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第26話 一族の仇
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「一族を、滅ぼした……?」
アレンは、獣人の青年の言葉に息を呑んだ。彼の金色の瞳に宿る憎悪は、単なる戦闘相手への敵意ではない。もっと深く、根源的な、決して消えることのない復讐の炎だった。
ソフィアも驚いて、警戒しながらも剣を少し下げた。目の前の獣人が、自分たちと同じように、深い過去を背負っていることを察したからだ。
獣人の青年は、暗殺者の一人がつけていた蛇の紋様の仮面を剥ぎ取ると、それを忌々しげに地面に叩きつけた。
「俺はカイ。黒豹族の生き残りだ」
彼は初めて、自らの名を名乗った。
「俺の故郷は、西の山脈にあった隠れ里だ。俺たちは、誰にも干渉せず、静かに暮らしていた。……あの日までは」
カイの声は、淡々としていた。だが、その抑揚のない語り口が、逆に彼の心の奥底にある深い悲しみを物語っていた。
「ある夜、突然こいつらが里を襲った。前触れもなく、容赦もなく。女も、子供も、老人も、見境なくなぶり殺しにしていった」
彼の脳裏に、あの地獄のような光景が蘇っているのだろう。拳が、白くなるほど強く握りしめられている。
「俺は、たまたま狩りで里を離れていて助かった。戻ってきた時には、全てが終わっていた。燃え盛る家々。転がる同胞たちの亡骸。そして、全ての死体に、この蛇の紋様が刻まれていた」
ソフィアは言葉を失った。騎士団にいた頃、数々の悲惨な事件を見聞きしてきたが、一つの里が丸ごと虐殺されるなど、尋常な話ではない。
「奴らは何を探していたのか、何かを奪っていったのか、それすら分からない。ただ、そこにいたという理由だけで、俺の一族は皆殺しにされた。それ以来、俺はこの蛇の紋様だけを手がかりに、奴らを追い続けている。復讐のためだ」
カイはそう言うと、アレンとソフィアを順に見た。
「こいつらは、その組織の末端だろう。俺は、奴らの匂いを追ってここまで来た。あんたたちが奴らと戦っていたのは、偶然に過ぎん」
彼の話を聞き終え、アレンは一つの事実に思い至った。
ソフィアを狙う暗殺者たち。そして、カイの一族を滅ぼした者たち。彼らが同じ『蛇の紋様』を持つ組織に属しているということは、偶然ではありえない。
「ソフィア、あんたを陥れた貴族の名は?」
アレンが鋭く尋ねた。
「……バルドル・フォン・アグニオン公爵嫡男だ」
「そのバルドルが、この蛇の紋様の組織と繋がりがある……?」
アレンは、落ちている仮面を拾い上げ、その不気味な紋様を見つめた。
ただの貴族の私兵というには、統率が取れすぎていた。まるで、どこか巨大な闇組織の手足として動いているかのようだ。
「……組織の名は、『蛇の手』」
カイが、吐き捨てるように言った。
「各地で暗躍する、謎の暗殺者集団だ。その目的も、規模も、本拠地の場所も、一切が謎に包まれている。ただ、彼らが関わった場所には、必ず死と破壊だけが残されると聞く」
ソフィアを陥れた貴族の陰謀。
カイの一族を滅ぼした虐殺。
その二つの事件が、『蛇の手』という一つの線で繋がった瞬間だった。
「なるほどな……」
ソフィアは、苦々しい表情で呟いた。
「俺は、自分が思っていたよりも、ずっと厄介なものに首を突っ込んでいたらしい」
彼女は、自分がただの貴族の権力争いに巻き込まれただけだと思っていた。だが、その背後には、もっと巨大で邪悪な組織が潜んでいたのだ。
三人の間に、重い沈黙が流れた。
それぞれが、異なる理由で同じ敵を追っている。その事実が、奇妙な連帯感を生み出していた。
最初に口を開いたのは、アレンだった。
「カイ、と言ったな」
彼はカイにまっすぐ向き直った。
「あんたの目的は、復讐か」
「そうだ」
カイは即答した。その瞳に迷いはない。
「奴らを根絶やしにするまで、俺の戦いは終わらない」
「なら、俺たちと手を組まないか」
アレンの提案に、カイは訝しげに眉をひそめた。
「……手を組む?なぜだ」
「俺たちの目的は、あんたの復讐とは少し違う。俺たちは、ソフィアを陥れたバルドルという貴族を追い、彼女の名誉を回復させたい。だが、そのバルドルが『蛇の手』と繋がっている以上、俺たちの道は、いずれあんたの道と交わることになるだろう」
「……」
「一人で復讐を続けるのは、茨の道だ。だが、仲間がいれば、やれることの幅は広がる。情報も、力も、三人で分かち合える。利害は一致しているはずだ」
