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第28話 影との戦い
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黒鉄廃坑の入り口は、巨大な獣が口を開けたかのような不気味な洞穴だった。入り口は蔓や苔に覆われ、一見しただけではただの岩壁にしか見えない。カイの案内がなければ、決して見つけられなかっただろう。
「ここがアジトだ。入り口に見張りはいない。奴らは罠に絶対の自信を持っている」
カイが囁くように言った。彼の金色の瞳は、暗闇の奥を鋭く見据えている。
「どう攻める?正面から突っ込むか?」
ソフィアが逸る気持ちを抑えきれずに尋ねる。
「いや、それは下策だ」
アレンが静かに制した。
「敵の数も、内部構造も不明だ。奇襲の利を活かすべきだ」
アレンはカイに向き直った。
「カイ、あんたの隠密能力で、内部の構造と敵の配置を探れるか?」
「……朝飯前だ」
カイは自信に満ちた目で頷くと、音もなく闇に溶け込んだ。その姿は、まるで最初からそこにいなかったかのように、完全に気配を消していた。
残されたアレンとソフィアは、入り口の岩陰で息を潜めて待った。
ソフィアは落ち着かない様子で、剣の柄を何度も握りしめている。
「本当に大丈夫なのか、あいつは。一人で敵の巣に乗り込むなんて」
「信じよう。彼の能力は本物だ」
アレンは静かに答えた。彼の心は、不思議と落ち着いていた。初めての、仲間を信頼して待つという感覚。それは、かつてのパーティでは決して味わえなかったものだった。
十分ほど経っただろうか。カイが再び音もなく姿を現した。
「内部の構造は把握した。思った通り、蟻の巣のようだ。敵の数は、およそ二十。中央の大広間にほとんどが集まっている。おそらく、幹部クラスの男もいる」
彼は地面に、小枝で簡易的な地図を描き始めた。
「問題は、通路に仕掛けられた無数の罠だ。音に反応する警報装置、毒ガス、落とし穴……素人が通れば、大広間にたどり着く前に死ぬ」
「なら、どうする?」
ソフィアが尋ねる。
「俺が先行して、罠を解除する。あんたたちはその後ろをついてこい。足音を立てるな」
カイの作戦は単純明快だった。
三人はカイを先頭に、廃坑の内部へと侵入した。中はひんやりとした空気が淀み、カビと鉄の匂いが混じり合った独特の匂いがした。
カイは、まさに影そのものだった。彼は壁や天井の僅かな窪みを利用し、ほとんど音を立てずに進んでいく。そして、罠が仕掛けられている場所を正確に見抜き、手にしたワイヤーと小刀で、手際よく無力化していった。
アレンとソフィアは、彼の指示通り、息を殺して後を追う。アレンは《オーバーヒール・ブースト》を微弱に発動させ、自身の感覚を研ぎ澄ましていた。それにより、カイの僅かな動きや合図も見逃すことなく、完璧に追従することができた。
やがて、彼らはカイが言っていた大広間の手前までたどり着いた。隙間から中を窺うと、焚き火を囲んで酒を飲み、下品な笑い声を上げる暗殺者たちの姿が見える。彼らは仲間が森で全滅したことにも気づかず、完全に油断しきっていた。
「……よし」
アレンは小さく頷くと、二人に囁いた。
「作戦を伝える。まず、カイがあの焚き火を矢で消し、混乱を作り出す。同時に、ソフィアが突入し、大暴れして敵の注意を引きつけてくれ」
「分かった。で、あんたはどうするんだ?」
ソフィアが尋ねる。
「俺は、あんたの絶対的な後ろ盾になる」
アレンは静かに言った。
「どんな傷を負っても、気にするな。ただ、目の前の敵を斬り伏せることだけに集中してくれ」
その言葉に、ソフィアは不敵な笑みを浮かべた。
「面白い。乗った」
カイも、無言で頷き、背負っていた短い弓を構えた。矢の先には、水を染み込ませた布が巻かれている。
三人は、アイコンタクトで互いの準備が整ったことを確認した。
そして、カイが静かに弦を引き絞る。
放たれた矢は、音もなく暗闇を切り裂き、寸分の狂いもなく大広間の中央にある焚き火へと吸い込まれていった。
