ、木々はなぎ倒されている。周囲には、異形の魔物のものと思われる黒い体液が飛び散り、数体の巨大な魔物の死骸が転がっていた。それはまるで、地獄の一片を切り取ったかのような光景だった。
そして、その中心に。
一人の男性が倒れていた。
リリアーナは、その場に凍りついた。
まず目に飛び込んできたのは、その髪の色だった。月光を溶かして練り上げたかのような、艶やかな銀。泥と血に汚れてなお、その輝きは失われていない。
彼は大木の根に背を預けるようにして、ぐったりと体を横たえていた。傍らには、刀身の折れた長剣が転がっている。身にまとった黒い騎士服は引き裂かれ、あちこちから血が滲んでいた。
しかし、リリアーナが心を奪われたのは、その顔立ちだった。
神が気まぐれに、己の美の粋を集めて創り上げたかのような完璧な造形。閉じられた瞼にかかる長い睫毛。すっと通った鼻筋。固く結ばれているが、形の良い唇。その全てが、人間離れした美しさをたたえていた。
だが、その神々しいまでの美貌は、今、死の影に覆われている。
彼の体から、黒い靄のようなものがゆらゆらと立ち上っていた。魔瘴だ。呪いが、彼の全身を蝕んでいる。肌には、血管に沿うように黒い痣が浮かび上がり、苦痛に歪んだ顔は蒼白で血の気がなかった。
胸のあたりが、かろうじて僅かに上下している。
まだ、息はある。
しかし、その命の灯火は、風の前の蝋燭のように弱々しく揺らめき、今にも消えそうだった。
美しい。
そして、あまりにも痛々しい。
相反する感情が、リリアーナの胸を締め付ける。
これほどの美しさを持つ人が、こんな場所で、これほどの苦痛に苛まれながら、一人で死んでいこうとしている。
その事実が、たまらなく悲しかった。
彼が誰なのか、どうしてこんなことになったのか、何も知らない。けれど、そんなことは関係なかった。
助けたい。
ただ、その一心だった。
怖いとか、自分にできるだろうかとか、そんな思考はどこかへ消え去っていた。目の前の消えそうな命を、このまま見過ごすことなど、到底できなかった。
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彼のすぐそばまで来ると、苦しげな呼吸音が聞こえた。時折、うめき声と共に体が小さく痙攣する。呪いの苦痛が、彼の意識を苛んでいるのだろう。
リリアーナは彼の前に跪いた。
そして、震える手を、そっと伸ばす。
自分のこの手にある力が、彼を救うのか、それともさらに傷つけるのか。結果は誰にも分からない。
それでも、彼女は手を伸ばした。
自分の人生で初めて、誰かを救いたいという強い意志を持って。
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