アレンの言葉は、合理的で、説得力があった。
だが、カイは簡単には頷かなかった。彼は他人と群れることを嫌う、孤高の一匹狼だった。一族を失って以来、彼は誰一人として信用してこなかったのだ。
「……断る」
カイは冷たく言い放った。
「俺の復讐は、俺一人のものだ。誰の手も借りるつもりはない」
その頑なな態度に、ソフィアが少し苛立ったように口を挟んだ。
「おい、意地を張るな。こいつの言う通りだ。それに、あんたの隠密能力は確かにすごいが、さっきの戦い、あんたもいくつか傷を負っていただろう。もし、こいつの回復がなければ、どうなっていた?」
ソフィアの指摘通り、カイの腕や肩には、浅いがいくつかの切り傷があった。彼は無言でその傷に視線を落とす。
「俺は、あんたたちの戦い方には興味がない」
カイはそう言うと、踵を返した。
「俺は俺のやり方で奴らを追う。じゃあな」
彼は森の闇に再び姿を消そうとする。
その背中に、アレンは最後の言葉をかけた。
「本当に、それでいいのか?」
カイの足が、ぴたりと止まった。
「あんたは、復讐のために死ぬつもりか?奴らを一人でも多く道連れにして、自分も朽ち果てる。それが、あんたの望む結末なのか?」
アレンの言葉は、カイの心の最も痛い部分を正確に突き刺していた。
そうだ。彼は、生きるために戦っているのではない。死ぬために、戦っているのだ。一族の仇を討ち、その血塗られた道の果てに、自分も死ぬ。それが、唯一の贖罪だと信じていた。
「……あんたに、何が分かる」
「何も分からないさ。あんたが一族を失った悲しみも、憎しみも、俺には到底理解できないだろう。だがな」
アレンは、静かに、しかし力強く言った。
「死んだ仲間は、あんたが復讐のために死ぬことを望んでいると、本当にそう思うか?」
その一言が、カイの心を激しく揺さぶった。
彼は振り返らない。だが、その背中が微かに震えているのを、アレンは見逃さなかった。
アレンはそれ以上、何も言わなかった。
あとは、彼自身が決めることだ。
カイはしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて、何も言わずに森の奥へと姿を消した。
残されたアレンとソフィアは、その姿が見えなくなるまで、黙って見送っていた。
ソフィアが、ため息混じりに言った。
「……行っちまったな。まあ、無理もないか。ああいうタイプは、馴れ合いを嫌う」
「……いや」
アレンは、カイが消えた闇を見つめながら、静かに首を振った。
「彼は、また現れる」
その言葉には、不思議な確信が込められていた。
アレンには分かっていた。カイという男もまた、自分たちと同じように、深い孤独と傷を抱えている。そして、そんな人間ほど、本当は誰かとの繋がりを求めているのだということを。
今はまだ、その時ではないだけだ。
アレンは、獣人の青年の言葉に息を呑んだ。彼の金色の瞳に宿る憎悪は、単なる戦闘相手への敵意ではない。もっと深く、根源的な、決して消えることのない復讐の炎だった。
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獣人の青年は、暗殺者の一人がつけていた蛇の紋様の仮面を剥ぎ取ると、それを忌々しげに地面に叩きつけた。
「俺はカイ。黒豹族の生き残りだ」
彼は初めて、自らの名を名乗った。
「俺の故郷は、西の山脈にあった隠れ里だ。俺たちは、誰にも干渉せず、静かに暮らしていた。……あの日までは」
カイの声は、淡々としていた。だが、その抑揚のない語り口が、逆に彼の心の奥底にある深い悲しみを物語っていた。
「ある夜、突然こいつらが里を襲った。前触れもなく、容赦もなく。女も、子供も、老人も、見境なくなぶり殺しにしていった」
彼の脳裏に、あの地獄のような光景が蘇っているのだろう。拳が、白くなるほど強く握りしめられている。
「俺は、たまたま狩りで里を離れていて助かった。戻ってきた時には、全てが終わっていた。燃え盛る家々。転がる同胞たちの亡骸。そして、全ての死体に、この蛇の紋様が刻まれていた」
ソフィアは言葉を失った。騎士団にいた頃、数々の悲惨な事件を見聞きしてきたが、一つの里が丸ごと虐殺されるなど、尋常な話ではない。
「奴らは何を探していたのか、何かを奪っていったのか、それすら分からない。ただ、そこにいたという理由だけで、俺の一族は皆殺しにされた。それ以来、俺はこの蛇の紋様だけを手がかりに、奴らを追い続けている。復讐のためだ」
カイはそう言うと、アレンとソフィアを順に見た。