ジュッ、という音と共に、唯一の光源だった炎が消え、広間は完全な闇に包まれた。
「な、なんだ!?」
「火が消えたぞ!」
暗殺者たちが、混乱の声を上げる。
その瞬間を、ソフィアは見逃さなかった。
「うおおおおおっ!」
彼女は雄叫びを上げ、闇の中へと猛然と突進した。闇に目が慣れていない敵にとって、その突撃はまさに死神の襲来だった。
悲鳴と、剣戟の音が闇の中で交錯する。
「どこだ!どこから来る!」
「ぐわっ!」
ソフィアは、闇を味方につけて縦横無尽に駆け巡った。騎士団で叩き込まれた夜間戦闘術が、その真価を発揮する。
しかし、敵もプロの暗殺者集団だ。すぐに混乱から立ち直り、松明に火を灯そうとする者や、音を頼りに反撃を試みる者が現れ始めた。
ソフィアの腕に、脚に、次々と浅い傷が刻まれていく。
だが、その傷は次の瞬間には完全に癒えていた。
広間の入り口に立つアレンから、絶え間なく緑色の治癒の光が、まるで生命の糸のようにソフィアへと伸び続けていたのだ。
彼は、闇の中でもソフィアの位置と状態を正確に把握していた。《オーバーヒール・ブースト》で強化された五感が、空気の流れや僅かな音、生命の気配さえも感じ取っていたからだ。
そして、天井の梁の上から、第三の死神が舞い降りた。
カイだ。
彼は混乱に乗じて、音もなく敵の頭上を取っていた。闇に紛れ、気配を完全に消した彼は、一人、また一人と、抵抗する術を持たない暗殺者たちの首筋を的確に刈り取っていく。
前衛で敵を引きつけ、蹂躙する『剣』のソフィア。
背後から、あるいは頭上から、確実に敵を仕留める『牙』のカイ。
そして、その後方から、二人が負う全てのダメージを無効化し、戦場全体を支配する『心臓』のアレン。
それは、たった三人とは思えないほどの、完璧な殲滅戦だった。
暗殺者たちは、自分たちが何と戦っているのか理解できないまま、次々と命を散らしていく。彼らの脳裏には、恐怖だけが刻み込まれていた。
自分たちは、まるで死なない怪物と戦っているのではないか、と。
やがて、最後の一人がソフィアの剣に貫かれ、広間には静寂が戻った。
揺らめく松明の明かりが照らし出したのは、夥しい数の死体と、その中央に立つ三人の姿だった。
誰一人、まともな傷を負っていない。
アジトの壊滅は、完全な勝利で幕を閉じた。
「ここがアジトだ。入り口に見張りはいない。奴らは罠に絶対の自信を持っている」
カイが囁くように言った。彼の金色の瞳は、暗闇の奥を鋭く見据えている。
「どう攻める?正面から突っ込むか?」
ソフィアが逸る気持ちを抑えきれずに尋ねる。
「いや、それは下策だ」
アレンが静かに制した。
「敵の数も、内部構造も不明だ。奇襲の利を活かすべきだ」
アレンはカイに向き直った。
「カイ、あんたの隠密能力で、内部の構造と敵の配置を探れるか?」
「……朝飯前だ」
カイは自信に満ちた目で頷くと、音もなく闇に溶け込んだ。その姿は、まるで最初からそこにいなかったかのように、完全に気配を消していた。
残されたアレンとソフィアは、入り口の岩陰で息を潜めて待った。
ソフィアは落ち着かない様子で、剣の柄を何度も握りしめている。
「本当に大丈夫なのか、あいつは。一人で敵の巣に乗り込むなんて」
「信じよう。彼の能力は本物だ」
アレンは静かに答えた。彼の心は、不思議と落ち着いていた。初めての、仲間を信頼して待つという感覚。それは、かつてのパーティでは決して味わえなかったものだった。
十分ほど経っただろうか。カイが再び音もなく姿を現した。
「内部の構造は把握した。思った通り、蟻の巣のようだ。敵の数は、およそ二十。中央の大広間にほとんどが集まっている。おそらく、幹部クラスの男もいる」
彼は地面に、小枝で簡易的な地図を描き始めた。
「問題は、通路に仕掛けられた無数の罠だ。音に反応する警報装置、毒ガス、落とし穴……素人が通れば、大広間にたどり着く前に死ぬ」
「なら、どうする?」
ソフィアが尋ねる。
「俺が先行して、罠を解除する。あんたたちはその後ろをついてこい。足音を立てるな」
カイの作戦は単純明快だった。