「こいつらは、その組織の末端だろう。俺は、奴らの匂いを追ってここまで来た。あんたたちが奴らと戦っていたのは、偶然に過ぎん」
彼の話を聞き終え、アレンは一つの事実に思い至った。
ソフィアを狙う暗殺者たち。そして、カイの一族を滅ぼした者たち。彼らが同じ『蛇の紋様』を持つ組織に属しているということは、偶然ではありえない。
「ソフィア、あんたを陥れた貴族の名は?」
アレンが鋭く尋ねた。
「……バルドル・フォン・アグニオン公爵嫡男だ」
「そのバルドルが、この蛇の紋様の組織と繋がりがある……?」
アレンは、落ちている仮面を拾い上げ、その不気味な紋様を見つめた。
ただの貴族の私兵というには、統率が取れすぎていた。まるで、どこか巨大な闇組織の手足として動いているかのようだ。
「……組織の名は、『蛇の手』」
カイが、吐き捨てるように言った。
「各地で暗躍する、謎の暗殺者集団だ。その目的も、規模も、本拠地の場所も、一切が謎に包まれている。ただ、彼らが関わった場所には、必ず死と破壊だけが残されると聞く」
ソフィアを陥れた貴族の陰謀。
カイの一族を滅ぼした虐殺。
その二つの事件が、『蛇の手』という一つの線で繋がった瞬間だった。
「なるほどな……」
ソフィアは、苦々しい表情で呟いた。
「俺は、自分が思っていたよりも、ずっと厄介なものに首を突っ込んでいたらしい」
彼女は、自分がただの貴族の権力争いに巻き込まれただけだと思っていた。だが、その背後には、もっと巨大で邪悪な組織が潜んでいたのだ。
三人の間に、重い沈黙が流れた。
それぞれが、異なる理由で同じ敵を追っている。その事実が、奇妙な連帯感を生み出していた。
最初に口を開いたのは、アレンだった。
「カイ、と言ったな」
彼はカイにまっすぐ向き直った。
「あんたの目的は、復讐か」
「そうだ」
カイは即答した。その瞳に迷いはない。
「奴らを根絶やしにするまで、俺の戦いは終わらない」
「なら、俺たちと手を組まないか」
アレンの提案に、カイは訝しげに眉をひそめた。
「……手を組む?なぜだ」
「俺たちの目的は、あんたの復讐とは少し違う。俺たちは、ソフィアを陥れたバルドルという貴族を追い、彼女の名誉を回復させたい。だが、そのバルドルが『蛇の手』と繋がっている以上、俺たちの道は、いずれあんたの道と交わることになるだろう」
「……」
「一人で復讐を続けるのは、茨の道だ。だが、仲間がいれば、やれることの幅は広がる。情報も、力も、三人で分かち合える。利害は一致しているはずだ」
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だが、カイは簡単には頷かなかった。彼は他人と群れることを嫌う、孤高の一匹狼だった。一族を失って以来、彼は誰一人として信用してこなかったのだ。
「……断る」
カイは冷たく言い放った。
「俺の復讐は、俺一人のものだ。誰の手も借りるつもりはない」
その頑なな態度に、ソフィアが少し苛立ったように口を挟んだ。
「おい、意地を張るな。こいつの言う通りだ。それに、あんたの隠密能力は確かにすごいが、さっきの戦い、あんたもいくつか傷を負っていただろう。もし、こいつの回復がなければ、どうなっていた?」
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「俺は、あんたたちの戦い方には興味がない」
カイはそう言うと、踵を返した。
「俺は俺のやり方で奴らを追う。じゃあな」
彼は森の闇に再び姿を消そうとする。
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「本当に、それでいいのか?」
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そうだ。彼は、生きるために戦っているのではない。死ぬために、戦っているのだ。一族の仇を討ち、その血塗られた道の果てに、自分も死ぬ。それが、唯一の贖罪だと信じていた。
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「何も分からないさ。あんたが一族を失った悲しみも、憎しみも、俺には到底理解できないだろう。だがな」
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「……いや」
アレンは、カイが消えた闇を見つめながら、静かに首を振った。
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