三人はカイを先頭に、廃坑の内部へと侵入した。中はひんやりとした空気が淀み、カビと鉄の匂いが混じり合った独特の匂いがした。
カイは、まさに影そのものだった。彼は壁や天井の僅かな窪みを利用し、ほとんど音を立てずに進んでいく。そして、罠が仕掛けられている場所を正確に見抜き、手にしたワイヤーと小刀で、手際よく無力化していった。
アレンとソフィアは、彼の指示通り、息を殺して後を追う。アレンは《オーバーヒール・ブースト》を微弱に発動させ、自身の感覚を研ぎ澄ましていた。それにより、カイの僅かな動きや合図も見逃すことなく、完璧に追従することができた。
やがて、彼らはカイが言っていた大広間の手前までたどり着いた。隙間から中を窺うと、焚き火を囲んで酒を飲み、下品な笑い声を上げる暗殺者たちの姿が見える。彼らは仲間が森で全滅したことにも気づかず、完全に油断しきっていた。
「……よし」
アレンは小さく頷くと、二人に囁いた。
「作戦を伝える。まず、カイがあの焚き火を矢で消し、混乱を作り出す。同時に、ソフィアが突入し、大暴れして敵の注意を引きつけてくれ」
「分かった。で、あんたはどうするんだ?」
ソフィアが尋ねる。
「俺は、あんたの絶対的な後ろ盾になる」
アレンは静かに言った。
「どんな傷を負っても、気にするな。ただ、目の前の敵を斬り伏せることだけに集中してくれ」
その言葉に、ソフィアは不敵な笑みを浮かべた。
「面白い。乗った」
カイも、無言で頷き、背負っていた短い弓を構えた。矢の先には、水を染み込ませた布が巻かれている。
三人は、アイコンタクトで互いの準備が整ったことを確認した。
そして、カイが静かに弦を引き絞る。
放たれた矢は、音もなく暗闇を切り裂き、寸分の狂いもなく大広間の中央にある焚き火へと吸い込まれていった。
ジュッ、という音と共に、唯一の光源だった炎が消え、広間は完全な闇に包まれた。
「な、なんだ!?」
「火が消えたぞ!」
暗殺者たちが、混乱の声を上げる。
その瞬間を、ソフィアは見逃さなかった。
「うおおおおおっ!」
彼女は雄叫びを上げ、闇の中へと猛然と突進した。闇に目が慣れていない敵にとって、その突撃はまさに死神の襲来だった。
悲鳴と、剣戟の音が闇の中で交錯する。
「どこだ!どこから来る!」
「ぐわっ!」
ソフィアは、闇を味方につけて縦横無尽に駆け巡った。騎士団で叩き込まれた夜間戦闘術が、その真価を発揮する。
しかし、敵もプロの暗殺者集団だ。すぐに混乱から立ち直り、松明に火を灯そうとする者や、音を頼りに反撃を試みる者が現れ始めた。
ソフィアの腕に、脚に、次々と浅い傷が刻まれていく。
だが、その傷は次の瞬間には完全に癒えていた。
広間の入り口に立つアレンから、絶え間なく緑色の治癒の光が、まるで生命の糸のようにソフィアへと伸び続けていたのだ。
彼は、闇の中でもソフィアの位置と状態を正確に把握していた。《オーバーヒール・ブースト》で強化された五感が、空気の流れや僅かな音、生命の気配さえも感じ取っていたからだ。
そして、天井の梁の上から、第三の死神が舞い降りた。
カイだ。
彼は混乱に乗じて、音もなく敵の頭上を取っていた。闇に紛れ、気配を完全に消した彼は、一人、また一人と、抵抗する術を持たない暗殺者たちの首筋を的確に刈り取っていく。
前衛で敵を引きつけ、蹂躙する『剣』のソフィア。
背後から、あるいは頭上から、確実に敵を仕留める『牙』のカイ。
そして、その後方から、二人が負う全てのダメージを無効化し、戦場全体を支配する『心臓』のアレン。
それは、たった三人とは思えないほどの、完璧な殲滅戦だった。
暗殺者たちは、自分たちが何と戦っているのか理解できないまま、次々と命を散らしていく。彼らの脳裏には、恐怖だけが刻み込まれていた。
自分たちは、まるで死なない怪物と戦っているのではないか、と。
やがて、最後の一人がソフィアの剣に貫かれ、広間には静寂が戻った。
揺らめく松明の明かりが照らし出したのは、夥しい数の死体と、その中央に立つ三人の姿だった。
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